37.王族
ステラがまた指輪をはめて髪色を戻してから立ち上がるとヴァレン様は言った。
「さっきの色の方がよかったな。」
「あ、ありがとうございます。ヴァレン様にそう言っていただけると嬉しいです。」
王族と同じ、白銀の髪。
小さい頃から隠すように言われて生きてきたので、ありのままの髪色を褒められるのは初めてだった。
まさかその初めてが王族からの言葉だとは思ってもみなかったけど、素直に嬉しかったのでお礼を言う。
「私と同じ色をしたステラがあまりに綺麗で愛おしかった。」
とんでもなく甘いお言葉にステラはよろけてしまい、慌てて椅子の背もたれを掴む。
「あ、あ、あ、ありが、とう…ございます…っ。」
「また見せてね。」
「はい…っ!」
ヴァレン様に本当の色を認めてもらえて、ステラは少しだけ自分に自信を持てた。
「では、昼食に行くけど大丈夫?」
「はい、ヴァレン様。」
ヴァレン様のおかげで恐怖もなくなったステラは頷いた。
今日は喋ることもないだろうし、大丈夫だろう。
「もし話しかけられても、無理に答えなくていいからね。」
「あ、はい。でも今日はこんな格好ですし話すことはないと思います。」
「それは…うん。」
今日は護衛なので王国魔術師のローブを着ている。
ヴァレン様の目が珍しく泳いだのを見てステラは疑問を抱きつつ、部屋に張っていた防音結界を解除する。
「それでは、いこうか。」
「はい、ヴァレン殿下。」
今日のステラはあくまでも護衛の近衛魔術師だ。
昼食会場までの道を、ヴァレン殿下の一歩後ろの位置でついていく。
久しぶりに「第二王子殿下のお隣」の立場から解放されて、ステラは王城に来てから初めてまともに息をしている気がした。
「なんか嬉しそうだね。」
「ご、護衛ができて嬉しいんです。」
「私の隣に立たなくていいから嬉しいのかと思った。」
「め、め、滅相もないことでございます。」
ヴァレン殿下の言葉にギクッとしてどうにか誤魔化したが、殿下の肩が笑いを耐えるように震えているのが見えて、気まずくなった。
先導の侍従が向かう先に、両開きの扉が開いているのが見えた。
恐らくあちらが会場だろう。
ステラは更に一歩下がり、ヴァレン殿下が入室されるまで入り口の横で控え、小声で隠密魔法を唱えて、気配を完全に消す。
ステラは魔法なしでは気配を消すのが人並み以上に苦手なので、王族の尊い御目に映らぬようにするためだ。
ヴァレン殿下はステラの存在を知っているから見えるだろうしステラの父には見破られるだろうが、これで今日のステラは置物と同様だ。
ヴァレン殿下が入室された後、ステラも気配はないはずだけど一礼して入室した。
ヴァレン殿下の席の後方の壁に張り付くように立つ。これで置物として過ごせる。
◇◇◇
昼食会が始まり、美味しそうな匂いが漂ってきて、ステラはちらっとヴァレン殿下のお手元に目を向けた。
きらきらと輝いて見える美味しそうなスープに思わずごくっと喉を鳴らす。
でも、今日のステラは置物だ。
お腹が鳴らないよう腹筋に力を込めた、そのときだった。
「あら、ステラさんもご一緒だったのね。」
第一王妃陛下の艶やかな声がして思わずステラはビクッとなりかけて慌てて体に力を入れる。
パニックになったステラは目を合わさないように軽く頭を下げ、また壁にピタッと張り付く。
置物だと思っていただきたいのだ。
「そんなところに立ってないで、ヴァレンの横に座って。」
「母上、この者は今日は近衛として来ております。お気になさらないで下さい。」
再びのお声かけに今度こそ体がビクっと痙攣するが、ヴァレン殿下が助けてくれた。
「寂しいじゃないの。お腹が空いているのでしょう?
ほら、席を用意してあげて。」
(だ、第一王妃陛下…恐れ多いです…私ごときに席は不要です…)
何か言葉を返したかったが緊張のあまり何も声が出なくなり、口をパクパクさせながらヴァレン殿下に助けを求める。
「母上、この者に席は…」
「ヴァレン、麗しの婚約者に冷たいことを言うでない。」
ヴァレン殿下を遮るように話した相手を見ると、肩まで伸びた白銀の髪を後ろでまとめた青年がステラを見て微笑んでいた。
…アルセナ第一王子殿下だ。
危険を察知したステラの声が戻ってくる。
「第一王妃陛下、第一王子殿下、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。
私ごときにお気遣いいただき身に余る幸せにございます。
誠に恐れながら、本日は近衛魔術師の任を全うしたく存じます。
有り難きお気遣いに対するご非礼を何卒お許し下さい。」
胸に手を当てる臣下の礼をとり、深く頭を下げる。
「あら、それならアルカニス魔法伯に任せればいいじゃない。ほら、座って。」
今日は父も陛下の近衛魔術師として、陛下の数歩後ろに控えていた。
(さすがはヴァレン殿下のお母君…強引なところがそっくりだわ…)
心の中で不敬なことを考えながら、こういうときは諦めた方がいいと、渋々席に座ることにした。
新しく用意された席に座り、ヴァレン殿下を見ると、ステラをちらりと見て気まずそうに目をそらした。
(ヴァレン殿下、わかってて…っ。)
こんなことなら最初からドレスを着てくればよかったと思いながら、ステラは失礼のないよう振る舞うことに集中することにした。
そのときだった。
「ヴァレン、婚約はいつになるのだ。」
国王陛下の声がして、ステラはまたビクッと痙攣する。
危うくカトラリーが音を立てるところだったので冷や汗をかく。
「…私の卒業後と考えております。」
「魔法伯もそれでよいか。」
「ありがたき幸せに存じます、陛下。」
ヴァレン殿下と父が答えてくれたので、ステラは再び自分は置物だと思い込もうとした。
いつまでこの話題が続くのだろう。
巻き込まれた父をちらっと見ると目が合い、「がんばれ」と口話をされて、がっくり項垂れた。
「麗しいお嬢様を迎えて王室が一層華やかになりますわね、陛下。」
第二王妃陛下が麗しいお声で国王陛下に話しかける。
この方が、第一王子殿下のお母君だ。
「そうだな、レベッカ。
ヴァレン、いつか孫の顔が見たいものだな。
そなたもそう思わぬか、魔法伯。」
「ええ、陛下。」
国王陛下のお言葉にステラは今度こそ体が大きくビクッとなり、耳まで沸騰する。
「まぁ、真っ赤になっちゃってかわいい。」
第一王妃陛下がクスクスと艶やかに笑われる。
その仕草がヴァレン殿下にそっくりで、再び親子の血を感じた。
「して、アルセナはどうなのだ。」
話題が逸れてほっとする。
「私はまだ父上にご挨拶する誉れが叶いません。ステラ嬢のような麗しいご令嬢に見初められるべく社交に励みます。」
名前を呼ばれて思わず顔を上げてしまう。
第一王子殿下と目が合いかけて慌てて目を伏せる。
挨拶もしたことがないのに名前まで知られているとは思わなかった。
「そうか。励むがよい。」
「はい、父上。」
会話が落ち着いたので、目の前で輝いていたスープに口をつける。
(何これ…極上よ…素材が喜んでいるわ…頬に溶けていくわ…。)
ステラはあまりの美味しさに目を丸くして、王族に囲まれているのも忘れてうっとりと食べ進める。
「ステラさんはとっても美味しそうにお食事なさるのね。」
第一王妃陛下がニコニコとステラに話しかけるのを見てステラはまたビクッと体を震わせ、はっとして青ざめる。
(…王族の御前で顔を崩すなんて、尊い御目を汚してしまったわ。不敬よ。おしまいだわ。)
ステラが慌てて跪こうとするとヴァレン殿下に手で制止された。
「ステラ、母上はステラを気に入られたんだよ。」
ヴァレン殿下の濃い金色の瞳が何もするな、と目で訴えている。
ステラはまた置物になろうと思い、跪くのをやめてその場で身を硬直させる。
「ステラさんってころころと表情が変わって見ていて飽きないわ。
そうでしょう、ヴァレン。」
「はい、母上。私の物ですのでお手を出されませぬよう。」
「ヴァレンったら怖いわ。ステラさん、今度茶席にご招待するわね。」
「母上。」
「私の娘になるんだから、いいでしょう。ね、ステラさん。」
「あ、有り難き幸せに存じます…っ!」
ステラのことで言い合う第一王妃陛下とヴァレン殿下におろおろしていると、今度は第一王子殿下に微笑みかけられていることに気付いてまたビクッと震える。
「本当に可愛らしいご令嬢だ。
社交界で見かけないが、ダンスはお好きではないかな?」
「…ご挨拶が遅れまして申し訳ございません、第一王子殿下。
父の領地で過ごしておりましたゆえ、王都の社交に馴染みがないのです。
第一王子殿下へのご無礼を重ねてお詫び申し上げます。」
「謝らないで。では、親交の証に今度の舞踏会で私とも一曲踊ってくれるかな。」
ステラは驚いて、思わず顔を上げる。
第一王子殿下の、ヴァレン殿下よりも色素の薄い金色の瞳と目が合ってしまい、慌てて目を伏せる。
「兄上、私の物と申し上げました。」
「ヴァレン、私の妹にもなるんだ。
兄にも一曲踊らせてくれ。」
「兄上!」
言い合うお二人を見て、自分のせいで騒ぎになるのが申し訳なくなったステラは勇気を振り絞って第一王子殿下を見つめ、声を出す。
「第一王子殿下の有り難きお言葉、身に余る光栄にございます。謹んでお受けいたします。」
「ステラ!」
ヴァレン殿下が金色の瞳を細めてステラを厳しく見つめるが、ステラはヴァレン殿下を静かに見つめ返して微笑む。
もうこれ以上自分のことで言い争わないでほしい、と目で懇願する。
「ヴァレンはその者に随分執心しているのだな。
一曲くらいよいではないか。親交を深めよ。」
「………はい、父上。」
国王陛下が威厳溢れるその雰囲気を少し崩して優しい微笑みをヴァレン殿下に向けると、ヴァレン殿下は渋々頷いて、怒った表情のまま料理に向き直った。
その後のお料理もうっとりするほど美味しかったが、時々第一王子殿下とヴァレン殿下の視線に挟まれるのを感じたのでそのうち味はよくわからなくなってしまった。




