42.敵の腕で
ダンスフロアを離れ、一息をついていると高揚していた気持ちが静まって、今の自分の状況に気づいてはっとした。
ヴァレン殿下に腰を抱かれ、耳元で囁き合っている。
大勢の貴族の前でとんでもないことをしてしまっていることに気づき、息を飲んで後ずさりをしようとすると、ヴァレン殿下がぐっと腕に力を込めて微笑んだ。
「ステラ、私の隣にいてくれるんでしょう。」
「ひっ…お、お隣にはおりますが、み、耳が……」
耳元に口付けされているような形になるのでくすぐったいのと恥ずかしいので身を捩る。
「…ん……で、殿下…おやめください…」
「どうして?皆に知らせておかないと。
ステラは私の物だって。」
身を捩った先に学院のクラスメイトや先輩方がこちらを見て驚愕しているのが目に入って、ステラは耳まで赤面する。
そんなやり取りをしていると、ヴァレン殿下がステラの耳元からそっと離れて姿勢を正した。
「第二王子殿下、ご挨拶をよろしいでしょうか。」
見ると、名家の当主と思わしき金髪碧眼の男性が同じく金髪の美しいご令嬢を連れている。
ちらりとステラを見やるが、感情を感じさせない表情でヴァレン殿下に頭を下げた。
さすがに無視できないのか、ヴァレン殿下はステラの腰を離して向き合った。
「久しいな、ノクティス公爵。」
ステラはその言葉に目を見開く。
ノクティス公爵家。
第一王子派の筆頭で、レオナルドの実家のリュクス公爵家と対立している家。
そして、ヴァレン殿下によると現当主はステラの実の父親、らしい。
この方が血の繋がった父親だと思うと震えそうになったが、今はヴァレン殿下のお隣に立っているのだ。
震えないように息を詰めて存在感を消すことに集中した。
「第二王子殿下のお誕生日を心よりお祝い申し上げます。
こちらは姪のデルフィーヌです。どうぞお見知りおき下さい。」
「お初に御目にかかります、第二王子殿下。
ブラン伯爵家のデルフィーヌと申します。
第二王子殿下のお誕生日を心よりお祝い申し上げます。」
「ああ。よく参ったな。」
ヴァレン殿下は淡々と言葉を返す。
「よろしければ、姪と一曲踊ってはいただけませんか。」
ステラはその言葉に胸がぎゅっと締め付けられるが、ノクティス公爵家ほどヴァレン殿下が繋がりを強めるべき家はないだろう。
後ろに下がろうとそっと足を引いたが、ヴァレン殿下にまた腰を掴まれて隣に戻された。
「あいにく相手は決まっているんだ。」
「さようでしたか。ではまた後程。失礼いたします。」
凍りついた表情のまま話すヴァレン殿下に、ノクティス公爵もわかっていたように話し、その場を去った。
二人が去った後、我慢していた震えがやってきて息を詰めて耐えているとヴァレン殿下に頬を撫でられた。
その薬指にはステラが渡した指輪が輝いている。
「ステラ、怖かったね。
大丈夫だから、気にしないで。
ステラはアルカニス魔法伯の娘だろう。」
「…っはい、ヴァレン殿下。ありがとうございます。」
その言葉で実の父親に会った恐怖と、ご令嬢がヴァレン殿下と踊るかも知れないという不安でいっぱいだった胸が、すっと軽くなった。
ステラが独占するのも恐れ多いが、ノクティス公爵の血縁のご令嬢とヴァレン殿下が踊る姿を見るのは耐えられそうもなかったのだ。
その後も何名か挨拶に来たが、ヴァレン殿下は誰の手も取ろうとはしなかった。
今日はヴァレン殿下のお誕生日を祝う宴なのにさすがにまずいのではないかと思い、どうにか誤魔化して離れようと思っていると、ステラがホールにかけた《敵を現す》空間魔術が反応した。
「《場所を示せ》」
ドレスの上から足に仕込んだ杖に触れて詠唱すると、《敵》がこちらに向かってくるのがわかり、ステラは身を硬くしてヴァレン殿下に体を寄せた。
ヴァレン殿下もステラの動きで察したようで、ステラが見据えている方向を見つめている。
白銀の髪を後ろで束ねた青年が人の良さそうな微笑みを浮かべてこちらにやってくる。
第一王子殿下だ。
ステラは、足を一歩引いて深く頭を下げた。
ヴァレン殿下も軽く頭を下げて、凍てついた声で言う。
「兄上、お忙しい中よくぞお越しいただきました。」
「よい。今日はステラを借りる約束だからね。」
「……はい。」
第一王子殿下はその薄い金色の瞳をステラに向けた。
ステラは目を伏せてまた一礼する。
「ではステラ、私と一曲踊っていただけるかな。」
「第一王子殿下、ありがたき光栄に存じます。」
微笑みながら差し出された右手にステラの左手をかけ、目を伏せたまま微笑み返す。
ヴァレン殿下の方を振り返って「大丈夫」と伝えたかったけど、そんな不敬は出来ないのでそのまま手を引かれた。
第一王子殿下のエスコートで、ステラは再びダンスフロアに舞い戻った。
第一王子殿下にエスコートされながら現れたステラに、周囲を囲んでいた貴族がざわめき出す。
他の王族方と同じように第一王子殿下も麗しいお顔をされているし、ヴァレン殿下は第一王子殿下のことを社交界で人気だと言っていた。
そんなお方の横に立っているのがヴァレン殿下と踊ったばかりのステラなのだから、そうなるだろう。
ステラは第一王子殿下とのダンスも勿論警戒していたが、今ヴァレン殿下の警備が手薄になっていることの方が心配になっていた。
「やっと君と話せた。」
第一王子殿下の声がしてステラは思わず顔を上げる。
薄い金色の瞳は微笑みを浮かべていたけど、その目と合うと不思議と胸がざわついて、ステラはまた目を伏せる。
「…ありがたき幸せに存じます。」
「そんなに固くならないで。私と君は兄妹になるんだ。」
「もったいなきお言葉にございます、第一王子殿下。」
早くダンスが始まらないかなと大変不敬なことを考えているが、まだ前の曲が終わりそうもないので目の前のダンスを見つめる。
未婚の男女はこの場でパートナーを見つけるべく、次々に相手を替えて踊っているようだ。
あちこちでエスコートを誘う声が聞こえた。
学院生もいるが、知らない顔の方が多かった。
「君はなぜ王都の社交には顔を出さなかったの?
アルカニス魔法伯は王都で暮らしているのに。」
貴族達はほとんどが、社交シーズンの八月を終えると領地に戻る。
領地が遠く行き来が難しい貴族の子女の中には領地の学校に通う者も少数ながらいるが、王都のタウンハウスから王立学園に通う者がほとんどだし、ステラの父は一年中王都にいる。
ステラが王立学園に通わなかったことや年頃になっても領地に引きこもっていたことを不審に思われても仕方がない。
本当は白銀の髪が見つからないように、貴族達と繋がりを持つことで王族やステラの実の父親と繋がらないように領地で育てられたのだが、まさかそんなことを《敵》に言うわけにもいかない。
「…お恥ずかしいことに、私には王都に知り合いと呼べる者もほとんどおりません。
壁の花となるよりは行かぬ方がよいと思っておりました。」
「君は壁の花になどなり得ないよ。
君ほど麗しいご令嬢、私が先に見つけていれば私が囲っていたのに。」
「滅相もないことにございます、第一王子殿下。」
「本当だよ。ヴァレンの物なのに、奪いたくなる。」
ステラは思わず息を飲んで、第一王子殿下と目を合わせてしまう。
その薄い金色の瞳は相変わらず微笑んでいたが、その奥に深紅の光が見えた気がしてステラは慌てて目を逸らした。
ヴァレン殿下は、第一王子殿下のことを「人を信頼させる力がある」とおっしゃっていたけど、もしかしたら第一王子殿下は「王家の魔法」を使っていらっしゃるのかもしれないと思った。
だけど、そんなことを考えた不敬が恐ろしくなって考えるのをやめた。




