46.帰る場所
「ステラ、よくやったね。」
跪いて頭を下げていると、ヴァレン殿下がいつもの優しい声で声をかけてくれた。
このような場では王族と目を合わせるなど不敬なのに思わず顔を上げてしまう。
「私は素晴らしい近衛を持った。
君のことを誇りに思うよ、ステラ。」
「有り難き光栄に存じます、第二王子殿下。」
嬉しそうに話すヴァレン殿下にステラも微笑み返したが、ステラは父も、王国魔術師団長もいることにはっとして、再び頭を伏せる。
「ステラ、派手でよかったぞ。さすが私の自慢の娘だ。」
横に立った父にわしゃわしゃと頭を撫でられ、また安心して顔を上げて微笑んだ。
「お父様。私、頑張りました。」
「後始末も教えないとな。」
「も、申し訳ありません…。」
また頭を撫でられて嬉しくて頬が緩んでいると、正面に立っていたヴァレン殿下がつかつかと歩いてきたので父がさっと離れた。
ステラもまた頭を下げようとしたとき、
「ヴァ、ヴァレン殿下?!」
急に覆い被さるように抱き締められて、焦って崩れ落ちそうになったステラは膝で耐える。
ローブは土と泥で汚れているし走り回って汗もかいていて、王族に触れられていいような状態ではない。
「お、お、お召し物が……っ!」
「《清めよ》」
「お父様!」
父が横からステラに清浄魔法をかけ、ステラの汚れを《清め》た。
確かに汚れは取れたが、それだけの問題ではない。
いつもの侍従や侍女の前ならともかく、父や王国魔術師の仲間の前でヴァレン殿下に抱き締められるなんて、恥ずかしいという言葉では言い表せられない。
「で、で、殿下…み、皆が……。」
「ステラ、怪我はしてない?」
ヴァレン殿下の金色の瞳が気遣うように細められ、頭を撫でられる。
「だ、大丈夫ですっ!あの、お手を…」
「本当に近衛なんてやめさせようかと思った。」
「な、な、何を……」
ヴァレン殿下がステラの髪を撫でながら真剣な顔でとんでもないことを言うので衝撃で言葉が続かなくなった。
客席にいる魔術師には会話の内容までは聞かれていないだろうが、驚愕の表情を浮かべたり、赤面してこちらを見ているのでステラも耳まで赤くなった。
ヴァレン殿下がステラの手を取って立ち上がらせて父に向かって言う。
「今日は私が連れ帰るゆえ戻らぬ。」
「承知しました、第二王子殿下。
…夜警が必要でしたら遣わせますのでお申し付けください。」
最後の部分をにっこり微笑んで言われたのでステラはぼぼぼっと沸騰した。
父はどこまで知っているんだろう。
「この者がいればよい。」
ヴァレン殿下も怖いくらいの微笑みで言うので、ステラは不敬にもヴァレン殿下のお口を塞ぎたくなったが、そんなことを考えた不敬に縮こまって震えることしかできなかった。
◇◇◇
「本当にステラには驚かされてばかりだ。学生が王国魔術師団の戦闘部隊長に勝つなんて聞いたことがない。」
夕食を食べ終わり、用意してもらったステラの部屋でカウチに腰掛けながら話す。
ヴァレン様と一夜を過ごして以来、夜の空いた時間にこの部屋でお話しするのがなんとなく習慣になっていた。
…もちろん寝る前には隣にあるヴァレン様の私室に戻られる。
「あ、あれは不意討ちが成功したので…本来ならば負けていました。
もっと鍛練してヴァレン様をお守りします。」
「不意討ちも立派な戦法だよ。急にいなくなるから何事かと思った。
転移魔術なんて使えたんだね。」
ステラはぎくりとしてヴァレン様の左手をチラッと見てしまう。
その薬指に収まっている指輪も転移魔術で買ってきたなんてとても言えない。
「こ、この日のために温めていたんです。
次からは使えないので別の作戦を考えます。」
「そう。……ステラ、私に隠していることはない?」
「ご、ございません!隠し事なんて滅相もございません!!」
体がビクッとしてしまい、慌てて話題を変えた。
「そ、そんなことよりヴァレン様、このお部屋で過ごすのも最後ですね!」
ヴァレン様は訝しげに目を細めている。
これ以上目が合うと追及されてしまいそうだったので、 カウチの前にそびえる大きな窓に目を向けた。
ヴァレン様が幼い頃眺めていたという、王都の景色が広がっている。
先程までいた王国魔術師団の本部の天文台も見える。
「…このお部屋で過ごせて幸せでした。素敵なお部屋をご用意していただき、ありがとうございました。」
ステラは頭を下げてお礼を言う。
「礼など必要ない。それにまた帰ってくればよい。君のための部屋だ。」
訓練はもう終わりだからここを使うこともないだろう。
ステラはおっしゃる意味がよくわからなくて首をかしげた。
「私の妃のために作られた部屋だと言っただろう。」
その言葉にぼぼっと赤面する。
たしかにそうおっしゃっていたが、最近は王国魔術師団にいる時間が長くてあまり考えないでいたら頭から抜けていたのだ。
「…まさか忘れていたのか?」
「い、いえ!!滅相もございません!!」
本当に忘れていたなんて口に出したら大逆罪もいいところなので慌てて否定する。
「ステラのための部屋だから、いつでも帰っておいで。」
「……はいっ…!」
髪を撫でて微笑んでくれるヴァレン様に、胸がじんわり温かくなる。
王城に「帰る」というのは不思議な感覚だったが、ヴァレン様と過ごしたこの部屋は、ステラの帰る場所の一つな気がした。
翌日、学院に戻る前に王国魔術師団に挨拶に行くと昨日のやりとりを見ていたであろう魔術師達に囲まれた。
「ステラ、本当に第二王子殿下のご寵愛を受けているんだな。」
「ご、ご寵愛なんてとんでもございません!」
戦闘部隊のディーンに言われてステラは赤面する。
「あんなに甘い笑顔の第二王子殿下、初めて見たわ。いつも『氷の殿下』なんて呼ばれていらっしゃるし。」
「そ、そんな…。」
「ステラ、幸せになるのよ。」
「お、恐れ多いです…殿下をお守りできるように引き続き鍛えてください。」
ミネルバと握手した手をぶんぶん振られて、なんと返せばいいかわからなくてまた赤面する。
こんな調子で一通りからかわれたので、皆に挨拶を終える頃にはヨレヨレになっていた。
魔術師団の本部の象徴である天文台を見上げる。
まさか憧れていた王国魔術師団がこれほど大好きな温かい場所になるとは思ってもみなかった。
最後に師団長室に向かう。
師団長と、父とも暫くはお別れだ。
「師団長、失礼いたします。ステラが参りました。」
「入れ。」
父の言葉にさっと入室して敬礼する。
「様になってきたな。
ステラ、お前はもう一人前の王国魔術師だ。胸を張れ。」
「恐れ入ります、師団長。」
一礼して顔を上げると、父がステラに優しく微笑んでいた。
「ステラは父様の自慢の娘だ。
そして父様は何があってもステラの味方だ。
それだけは忘れないで。」
いつになく真剣な父の声に目を瞠る。
この夏、王城であった出来事を思い返す。
きっとこれからヴァレン殿下の近衛魔術師でいるのなら、…将来はお隣に立つのなら、今のステラには想像もできないような出来事も起こるのだろう。
国王陛下の近衛魔術師として長く仕えてきた父には、それがわかっているのだ。
「はい。…お父様っ。」
何が起きても、父の言葉を忘れないようにしようと、ステラは胸の奥に大切にしまい込んだ。
◇◇◇
その後、ヴァレン殿下と一緒に王城を発つ時には、来た時以上にたくさんの侍従や侍女や騎士にお見送りされた。
ただでさえヨレヨレになっていたステラはその恐れ多い光景の真っ只中に自分が飛び込むことに目眩がしてしまい、腰を支えてくれたヴァレン殿下が肩を震わせて笑いを耐えていた。
こうして、ステラの初めての学院の夏休みが終わったのだった。




