36.忠誠の魔法
ステラの作戦が成功してから四日後、今日はヴァレン様が王族の昼食会に参加される日だ。
ステラは王国魔術師のローブを着て朝からヴァレン殿下の執務室で護衛をしながら、今日の昼食会について考えていた。
王族の昼食会ということは第一王子殿下もいらっしゃるはずだ。
ヴァレン殿下の実のお兄様なのに、ヴァレン殿下を傷つけようとされている第一王子殿下。
学院のクラスメイトで第一王子殿下の従妹でもあるエリザベスによると、いつも笑顔で優しい方らしいが、そのような方がなぜ恐ろしいことを考えていらっしゃるのかわからなくて、ステラは警戒していた。
「ステラ、大丈夫?」
険しい顔をしてしまっていたのか、ヴァレン殿下に心配させてしまった。
「今日の護衛のことを考えていたんです。第一王子殿下もいらっしゃるかなと思って…不敬でした。すみません。」
「いや、いいんだ。
兄上は直接手を出すような方ではないからその点は安心していい。」
ヴァレン殿下はなんでもないような顔で答える。
「…ヴァレン殿下。
殿下は第一王子殿下のことをどう思われますか?」
ヴァレン殿下の言葉に従うのならこれからは王位の継承を争う相手となる。
ステラごときが考えるのも恐れ多いことだけど、ヴァレン殿下の近衛魔術師として、敵となる相手のことは知っておきたかった。
「ステラはわかりやすく聞いてくれるから有り難いね。」
「も、申し訳ありません…。」
たしかに、王族の心を覗こうとするなんて、もう少し丁重に聞くべきだった。
ヴァレン殿下でなければ不敬で打首だ。
「防音結界を張ってくれる?」
「はい。」
ステラは杖を取り出し、外に音が漏れないよう、部屋を慎重に防音結界で囲った。
「ありがとう。
兄上とは、五歳離れていて母も違うから、昔から仲が良いとは言えない。
兄上は幼い頃から常に味方を増やそうとしてこられたから社交界では人気だよ。
人を信頼させる力があるんだ。
たしかに私は何度も殺されかけたが、それは全て兄上を慕う者が勝手にやっていることだ。
それが兄上の恐ろしいところだと思う。
でも兄上が直接動いているわけではないから、兄上自身を警戒する必要は薄い。」
「そう、なんですね…。」
「前も話したけど、私は王位を継ぐことに決めた。」
言葉の重さに息を飲みそうになり、ぐっと堪えてヴァレン殿下を見つめる。
ヴァレン殿下の濃い金色の瞳が強い力でステラを捉える。
「でも、私は兄上の命を奪うことでその地位に上がろうとは考えていない。
生まれついた順位をどうやって替えるかは、考えているところだけど。」
ステラは余りにも恐れ多い話に目を伏せる。
「…ヴァレン様。怖くは、ないんですか?」
「今は怖くないよ。ステラが隣にいてくれるからね。」
ステラがその名前を呼ぶと、ヴァレン様は嬉しそうに微笑んでくれた。
ヴァレン様が弱音を吐いているところをステラは見たことがない。
ステラは、自分に何ができるかはわからないが、ヴァレン様をお側でお支えしたいと心から思った。
「そうだ、ステラ。私も君に魔法をかけていいかな?」
「ヴァレン様が私に、ですか?」
「そう。前に言ってたよね。
『王家の魔法』を見せるっていう話。」
「は、はい…。」
「ステラを引き留める時に使ったけど、ちゃんと見せていなかったから。」
「私に…いいんですか?」
「うん。ステラにかけたい魔法があるんだ。」
ステラは驚いて目をぱちぱちさせる。
ヴァレン殿下が好きではないと言っていた「王家の魔法」。
人の精神を絶対的に支配する魔法が多いらしいその魔法。
ステラがヴァレン様にかけられたのは精神ではなく魔力を奪われて支配される魔法だったけど、その絶大な力はステラも体感していた。
ヴァレン様がステラにかけたいとはどんな魔法なんだろう。
「怖いものじゃないから安心して。」
ステラが考え込んでいるとヴァレン様が微笑んだ。
ヴァレン様がステラに怖いことをするとは思えなかったが、考えてしまったのは事実だ。
「す、すみません。では…お願いします。」
「ありがとう。じゃあこっちに来て。」
ステラが言うと、ヴァレン様はステラの手を取り、ビロードが張られたふかふかそうな椅子に導く。
「ここに座ってて。」
「は、はい…。」
ステラのような者が座っていい素材ではなさそうで気まずくなるが、椅子を引いて腰かける。
「じゃあ、始めるよ。」
ヴァレン様が言うと、その金色の瞳が深紅に染まり、ヴァレン様が纏う魔力が変わるのがわかった。
その神秘的な色に吸い込まれるようにステラは目が離せなくなった。
「《我、神が定めし王なり。
汝に宿りし神の力よ、目覚め給え。
汝が力が我が血となり、我が血が汝を守り、力を授けん》」
ヴァレン様が胸に響く不思議な声色で詠唱をすると、足元に現れた魔方陣が金色に光り、ステラとヴァレン様を照らし出す。
ヴァレン様が手をかざすとステラの魔力が魔方陣に吸い込まれ、うねりを起こしてまた体に戻ってくる。
体が喜びに震えるような不思議な感覚が湧いて、ステラは驚いてまたヴァレン様を見つめる。
ヴァレン様は落ち着いた表情でその深紅の瞳でステラを見つめていた。
かざした手をそのままステラの左胸にとん、と当てると、ヴァレン様の異質な魔力がステラに流れ込み、ステラの魔力がヴァレン様に流れていく。
ヴァレン様の魔力はステラの血管に滲み渡るような不思議な感覚で纏わりついて体に馴染んでいった。
初めての感覚に驚いたが、不思議と怖くはなかった。
ヴァレン様が手を下ろすと、その瞳も元の金色に戻った。
「…終わったよ。」
ヴァレン様の声に、ステラははっと顔を上げる。
「何か変わったことはある?」
「ヴァレン様の…『王家の魔法』の魔力が、体に残っている気がします…。」
「他には?」
「髪の毛一本にまで魔力があるような不思議な感覚がします…。」
「そう…。ステラ、その指輪を外してみてほしい。」
ヴァレン様から指輪を外してほしいと言われたのは初めてだったので、ステラは驚いて息を飲む。
「あの…あまり綺麗じゃなくて…。」
ステラの本当の髪の色は白銀をくすませたようななんとも言えない白だ。
母の色と同じ、今の栗色の髪の方がよっぽど綺麗だと思う。
「大丈夫だから、外してみて。」
ヴァレン様に言われると大丈夫な気がしてくる。
ステラは指輪をそっと外す。
魔力の供給が断たれた髪は根元から色を失っていく。
髪全体が白く染まったとき、ステラは目を瞠った。
「な、にこれ…」
ステラが手元の一房を掴むと、そこにはヴァレン様と、王族と同じ、綺麗な白銀の髪があった。
「上手くいったみたいでよかった。」
「あ、あの…私、本当はこんな色じゃ…」
「アルカニス魔法伯からそう聞いていたから、この魔法を試してみたかったんだ。」
ステラはまた驚いて目を見開く。
「お、父様が…こ、この魔法は……」
聞きたいことがたくさんあるのに言葉が続かないステラを見て、ヴァレン様はそっと肩を抱き寄せてくれた。
「『王家の魔法』の一つで、『王家の巫女』の力を目覚めさせる魔法。
初代のレクス王が巫女に《忠誠》を誓うときに使ったものだ。」
ステラがびっくりしてヴァレン様を見上げるとヴァレン様は微笑んで続けた。
「知ってはいたけど、まさかこれを使う日が来るとは思わなかった。
『王家の巫女』はその魔力と呼応する王がいることで、真の力が目覚めるらしい。
魔法伯と『王家の巫女』の話をしたときにステラの本当の髪色について聞いていたから、もしかしたら伝承は真実なのかもしれないと思ったんだ。
それなら私がこの魔法を使うことで、ステラを守れるかもしれないと考えた。
君が私のことを命懸けで守ってくれていると知ったから、私も君に何か守りを与えたかったんだ。」
初めて知る話に息を飲んで固まってしまう。
恐らくステラがヴァレン様にかけた防衛魔術のことを学院のクリンプトン先生から聞いたんだろう。
ヴァレン様はそれを知って、そんな貴重な魔法を、《忠誠》の魔法をステラにかけてくれた。
お礼で済ませるには余りにも恐れ多くてなんと言えばいいのかわからなかったので、淡々と話すヴァレン様の瞳をじっと見つめていた。
「この魔法が成功したら、『王家の巫女』は『王家の魔法』によって傷つくことも、命を失うこともない。
私が授けた魔力が、ステラを守ってくれる。
兄上に…第一王子に会う前に、この魔法をステラにかけておきたかったんだ。
お守りだと思ってくれたら嬉しい。」
そう話すヴァレン様を見て、ステラはなんとも言えない愛おしさがわき上がってきてぎゅっとヴァレン様に抱きつく。
「ありがとうございます、ヴァレン様。
ヴァレン様のお力が守ってくれると思うと、私も何も怖くありません。」
ヴァレン様も抱きしめ返してくれて、甘い香りに包まれたステラはこの後の昼食会への不安もすっかりなくなっていた。




