40.指輪に込める願い
「私の隣に立つことには慣れた?」
執事が退出した部屋でようやく体を離してくれたヴァレン様は、いたずらっぽく笑ってステラに聞いた。
(…そ、そういう意味だったのね。)
ヴァレン様が敢えて人前でくっつこうとされていた意味を理解して、ステラはおどおどと答える。
「あ、あの…は、恥ずかしい、ですが、恐れ多さは…あの…恐れながら...なくなってきました……不敬です。すみません。」
言いながらわけがわからなくなってしまい、いつも通り不敬なことを言ってしまったと思って謝る。
「っ、ステラ。いいんだよ。
恐れ多いとか不敬なんて思うのもやめてほしい。
王族じゃなくて人として見てって言ったでしょう。」
「…申し訳ありません。」
肩を震わせて笑いを耐えるヴァレン様に、また言いつけを守れなかったことを申し訳なくなって謝る。
ヴァレン様は優しいからそうおっしゃるが、本来は雲の上のお方だ。
不敬と思うことをやめてしまったらそれこそ不敬だ。
「ヴァレン様、今お時間をいただいてもよろしいですか。」
「いいよ。」
ステラはそういえば、と警備の話をしようとして、ポケットに仕舞った指輪を急に思い出して勝手に動揺した。
「あ、あ、あ、あの、ちょ、ちょっとそ、そちらに腰掛けていただけますか?」
「ステラ、急にどうしたの?」
ど、どうしよう。
何も考えずに話を切り出したけど、こうなってしまっては指輪を渡さない限りまともな仕事が出来そうもない。
「い、い、いえ!失礼しました!
や、やっぱりあとでいいですっ!あっ…」
一旦心が落ち着くまでやめておこうと思い、頭を下げようとしたらまた抱き締められて、とんとんと背中を撫でられた。
「私に何か言いたいことがあるの?」
やはりヴァレン様には隠し事が出来そうもない。
背中を撫でられて落ち着いてきたステラは改めて口にする。
「すみません、ヴァレン様。
そちらに、腰掛けていただけますか。」
「わかった。」
執務机を指し、軽く頭を下げる。
執務用の重厚な椅子をこちらに向けて引くと、ヴァレン様は何も聞かずに腰掛けてくれた。
そして、ローブのポケットからハンカチを取り出す。
「ヴァレン殿下。」
ステラは胸に手を当てる臣下の礼をしてヴァレン様の前に跪く。
ヴァレン様は、少し驚いた表情でステラを見つめている。
「ヴァレン第二王子殿下のお誕生日を心よりお慶び申し上げます。
…こちらを、お受け取りいただけますか。」
ハンカチを開いて、指輪を差し出す。
ヴァレン様の濃い金色の瞳が大きく見開かれる。
「…魔道具でございます。
恐れながら、殿下の近衛魔術師としてこの指輪に魔法をかけさせていただき、その尊きお体と崇高なお心をお守りしたく存じます。」
魔道具の指輪は、指に嵌めてから魔法をかけることで魔法が指輪に宿り、その指にぴったりのサイズに変化して魔道具として完成する。
だから他の指にはつけられないし、持ち主以外には効果を発揮しない。
ステラはドキドキしながらヴァレン様の返事を待つ。
「…ステラ、先を越されたね。」
ヴァレン様は困ったように微笑み、指輪を手に取ると迷うことなく左手の薬指に嵌めた。
この国で左手の薬指に指輪をすることは、将来を決めた、ただ一人の相手がいることを意味する。
それを見てステラは驚愕する。
「ヴァ、ヴァ、ヴァレン様、なりませんっ!ほ、ほ、他のお指に…」
「どうして?」
「お、お、お立場が…」
王族は普通左手の薬指には指輪はしない。
お世継ぎのことも考えなければならないため、相手が一人とは限らないからだ。
「私は何があってもステラ以外の妃を娶るつもりはないし、これはステラが私にくれたものだ。
君が贈ってくれた、君の色の指輪を収めるのは、ここ以外考えられない。」
嬉しそうに微笑むヴァレン様を見て、ステラはなぜかぽろぽろと涙が溢れてきた。
…もしかしたら、心のどこかでは不安だったのかもしれない。
いつかヴァレン様に見初められる女性がステラ以外にも現れることが。
ヴァレン様が望まなくても、お世継ぎが生まれなければ他の女性がヴァレン様の隣に立つことが。
お隣に立つだけでも恐れ多くて有り難い幸せなのに、不敬なステラは恐れ多くもそんなことを不安に思っていたのだ。
「どうしてステラが泣くの?…泣かないで。」
止まらなくなった涙を拭ってくれる手にステラが差し上げた指輪がきらめいているのを見て、ステラは幸せで胸がいっぱいになった。
「ヴァレン様、ありがとうございます。」
「お礼を言うのは私だよ。
ステラ、ありがとう。大切にする。」
「ありがとうございます。…それでは魔法をかけても、よろしいでしょうか…。」
「いいよ。ありがとう。」
本当にいいのかな、と不安になって顔を見上げると、ヴァレン様はまた頭をぽんぽんと撫でてくれた。
その言葉を聞いて、ステラは右手の中指にしていた指輪を外してローブのポケットに仕舞った。
瞬く間に白銀に染まった髪にヴァレン様が目を瞠るのを視界の端に捉えながらも、ヴァレン様の左手をとって詠唱を始める。
「《我に授けられし神の力よ、我が主を守りたまえ》」
詠唱を終えるとステラの足元に金色に輝く魔方陣が生まれた。
ステラが右手でその指輪に触れると、ステラの魔力が指輪に流れ込んでいく。
指輪がヴァレン様の左手の薬指にぴったり嵌まると、魔方陣が消えた。
見ると、元々は目立たなかったアメジストがキラキラと輝きを放っている。
…成功したのだ。
「…ステラ、今のは一体どうしたの?」
再び右手の中指に指輪を嵌めたステラにヴァレン様が目を丸くして問う。
「王国魔術師団の図書館で見つけたんです。
古い伝承が載っている本に、『王家の巫女』が国王陛下に守りを授ける話が書いてありました。
呪文はわかったのですが詳しい内容までは書かれていなかったので、自分の魔力を信じてみることにしたんです。
成功してよかったです。」
ヴァレン様に「王家の魔法」をかけてもらってからステラは「王家の巫女」の伝承が気になって、訓練の合間に魔術師団の図書館で調べていたのだ。
やっと見つけたその記述を見て、ヴァレン様にもこの守りを差し上げたいと思った。
古い魔術には発動に杖を使わないものがあるし、「王家の魔法」を使うヴァレン様も杖は使われていなかったので、杖を使わなかった。
魔力が導いてくれる気がして、指輪を外して詠唱した。
確信はなかったが、不思議とそうすればいいとわかった。
「ステラ…そんなことを…」
「ただ、守りの内容まで詳しくはわからないので…申し訳ありません。
この守りが、ヴァレン様のお役に立てることを願っています。」
ステラはまだ手を取ったままだったヴァレン様の左手を右手で包んで、願いを込めて微笑んだ。
「私は君に驚かせられてばかりだ。
君の魔法はきっと私を守ってくれる。
ありがとう、ステラ。」
「はい、ヴァレン様。」
ヴァレン様に抱き締められて頭を撫でられたステラは、嬉しくなってぎゅっとヴァレン様に抱きついた。




