34.幼馴染み
王城に来てから五日、ステラは毎日朝から夕方まで訓練に励んだ。
ヴァレン様を閉じ込めてしまったあの日、ステラの胸中は訓練どころじゃなかったが、頭の中がヴァレン様でいっぱいだったせいか余計なことを考えずに済み、無事に魔法戦は五連勝を収めた。
戦闘部隊との魔法戦だけでなく、警備部隊や諜報部隊の訓練にも混ぜてもらっていた。
ステラは感覚で気配を消すのが苦手なので、諜報部隊の訓練で習った隠密魔法はあらゆる場面で役に立ちそうだった。
隠密魔法は気配や魔力を隠す魔法で、これを使えばステラも近衛騎士達のように完全に存在感を消すことができるようになったのだ。
夜は迎えにきた侍女に磨き上げられ、ヴァレン様と一緒に夕食を取り、用意していただいた部屋に帰った。
もちろん、あの日以外は別々に寝ている。
侍女に磨き上げられることも、簡素なものとはいえ毎日変わるドレスも、どんなに固辞してもやめてもらえないのでステラは抵抗を諦めて受け入れていた。
なんだかんだで、訓練の後のバスタブの誘惑には勝てなかったからだ。
そして今日は、楽しみにしていたアリスとのお出掛けの日だ。
王城を出て、歩いてアリスの実家、ヴィルゴー伯爵のタウンハウスに向かう。
ヴァレン殿下からは護衛として近衛騎士をつけてもらったので、ステラの数歩後ろを庶民に扮した騎士がついてきている。
一挙手一投足を見張られているようで、慣れない上に不相応なステラは気まずく思っていた。
王都に疎くてなんとなくしか道がわからないので、貴族のタウンハウスが立ち並ぶ一画に入ってからは表札を見ながらうろうろしていた。
その時、道を走っていた馬車がステラの目の前で停まり、馬車から背の高い黒い髪の青年が降りてきた。
「…ステラ?」
「……レオ様?」
嗅ぎなれた薔薇の香りがふわっと鼻をくすぐって、はっと顔を上げると、そこに立っていたのはステラの幼馴染み、レオナルド・リュクス公爵令息だった。
「君は王城にいるんじゃなかったのか?
なぜこんなところを一人で歩いているんだ…。」
レオナルドはこれから登城するのか、正装に近い煌びやかな服装をしていたが、ステラを見て呆れた顔をしているので、その麗しいお顔が歪んでいた。
「学院の同級生とお買い物に行くために、お屋敷を探していたんです。
私がヴァレン殿下のお申し出を…王族用の馬車を断ったので、歩いて来て…。
後ろに殿下の近衛騎士がついてきてくれています。」
「それならアルカニス魔法伯に言えばよかったのに。」
「…そうでしたわ。」
レオナルドの言う通り、実家の馬車を手配すればよかったのだ。
王族専用のあの馬車を断るのに必死で、歩くことしか思い浮かばなかった浅はかな自分を恨んだ。
「誰の屋敷?」
「ヴィルゴー伯爵です。ご長女のアリス様とお約束しているんです。」
「じゃあ送っていくよ。…君はもう通り過ぎているみたいだから。」
「え?!ありがとうございます、レオ様。」
「いいよ。乗って。」
道に迷っていたのに近衛騎士を付き合わせたことに申し訳なくなったが、これ以上付き合わせるのも申し訳ないので素直に乗らせていただくことにした。
レオナルドは優しく微笑んでステラを馬車にエスコートしてくれる。
ヴァレン殿下とも幼馴染みだからか慣れているようで、使用人から護衛に声をかけるよう手配してくれた。
「あの、登城されるのにお時間を使ってしまいごめんなさい。」
「いいんだよ、ステラ。」
静かに微笑むレオナルドはいつもとは雰囲気が違う気がして、ステラはなんとなくどぎまぎしてしまった。
「城での生活は大丈夫?」
レオナルドは「王家の巫女」の話も、ヴァレン殿下との婚約の話も知っている。
ステラを気遣う優しい瞳に、ステラは目を伏せた。
「大丈夫、です。」
本当は大丈夫じゃないこともたくさんある。
でも、こんなに贅沢な暮らしをさせてもらって文句なんて言えない。
幼馴染みの安心感で話してしまいたくなったが、ぐっと堪える。
そんなステラを見て、レオナルドはそっとステラの頭を撫でる。
領地にいた頃、騎士に負けて悔しくて涙を堪えていたステラをこうして慰めてくれたのを思い出した。
「ステラ。本当に辛くなったり逃げ出したくなったら、僕を頼ってくれ。どこにだって迎えに行く。
忘れないで。ステラを思っているのはヴァレンだけじゃない。」
ステラははっと目を瞠る。
何か言わなくちゃと思ったが、丁度馬車が停まり、外から声がかかった。
「レオナルド様、ヴィルゴー伯爵邸に到着しました。」
レオナルドが先に馬車から降り、ステラに手を差し出す。
「もう迷わないでね、ステラ。」
「はい。ありがとうございました、レオ様。」
憂いを帯びたその瞳を見てなぜか胸がぎゅっとなったステラは一礼をすると振り返らないようにして、ヴィルゴー伯爵邸の門をくぐった。
「アリス、遅くなってごめんなさい。」
「ステラ!歩いてきたのね、驚いたわ。」
一週間ぶりのアリスにステラは微笑む。
先ほどのレオナルドの言葉が気になって落ち着かなかったステラだが、アリスと会うと学院に戻ったみたいで、なんだか気が抜けた。
「ヴァレン殿下が馬車を出して下さるっておっしゃったけど、その…お断りしたの。」
「ああ、ステラは苦手そうだものね。」
「それで歩いてきたんだけど、王都に疎いから迷っていたところをレオ様に助けていただいたの。」
「リュクス公爵令息様に?たまたま通りかかるなんて、あなた強運の持ち主ね。」
「本当に助かったわ。だいぶ通り過ぎてしまってたみたいなの。」
「ステラ、あなた本当に面白いわ。」
久しぶりの女の子との会話にステラの心も普通の学生に戻って楽しかった。
でも、忘れてはいけないことがある。
「あの、アリス、お買い物なんだけどね…。」
「殿下のお誕生日の贈り物よね?
早く行きましょうよ。」
「いや、それが… 」
ステラは事情を説明する。
ヴァレン殿下の馬車を断ったら代わりに護衛をつけられてしまい、ステラが買ったものをご本人に知られてしまうことを。
「近衛騎士様が…。たしかにそれは殿下に筒抜けね。」
「だからね、私、護衛を撒こうと思う。」
「え?!」
そう、ステラはあの日決意した。
ヴァレン殿下の護衛を撒いて、密かに贈り物を用意しようと決めたのだ。




