33.密室
ステラの部屋と言われた方の部屋に押し込められると、ヴァレン様も一緒に入ってきて後ろ手にドアを閉めた。
「ここがステラの部屋だよ。自由に使って。」
大きな窓の前に応接もできそうな机とカウチが置かれている。
壁に沿って天井まである高い本棚とワードローブが置かれていて、その横の長いローチェストにはティーセットや高そうな調度品がいくつも並べてある。
そして目を背けたくなるような、天蓋付きの大きなふかふかそうなベッドが鎮座している。
ステラの領地の屋敷の私室を三つはくっつけたような広い部屋だった。
学院の寮から持ってきた荷物もしっかり運び込まれているのを見てこの部屋を自分が使うことを実感して、恐れ多さにその場に崩れ落ちそうになったのをヴァレン殿下に受け止められる。
「あ、あ、あの、私、王国魔術師団の寮に戻ります!
こんな部屋、恐れ多くて使えません。」
「君は私の婚約者だ。一人で寮になど行かせられない。」
「で、でも…っ」
「ステラ。」
胸に響く声で言われてはっと動きを止める。
「私の婚約者という立場を重荷に捉える必要はない。
ただし、君の行動一つが何人もの人間を動かすことを忘れてはいけない。」
「…軽率でした。申し訳ありません、ヴァレン様。」
ヴァレン様の言う通りだ。
ここでステラが部屋を飛び出せば何人もの侍女や護衛がついて来ることになるだろう。
今日一日で王城の仕事を知ったステラにはヴァレン様の言っている意味がよくわかった。
「わかったならいい。謝らないで。」
「はい…。」
ステラが自分の浅はかさに落ち込んでいると、ヴァレン様がステラの手を取り、カウチに導いた。
腰かけたヴァレン様に手を引かれ、ステラもその横に腰を下ろす。
「この部屋は、私の妃となる者のために作られた部屋なんだが、幼い頃は私のお気に入りが置いてあったんだ。絵本やおもちゃがね。」
「そう、なんですか。」
「この部屋で過ごす時間が好きだった。
私には自由があまりなかったからね。
この窓から見える王都の景色を眺めて、いつか外の世界に行ってみたいと思っていた。」
ヴァレン様はカウチの目の前にある、天井まである大きな窓に目を向ける。
つられて窓を見ると、窓の外に王都の夜景がキラキラと輝いているのが見えた。
「いつの頃からか、私のお気に入りはどこかに仕舞われてしまった。
代わりに、家具が持ち込まれた。
政略結婚をすると思っていたから、そのような者にこの部屋を使われると思うと、幼い頃のお気に入りに囲まれたささやかな思い出もなくなってしまう気がして、近寄らなくなっていた。」
「ヴァレン様…。」
幼いヴァレン様の痛みを思うと、ステラは胸が張り裂けそうだった。
「だからね、私はこの部屋を君が使ってくれることが本当に嬉しいんだ。
君は私のお気に入りだからね。」
ヴァレン様はそう言って微笑んだ。
「逃げ出したい気持ちはよくわかるけど、この部屋は君が君であれる場所だ。
嫌なことがあったらここに帰ってくるといい。私も横にいるからね。」
「はい。ヴァレン様、貴重なお話をありがとうございます。
…恐れ多いですが、私この部屋を使わせていただけて嬉しいです。」
「そう思ってくれると私も嬉しい。」
ヴァレン様はステラの肩をそっと抱き寄せた。
目と目が合い、自然と口付けをする。
重なった口元から響く水音に、ステラははっとした。
(これ、もしかして誰かに聞かれているんじゃ…。)
慌てて顔を離し、背後を確認する。
「ステラ、どうしたの?」
口付けの余韻を感じさせる色気の籠った瞳でヴァレン様がステラに聞く。
「あ、あの、誰かに聞かれているんじゃないかと…。」
「たしかに部屋の外にはいるけど、ここにはいないよ。気になるなら防音結界を張ったら?」
たしかにそうかと思い、部屋に結界をかける。
絶対に聞かれないよう強力な結界を念入りに張っておいた。
そこまでして、ステラはまた真っ青になる。
防音結界なんて張って密室で男女がすることなど限られている。
「ヴァ、ヴァレン様、なんだか私眠くなってきました!!!」
「じゃあベッドに行く?」
ヴァレン様が色気を帯びた瞳で不敵に微笑む。
素敵すぎるヴァレン様に、ステラの心臓はギューンと締め付けられたが、違う、流されては駄目だ。
「け、け、結構ですっ!!
ヴァレン様もお疲れでしょう!!
お部屋に戻られてはいかがでしょうか!!」
視界に入った大きなベッドに急に生々しい想像をしてしまい、ステラはパニックになりながらヴァレン様の手を取る。
入ってきた扉の方に送り届けようとして、ベッドの向こう側にある扉を指差される。
「私の部屋、そこだから。」
視界を埋め尽くすベッドと、ヴァレン様の部屋と繋がっている事実にステラのパニックは限界に達し、またしても崩れ落ちてヴァレン様に支えられる。
「このままベッドに運ぶよ。」
「だ、だ、大丈夫です!歩けます!!
では、おやすみなさい!」
ステラはヨレヨレになりながらどうにかベッドまでたどり着く。
安心したら訓練の疲れが急に襲ってきて、そのまま倒れ込むように眠ってしまった。
無事にベッドにたどり着くことしかなかったステラの頭からは、ヴァレン様がまだ部屋にいることも、強力な結界を張っていたことも抜けてしまっていた。
◇◇◇
翌朝、大きな窓から差し込む太陽の光で目を覚ます。
天井には綺麗な天蓋がかかっている。
(ここ…どこだっけ?)
ステラがぼーっとしていると、
「起きた?」
横から麗しい声が聞こえてステラはベッドから転げ落ちる。
「ヴァ、ヴァ、ヴァレン様っ?!」
「おはよう、ステラ。」
何が起こっているのだろう。
ベッドで横になりながら微笑みかけるヴァレン様は、シャツの胸元がくつろげられていて、少し乱れた髪と相まって色気がだだ漏れている。
まだ夢を見ているのかと思い、頬をつねったり叩いたりしてみるが普通に痛い。
「ヴァ、ヴァ、ヴァレン様…一体これは…。」
「昨日ステラが私を部屋に閉じ込めたまま寝てしまったからね。」
寝たときの記憶が一切ない。
確かに部屋にはかなり強力な結界魔術がかかっていて、術者以外が解除するにはかなり時間がかかるだろう。
慌てて魔法を解除する。
「わ、私はなんてことを…申し訳ありませんっ!い、命だけは…!」
ステラは転がった姿勢のまま頭を下げる。
「出ようと思えば出られたし、不敬じゃないよ。」
ヴァレン様はクスクスと笑う。
「申し訳ありません…っ!どうしよう……。」
「ステラの寝顔も見られたし、むしろお礼を言いたいくらいだよ。」
ステラはぼぼっと赤面する。
「まだ朝早いし、もう一度寝る?」
ヴァレン様にベッドをぽんぽんと叩かれるが、致死量の色気が目に滲みて目の毒である。
「だ、だ、だ、大丈夫ですっ!!」
ステラは耳どころか全身が真っ赤になっているんじゃないかと思いながら、一緒に落ちてきた枕に顔を伏せて、心臓を落ち着かせた。
その後、身支度を整えるために入ってきた侍女にヴァレン様と二人でベッドにいるところを見られてしまい、ステラは正確には床に座っていたとはいえ恥ずかしさの余り腰が抜けてしまってヴァレン様に笑われた。




