48.先生の頼み事
それからは、敬われても卑屈になることなく、なるべく気にせずに過ごすことにした。
急に高貴な態度はできないから今まで通り過ごしていると、数日経つと何人かはおずおずと普通に接してくれるようになった。
それが嬉しかったので伝えると、遠慮していた者も段々と元の態度に戻ってくれて、普通の日常が戻ってきた。
「ステラ、今学期は魔法戦の授業があるんだって。」
「ええ、楽しみね。」
クリスフォードに話しかけられてステラは微笑む。
魔法戦は学期ごとに替わる授業の一つだ。
前学期では魔法剣術だったその時間が魔法戦の授業に代わる。
話していると横からドラードも加わる。
「魔法剣術の分をリベンジしたいが、君には勝てそうもないな。」
「今度は堂々と勝利を収めてみせるわ。」
魔法戦のことは実戦でしか知らないので、学院の授業で理論を習うのが楽しみだった。
「大会の学院代表はステラで決まりだな。」
「大会って?」
「学期の終わりに魔法戦の大会があるんだよ。
自由参加だけど、勝ち抜いたら学院の代表として王国魔術師と戦う栄誉が与えられる。」
「そうなのね。」
王国魔術師って誰と戦うんだろうとぼんやり考える。
ステラはこの前まで散々戦ってきたから大会には出ずに、学生の未熟な魔法からヴァレン殿下を守る方がいいかもしれないと思った。
◇◇◇
「アルカニス、ちょっといいか。」
「はい、クリンプトン先生。」
学期最初の防御魔術の授業が終わるとクリンプトン先生に呼び止められた。
前回先生と二人で話したときはヴァレン殿下にかけた防御魔術について聞かれたのでステラは警戒を強める。
「部隊長から聞いた。君、魔法戦で部隊長に勝ったんだってな。」
「た、たまたまです…!」
予想外の話題に動揺してしまう。
クリンプトン先生は戦闘部隊の元副部隊長だしヴァレン殿下の防衛魔術のメンテナンスをしているくらいだから、今でも王国魔術師団との繋がりが深いのだろう。
「そんな君に頼みがある。」
「何でしょうか、クリンプトン先生。」
「大会の最終戦で学生と戦う役目を君に頼みたい。」
「え?!」
全く予想もしていなかった頼み事に動揺してしまう。
そんな目立つようなお役目、できればご遠慮したい。
「わ、私も学生ですし私と戦っても栄誉にならないのでは…」
「君は第二王子殿下の近衛魔術師だし、戦闘部隊長に勝った王国魔術師だ。
君と戦う以上の栄誉などそうそうない。
それに君がいるのにわざわざ王国魔術師を呼ぶ必要もない。そうだろう?」
「……はい、クリンプトン先生。」
「ではそういうことで。頼んだよ。」
…たしかに、ステラが断ることで任務や訓練に忙しい王国魔術師を呼ぶのも憚られる。
ステラは渋々返事をして、一礼をしてその場を辞する。
教室から出ると前と同じように四年生が次の授業を待っていた。
ヴァレン殿下とレオナルドを見つけて一礼する。
「ステラ、また呼び出されたの?」
レオナルドが呆れたようにステラを見る。
「よ、呼び出しというか…頼み事をされました。」
「私の許可も得ずに何をしているのだ。」
ヴァレン殿下が教室を睨みつけるのを見て慌てる。
「…魔法戦の大会の最終戦の学生の相手を依頼されたんです。
断るのも失礼かと思い、お受けしました。
勝手なことをして申し訳ありません。」
「ああ、そんなことか。」
ヴァレン殿下が睨むのをやめてくれてよかった。
そんなことで片付けていいことではないと思うけどステラは頷く。
「ステラの魔法戦の腕は噂に聞いたよ。
この目で見られるなんて楽しみだな。」
レオナルドが横から茶化すのでステラは恐縮してしまう。
予鈴が鳴ったので、二人に一礼して次の授業に急いだ。
◇◇◇
翌日が魔法戦の授業の初日だった。
魔法剣術の授業でも使っていた屋外の練習場に向かう。
「私、不安だわ。たとえ授業でも戦わないといけないなんて。」
いつも明るいアリスが珍しく不安そうに話す。
ステラが父の影響で戦いに憧れていただけで、普通のご令嬢はこの反応だろう。
「一年生だし、きっと危険なことはしないわよ。
何かあったら私があなたを守るわ、アリス。」
「それは心強いわ。ありがとう、ステラ。」
そう言いながらも強ばるアリスを見て、ステラは微笑みながら手を握って先を急いだ。
練習場に着くと、そこには予想通り防御魔術のカール・クリンプトン先生が立っていた。
王国魔術師団の戦闘部隊の副部隊長を務めていたのだから、学院に彼以上の教師はいないだろう。
「私が魔法戦の授業も担当する。
魔法戦は魔法使い同士の戦いを想定した授業だ。
授業なので怪我をするようなことがあれば私が《防ぐ》が、本来は命のやり取りもあるということを忘れないように。」
クリンプトン先生の声が練習場に響き、一年生は身を固くしている。
アリスが横でブルブル震え始めたので、ステラはその手を握って落ち着かせる。
気付いたアリスと目が合ったので「大丈夫」と言うように微笑むと、震えてはいたが手を握り返してくれた。
「魔法戦がどのようなものかは実戦を見た方が早い。アルカニス、前へ。」
「はい、先生。」
王国魔術師団で鍛えられたステラは、命令をされると考えるよりも先に体が動いてしまう。
「君に私の相手をしてもらう。
私がアルカニスと戦って見せるから、他の者はよく見ておくように。」
皆の前でクリンプトン先生の相手なんて恐れ多くてご遠慮したいが、戦闘経験のない一年生に先生の強力な魔法を受け止めさせるのは危険だろう。
ステラは頷いて指示に従うことにする。
「アルカニス、君は向こうへ向かってくれ。
君を倒そうとは思わないが、遠慮はしないからよろしく。」
「承知しました、先生。」
クリンプトン先生が試すような表情でステラに言う。
入学式で先生と初めて会ったときから変わらないその隙のない膨大な魔力に、クリンプトン先生の実力を察したステラは気を引き締めて練習場の端に向かう。
「戦う者は、練習場の両端に立つ。
審判の声で戦闘が始まる。
グラディウス、審判役を頼む。
私がアルカニスと向かい合ったら、『それでは、始め』と言ってくれたらいい。」
クリンプトン先生はそう言ってドラードを指名した。
先生のよく響く声は距離があってもはっきりと聞こえてきた。
クリンプトン先生が生徒から離れ、ステラと向き合うように立つ。
先生が解放した魔力がステラの目の前までぐっと押し迫る。
この感覚は、戦闘部隊の魔術師と戦ったときの物だ。
授業とは言え本当に戦うのだと思い、ステラも魔力を解放して先生の魔力を押し返すと魔力が衝突して熱が広がった。
無詠唱の遠隔魔法を仕込んで先生を狙い、そのまま防御魔法を自分に施す。
「グラディウス、はじめてくれ。」
魔力の衝突を初めて目にしたであろう一年生がざわつくが、クリンプトン先生が目で制止してドラードに指示を出す。
「…それでは、始め。」
「《訪れし災厄を打ち払え》」
ドラードの声と共に空から雷がステラを狙う。
その威力に防御魔法では危険だと思い、防御魔術を詠唱して防ぐ。
ステラの遠隔魔法を難なく防いだクリンプトン先生が杖をこちらに向けて詠唱すると、まばゆい閃光がステラに飛んでくる。
「《壁よ、我を護れ》」
目がやられる前に巨大な壁で攻撃を防ぎ、次の魔法が飛んでくる前に走り出す。
生徒に当たらないようにしているのか、上からの攻撃や風の魔術で起こした竜巻でステラを狙ってくる。
ステラも皆に当たらないように遠隔魔法や雷の魔法でクリンプトン先生を狙う。
一通り攻撃と防御のやり取りをした後、クリンプトン先生と目が合った。
「《光の刃よ、敵を切り裂け》」
察したステラがクリンプトン先生を正面から狙うと、クリンプトン先生が杖から手を離す。
すぐに魔法を解除すると、クリンプトン先生がこちらに駆け寄ってくる。
ステラも走って先生の前に行き、敬礼をする。
「アルカニス、助かったよ。ありがとう。」
「恐れ入ります、クリンプトン先生。」
ステラが一礼をすると、生徒からわーっという歓声と拍手が上がる。
「この通り、杖から手を離したら負けだ。
基本的には負けた方が相手の元に行き、試合終了だ。」
クリンプトン先生がまたよく響く声で生徒に声をかける。
「先生、僕もやってみたいです!」
「ステラ、やるなあ!」
「クリンプトン先生、かっこいいです…。」
皆が興奮気味に先生やステラを囲む。
「ステラ、あなたに守ってもらえると思うとなんとかなる気がしてきたわ。」
「そうよ、安心して。アリスを傷つけた相手が燃え屑になる魔法をかけておこうかしら。」
「あなたが言うと本当に燃え屑になりそうで私の相手が可哀想だわ。」
アリスもすっかり元に戻ったのでステラも冗談を言って、二人で笑い合った。
「先ほどの魔法戦について解説するから教室に戻ろう。」
クリンプトン先生の声に皆で返事をして、教室に戻って魔法戦の解説をされた。
先制で攻撃を仕掛けることやそれで勝負が決する事もあることなど、訓練で感覚で理解していたことを改めて教えてもらい、とても勉強になった。
ただ、自分の魔法を解説されるのは恥ずかしくて、ほとんどの時間を真っ赤になって椅子に縮こまって過ごすことになったのだった。




