43.攻撃
やっと前の組の音楽が鳴り止むとステラはほっとして、第一王子殿下のエスコートでフロアに進んだ。
ダンスを踊りたいわけではなく、第一王子殿下とこれ以上話すのが怖かったのだ。
テンポの速いワルツが始まり、ステラの体は再び勝手に動き出す。
第一王子殿下はヴァレン殿下と同じくらいリードがお上手だった。
高貴な方々は頭だけでなく体の作りも違うんだろうか。
あくまでも親交の場なので、不審に思われない程度に微笑みながらダンスを踊っていると、またステラの《敵を現す》空間魔術が反応した。
誰かが、ヴァレン殿下を傷つける意思を持ってこの場に現れたのだ。
(不審に思われてはだめ。
今反応があったのだから距離はあるはずだし、ダンスが終わってからでもきっと大丈夫。
間に合わなくてもありったけの防御をしたから大丈夫よ。)
気が気ではなかったが、このワルツは五分もあれば終わる。
視界の端に映るヴァレン殿下は身分の高そうなご令嬢と話しているが、隙だらけのその姿を見て恐らくあのご令嬢ではなさそうだとステラは思った。
ワルツが終わり、ヴァレン殿下の元に戻ろうとすると第一王子殿下に声をかけられた。
「もう一曲、いかがかな。」
「大変僭越ながら、第二王子殿下のご許可をいただいておりません。
ご無礼を何卒お許しください、第一王子殿下。」
「しょうがないな。また話そうね、ステラ。」
「ありがたきお言葉、身に余る光栄でございます、第一王子殿下。
それでは失礼いたします。」
ステラはその場で足を一歩引いて一礼をしてヴァレン殿下の元に向かった。
エスコートを受けずに元の場所に戻るのはマナー違反だが、不敬を問われるほどのことではないと願った。
「《場所を示せ》」
足の杖に触れて小声で詠唱すると、ヴァレン殿下の方に向かってグラスを持って歩いてくる令嬢を示した。
既に距離が近い。
もし本当にヴァレン殿下のお体を傷つけようとしているのなら、触れた瞬間にその場で気絶して魔力が吹き飛ぶことだろう。
ステラは早足でヴァレン殿下の元に向かう。
ヴァレン殿下は先程の高貴なご令嬢と話しながらもステラの様子がおかしいことに気付き、怪訝な顔をしてこちらを見ている。
ヴァレン殿下の前で足を一歩引き、礼をしようとしたその時、ステラに気付いて立ち止まった《敵》の令嬢のドレスの裾が僅かにヴァレン殿下に触れた。
バチッと音がして防衛魔術が反応する。
(倒れるわ…!)
ステラはヴァレン殿下を攻撃したからと言って相手の命まで奪うつもりはなかった。
むしろ命は奪わずに尋問にかけて裁かれるべきだ。
倒れ込む令嬢に駆け寄り、体を受け止める。
令嬢は受け止めたが、令嬢が手に持っていたグラスが床に落ちて割れる方が早く、ステラは割れたグラスの上に膝をつく形になる。
膝に鋭い痛みが走り、じわっと血が滲んだのがわかった。
(…今日は王国魔術師のローブじゃなくてよかったわ。)
王国魔術師の真っ白なローブは、それを血で汚すことを許さないからだ。
「ステラ、何事だ。」
「殿下、ご無礼をお許しください。
《囲め》」
ヴァレン殿下がこちらに近づこうとされたので、右手で太ももの杖に手を振れてこぼれた葡萄酒に結界を張って進路を塞ぐ。
近衛騎士が駆け寄ってヴァレン殿下を守るように立ち、待機していた王国魔術師も駆けつけてくる。
「私が施した防衛魔術が反応しました。恐らくこの葡萄酒は何らかの毒が含まれています。」
「《毒感知》に反応したのね。」
令嬢の息があるのを確認して、ステラは駆け寄ってきた中にいた王国魔術師のミネルバに告げる。
ミネルバはステラがかけた魔術をすぐに見抜いて頷いた。
ステラがヴァレン殿下に施した魔法の一つに、毒物を感知して術者に攻撃だと教える《毒感知》の魔法がある。
この魔法が攻撃から守る防御魔法と一緒に反応したので、毒による攻撃だとわかった。
毒そのものに対する防御は王国魔術師団が既にかけていたが、ステラはそれを未然に防ごうと思ってこの魔法をかけたのだった。
膝から血が垂れるのを感じるが、幸いドレスなので誰にも見られていない。
「身柄を移します。」
「よろしくお願いします。」
近衛騎士とミネルバに令嬢を託し、ステラは怪我をした左膝にぐっと力を込めて跪く。
「ヴァレン殿下、私は王国魔術師団に戻ります。お側を離れるご無礼をお許しください。」
膝からは血が流れているしドレスも汚れている。
この騒ぎも広まるだろうから今日はこれ以上攻撃はなさそうだし、ステラは王国魔術師団に戻って令嬢に話を聞きたいと思っていた。
それに、膝の傷から毒を浴びたので早く洗い流したい。
「ステラ。」
ヴァレン殿下は厳しい声で名前を呼ぶと、どこから取り出したのか、杖でステラが張った結界を解除してこちらにやってくる。
「危険です、殿下。離れてください。」
「私の身は君の魔法が守ってくれているんだろう。立ってくれ。」
ヴァレン殿下に手を取られて立ち上がるが、膝に力が入らなくて少しよろめいてしまう。
ステラの様子でわかったのか、床に垂れていた血に気付いたのか、ヴァレン殿下は目を見開いたかと思うと、抵抗する間もなくステラを抱きかかえて、近くの扉からホールを退出した。
「殿下!なりません!危険です。下ろしてください。」
不敬だなんて言っていられない。
いくら防御しているとは言え、ドレスに染み込んだ毒がヴァレン殿下に触れてしまうなんて考えたくもなかった。
大逆罪になってでも魔法で抜け出そうかと、足の杖に触れようとするが、手も足も自分の物じゃないみたいに力が入らない。
自分の魔力ではない力が染み出して血管がぞわぞわする不思議な感覚がある。
はっとしてヴァレン殿下を見ると、その瞳は深紅に染まっていた。
「私は君を傷つけようとしていないから守りは発動しない。動くな。」
「王家の魔法」は相手の精神を絶対的に支配する。体が動かないのは支配されているからだと気づく。
血管から染み出てくるのは《忠誠》の魔法を受けてステラに残っているヴァレン殿下の「王家の魔法」の魔力だろう。
厳しい声に何も言えなくなり、ステラはヴァレン殿下に抱えられたまま、応接室と思われる部屋に運び込まれた。
「医官を呼べ。」
ヴァレン殿下が侍従に命令して、扉が閉められる。
高そうなカウチに下ろそうとされるが、汚れてしまいそうで抵抗する。
「ヴァ、ヴァレン殿下、汚れて…」
「それ以上言うと、口も動かなくなるよ。」
深紅に染まった瞳で厳しい口調で言われ、ステラは口を噤む。
「…足を見てもいいかな?」
「…はい。」
黙ったステラを気遣うように頬に手を当てると、優しく聞かれて頷く。
何を言っても見られてしまうだろうし、口まで動かなくなったら困る。
ステラは無駄な抵抗は諦めた。
ヴァレン様がそっとドレスの裾を捲ると、左膝から血が溢れて垂れていた。
湯を浴びるどころではないから治癒魔法をかけようとしたら、先にヴァレン殿下が杖を取り出した。
「《癒えよ》」
ヴァレン殿下に治癒魔法をかけてもらうと、膝の傷は閉じて痛みもほとんどなくなった。
「あ、あの…ありがとうございます…。
あ、ありがたき光栄に存じます…。」
ヴァレン殿下に《治癒》してもらうなんて叙勲よりも価値があるんじゃないか。
そう思ってステラがぎこちなくお礼を言うと、ヴァレン殿下は切なそうに目を歪め、ステラを強く抱き締める。
「痛むだろう。すまない。」
「ヴァレン様が治してくださったので、もう大丈夫です。
それに私は鍛えているので人よりも丈夫です。
ヴァレン様をお守りできてよかったです。」
心配してほしくなくて、ヴァレン様の深紅に染まった目を見て微笑む。
実際、領地の騎士からはもっと血まみれになるくらいボロボロに鍛えられたのでこれくらいの傷は翌日には忘れてしまう。
むしろ足がじんわりと温かくて心地よいような感覚がある。
「ステラ…。」
瞳を金色に戻したヴァレン様がまた謝ろうとされている気がしたので、ステラはヴァレン様の背中に手を回し、そのまま頭を撫でる。
「私も自分で防御を施していますので、この程度では命には関わりません。
ヴァレン様を守るのが私の仕事なので、褒めていただけたら嬉しいです。」
「…君には敵わない。ありがとう、ステラ。
君に守ってもらえて心強い。」
「恐悦至極に存じます…ヴァレン様。」
ヴァレン様がぎこちなく微笑むのを見て、ステラもほっとして微笑み返した。




