47.敬われる者
休暇が終わり、久しぶりに特別寮から学院までの道をヴァレン様と一緒に歩く。
久しぶりに見る学院のローブ姿のヴァレン様が新鮮で、ステラは胸がドキドキしてしまっていた。
「ステラ、どうしたの?」
王城にいたときはきっちりと整えられていた長めの髪は学院では軽く耳にかけるだけなので、ステラを覗き込んだヴァレン様の顔にはらりとその白銀の髪がかかる。
「な、な、な、なんでもありませんっ!」
久しぶりに見る前髪越しの金色の瞳になぜか胸が疼いてしまい、ステラは慌てて目をそらす。
「おはよう、ヴァレン、ステラ。」
「あぁ、おはよう、レオ。」
ステラが勝手に赤面していると、レオナルドがやってきた。
「おはようございます、レオ様。」
「おはよう、久しぶりのステラは特別に可愛いね。」
馬車で話したときに言われた言葉を思い出して少し緊張しながら挨拶するが、レオナルドは拍子抜けするほどいつも通りに戻っていた。
「私の物だ、レオ。」
「たまにはいいじゃないか。」
レオナルドから遠ざけるようにヴァレン様に腰を引き寄せられるが、レオナルドは気にした様子はない。
(考えすぎだったのかしら…。)
ステラがぼんやりと考えていると、周囲がざわめいていることに気付いた。
王城でいつもお隣で過ごしていたからすっかり気が抜けていた。
恐れ多くも、ヴァレン様のお隣に立つのが恐れ多いという感情を忘れてしまっていたのだ。
婚約の話はあってもまだ婚約者ではないし、今のステラはあくまでも近衛魔術師としてお側にいる。
自分が図々しくも大変な不敬を働いていたことに気付き、慌てて一歩後ろに引こうとしてヴァレン様の腕に阻まれる。
「ステラの場所はここでしょう。」
「で、ですが…っ」
「わからないならもっとわかりやすく教えようか?」
不敵な笑みを浮かべたヴァレン様に胸に響く声で言われて、終業式での甘すぎるヴァレン様や王城で起きた恥ずかしい出来事が一気に脳裏を巡る。
「わ、わ、わかったので大丈夫です!!」
ステラはまた勝手に赤面して目を伏せ、ヴァレン様にクスクス笑われた。
ヴァレン様達と分かれて一年生の教室に入る。
久しぶりの教室の香りが懐かしくて、帰ってきたと感じる。
クリスフォードの姿が見えたので近づいて声をかけた。
「おはよう。久しぶり、クリス。」
「おはよう…ございます、ステラ…様。」
いつも明るいクリスフォードがステラと目も合わさず、気まずそうにそう返すのを見てステラは驚いて聞き返す。
「急にどうしたの?」
「…私が口にするのは恐れ多いことでございます。」
ステラはその言葉に目を瞪る。
あの舞踏会には学院の生徒は恐らく全員参加していた。
夜会に来ていなかった者も皆、ステラの立場を知ったのだろう。
「クリス、いつも通りにして。
私は貴方に敬ってもらうような立場じゃないわ。」
「…滅相もございません。」
周りを見ても皆同じように目も合わせてくれない。
ステラは呆然としながら席に着く。
「急に偉くなったのね、ステラ。」
隣の席のエリザベス・フォード伯爵令嬢に冷たく声をかけられる。
それでも、いつも通りでいてくれたことが嬉しかった。
「おはよう、エリザベス。
私は何も変わってないわ。…ありがとう。」
エリザベスはお礼を言われる意味がわからない、というような怪訝な顔をして、興味を失ったのかまた前を向いた。
「おはよう、ステラ。」
「アリス!おはよう、久しぶりね。」
いつも通りの明るい声がしてほっとして振り向く。
「ステラ、すっかり有名人ね。」
「あの…こんなことになるとは思っていなくて…。」
「舞踏会のステラ、すごかったもの。
お姫様みたいに第二王子殿下と素敵に踊ったかと思ったら今度は第一王子殿下にもエスコートされているし。
極めつけには第二王子殿下を狙った刺客を捕らえたんでしょう?」
「し、刺客というか…と、捕らえたというか受け止めたというか…。」
「みんな噂しているわ。第二王子殿下とステラが婚約するって。」
「こ、こ、こ…」
「私は夜会のことを知っていたけど、あの場に来ているのは少数だったから。
ほとんどが舞踏会で初めて見たのよ、第二王子殿下のお隣に立つステラのことを。」
「そう、なのね……」
「今もなんだかピカピカ輝いているし、王族のご寵愛を受けるのも大変ね。」
「アリス…。……ありがとう。」
ヴァレン殿下は王城から侍女を数人連れて帰っていた。
何度断っても答えは変わらないだろうと思い早々に諦めたステラは、寮でもピカピカに磨かれることになったのだ。
アリスが普通に接してくれてよかった。
お礼を言ってからぼーっと考える。
自分は敬われるような人間ではないのにこんなことになってしまうなんて、どうすればいいのかわからなくて途方に暮れることしかできなかった。
「ステラ、何かあったのか?」
昼食中、ステラがぼんやりしているとそれに気付いたヴァレン殿下に気遣われた。
「無理にとは言わないけど、話してもらえたら嬉しい。」
「…ヴァレン殿下。」
ヴァレン殿下の優しい声に、ステラは今日あったことを話す。
敬われるような人間ではないのに急に敬われて戸惑っていること、仲の良かったクラスメイトからも距離を感じて寂しいことを。
「…そうか。」
ヴァレン殿下は考えるように顎に手を当てて目を伏せた。
横で聞いていたレオナルドが話す。
「僕個人としては、ステラはもっと敬われるべきだと思っていたよ。」
「い、いえ…私はそんな……」
「一年生でヴァレンの近衛魔術師になったんだ。
在学中に王国魔術師になるだけでも滅多にないことなのに、近衛魔術師だ。
君は近衛魔術師として敬われるべきだし、もっと自信を持った方がいい。」
「それは…ヴァレン殿下が…」
「私が君を選んだんだ。
私も、ステラは自信を持つべきだと思うよ。」
高貴な身分を持つお二人に言われて、なんと返せばいいのかわからなくなる。
お二人と違ってステラは何も持っていない。
ステラが近衛魔術師に選ばれたのは「王家の巫女」の魔力のおかげだ。
訓練を受けた今は王国魔術師であることには自信を持てるけど、近衛魔術師にふさわしいのかは自信がない。
それに、皆が態度を変えたのは、ヴァレン殿下の婚約者だと思われているからだ。
ヴァレン殿下は高貴なお立場でいらっしゃるけど、ステラ自身には敬われる要素なんてない。
「…はい。」
答えてはみたものの、その後も距離を感じるクラスメイトに寂しくなり、ステラの心は晴れなかった。
授業が終わった後、ヴァレン様の特別寮に戻っていつもの応接室で横に並んで座っていた。
時々ステラの髪を弄りながら静かに本を読むヴァレン様に、今日ずっと思っていたことを聞いてみようと思った。
「…ヴァレン様は、寂しくはないんですか?人に敬われることが…。」
ステラが話しかけると、ヴァレン殿下はじっとステラを見つめて考え込むような仕草をする。
今日一日だけど皆に敬われて、距離を感じて、ステラは寂しかったのだ。
ヴァレン様はそのような暮らしで寂しくないのだろうか。
「正直に言うと、私はずっとこうして生きてきたから寂しさは感じない。
私にはステラやレオがいてくれるから、それだけで十分だ。
だからステラの気持ちは理解できない部分もある。」
言葉とは裏腹にヴァレン様は優しい瞳でステラの頬を撫でて続ける。
「それに、ステラは自分の力で得た地位ではないと悩んでいるようだけど、私も偶然王族として生を受けただけだよ。望んだわけではない。」
「そ、そんな…」
余りに恐れ多いその言葉にステラはなんと言えばいいのかわからなくてヴァレン様を見る。
王族の証である白銀の髪や金色の瞳が眩しく映る。
「たまたま授かったこの地位を敬ってくれる者はそうさせておけばよい。
それを止める必要はないよ。
ステラも、私を敬うなと言っても無理なのだろう?」
「……はい。」
正直に答えるステラを見て静かに微笑む。
「王族に敬意を持つ者が多いということはこの国が安定している証でもある。
ステラが私の隣に立つことで皆がステラを敬うのなら、それは喜ぶべきことだ。
だからステラは胸を張ってほしい。
私達王族がしっかり国を護れているということだから。
君が誇ってくれたら私も嬉しい。」
「…はい、ヴァレン様。」
ステラはヴァレン様の言葉を聞いて、改めてそのお隣に立つことの意味を知って、その尊さに震えそうになる。
ステラはいつも自分のことに必死で、今までの人生で国のことなんて考えたこともない。
ヴァレン様は違うのだ。
生まれたときからそのお立場に見合うように考えて行動されて、たくさん努力されたから今のヴァレン様がいる。
ステラがヴァレン様に選んでいただいたからといっても、何の努力もせず皆に敬われる地位に立つのは違うと思った。
それを伝えたい、と思う。
「……ヴァレン様、恐れながら申し上げます。
私はヴァレン様が王族でいらっしゃるからというだけで敬っているのではありません。
ヴァレン様がたくさんの努力を重ねられてそのお立場に立たれているから、そのお姿が尊いのです。
恐れ多いですが、私も努力して堂々とお隣に立てるように、尊いヴァレン様に相応しい者になりたいです。」
ステラの言葉にヴァレン様は目を見開く。
そして泣きそうにも見える顔でステラを抱き締めてくれた。
「ありがとう、ステラ。」
「そんな…。ありがとうございます、ヴァレン様。」
お礼を言うのはステラの方だ。
ステラもヴァレン様の胸に顔を寄せる。
皆に距離を置かれても、ヴァレン様がいてくださったら寂しくないと思えた。




