39.警備計画
昼食会から二週間が経った。
ヴァレン殿下のお誕生日を祝う舞踏会を今夜に控え、王国魔術師団もバタバタと準備に追われていた。
国王陛下の誕生日のお祝いは夜会だったので招待客も限られていたが、今度は舞踏会なので多くの貴族が招待されている。
学院の生徒も皆参加するので、ステラはそんな中でドレスを着てヴァレン殿下の、主役の隣に何もせずにただ立つなんて考えただけで気が遠退きそうだった。
近衛魔術師とはいえ、ドレスを着るステラにできることはないかもしれないと落ち込みつつ、警備部隊に何か出来ることはないか相談すると思いの外歓迎してもらえた。
「本当に頼んでもいいのか?君は忙しいんじゃないのかい?」
「いえ、副部隊長。
本日は昼まで予定はありませんし、会場ではドレスの下に杖を仕込んでいます。
出来ることは限られますが少しでもお役に立ちたいです。」
「それは頼もしいな。君にお願いできるなら大助かりだ。」
敬礼して頭を下げるステラにそう言って微笑むのは警備部隊の副部隊長だ。
「それなら、ホールに行って防御結界を張るのを手伝ってほしい。
夜のことは部隊長に確認してまた声をかけるよ。」
「承知しました。」
ステラは敬礼をして頭を下げ、ホールに向かう。
ホールでは、準備のために多くの使用人や騎士が出入りをしていた。
王国魔術師の白いローブは目立つので、すぐに姿を見つけたステラは魔術師の方に走っていく。
「副部隊長の指示で防御結界を張りに参りました。」
敬礼をして話しかけると、こちらを振り返ったのは警備部隊の訓練で世話になったことのある魔術師で、ステラは安心して微笑んだ。
「ミネルバさん、お疲れ様です。」
「ああ、お疲れ様。ステラ、忙しいときに大丈夫なの?」
「今日は昼まで予定がないので、お手伝いしたいんです。」
「ステラの結界は強力だから心強いわ。
私はホールの外から結界を張ってくるから、ステラはホールの中をお願いしていい?
ありったけの防御結界を張っておいてね。」
「承知しました!」
ステラは微笑んで、腰の革ベルトに提げた杖を取り出す。
詠唱して、王国魔術師団で定められた結界を片っ端から張っていく。
そして最後に結界の中に前の夜会でも使った空間魔術をかける。
「《敵を現せ》」
もやもやとステラの魔力が空間に行き渡るのを確認して、ステラは杖を下ろした。
「あら、空間魔術も使ったのね。」
ちょうど戻ってきたミネルバが空間に漂うステラの魔力に気付いたのか、ホールを見渡している。
普通はこの程度の微量な魔力は気付かないので、やはり王国魔術師はすごい。
「《敵を現す》魔術です。」
「それは第二王子殿下も心強いわね。」
敵と言っても、この魔術が反応するのは「明確に攻撃の意思がある」敵である。
前回、この魔術を使ったら第一王子殿下に反応したので、ステラは肝を冷やした。
(まさかその《敵》と踊ることになるなんて、恐ろしいわ…。)
考え事をしてしまったステラの険しい表情を見て、ミネルバがいう。
「部隊長がお呼びだそうよ。ここはもう大丈夫だからいってらっしゃい。」
「承知しました。ミネルバさん、また何かあればお手伝いさせて下さい。失礼します。」
「心強いわ。またよろしくね、ステラ。」
ステラはミネルバに一礼をしてまた本部に戻る。
◇◇◇
王国魔術師団の本部、警備部隊長の部屋の前に立ち、扉をノックする。
「部隊長、ステラ・アルカニスが参りました。」
「入れ。」
その言葉にステラはさっと入室し、敬礼する。
「お呼びでしょうか、部隊長。」
「ああ。夜の警備のことだ。
君が殿下のお隣に立っているときはいいだろうが、君が離れたときの警備が手薄になる。」
「はい。」
それはステラも心配していたことだった。
「ご令嬢が何かするとは考えにくいが、命を狙うにはダンス中が一番だろう。」
ステラは目を見開く。
すっかり忘れていたが、主役であるヴァレン殿下は、多くのご令嬢と踊られることだろう。
それに、国民は一夫一妻制だが、国王陛下がそうであられるように、王族のお隣に立つ方は一人とは限らない。
殿下のお隣に立つためにご令嬢がわんさか押し寄せるはずだ。
他のご令嬢と踊られる殿下の姿を想像すると、ステラの胸はなぜかじんじんと痛んだ。
「これから第二王子殿下にお会いするんだろう?
そのときに、君が考え得る最善の防御魔術を殿下に施してほしい。
学院にいるクリンプトンからも君の防御魔術の腕は聞いているからね。」
「承知しました、部隊長。」
ステラは返事をしながら気まずくなって目を伏せる。
部隊長はステラがヴァレン殿下にかけた魔術の内容までご存じなのだろうか。
「話は以上だ。君は第二王子殿下のところに向かってくれ。」
「承知しました、部隊長。失礼します。」
ステラは敬礼をして部屋を後にした。
ステラはどんな魔術をかけようか考えながら、ふと思いついて、ヴァレン殿下の執務室に向かう前に、殿下に用意してもらったステラの部屋に戻った。
部屋の片付けをしてくれる侍女たちに見つからないように、学院のトランクに仕舞っておいた物を取り出す。
柊の透かし模様と、アメジストが一粒入った指輪だ。
これも守りに使おうと思い、綺麗なハンカチに包んでローブのポケットに仕舞い込んだ。
「ステラ、早かったね。」
ヴァレン殿下の執務室に入ると、殿下は執務机に座り執事や侍従と一緒に大量の書類と向き合っていた。
「殿下、お仕事中に申し訳ありません。
私は控えておりますので、終わられたらお声かけください。」
「もう終わったから大丈夫だよ。おいで。」
微笑みながらそう言って立ち上がると軽く腕を広げる。
「あ、あ、あの……」
…ヴァレン殿下には見えていないのだろうか。
書類の片付けをしている執事達を見てステラが赤面していると、ヴァレン殿下は気にしないようにこちらにやってきて、そのままステラを抱き締めた。
「疲れたからステラが癒して。」
その言葉にぼぼぼっと耳まで茹で蛸になる。
「でで、で、殿下…人がおります…っ」
小声でヴァレン殿下に囁くが、ぎゅーっと抱き締められて気にしないように言った。
「今は二人だよ。名前を呼んで。」
ヴァレン殿下はあの昼食会以来この調子で、周囲に人がいても気にせずにステラに触れるようになった。
ステラには使用人達がよーく見えるので、恥ずかしくて火を噴きそうだった。
「ヴァ、ヴァレン…様…おやめください…人が…」
「気にしなくていい。」
ステラが抱き締められたままおろおろしていると、片付けを終えた執事達がようやく退出していった。




