3.王都の朝
そして王立魔法学院の入学式当日を迎えた。
アルカニス魔法伯邸のステラの私室から見える王都の空は、門出を祝うかのように晴れ晴れと澄んでいた。
ステラは緊張で腰が抜けそうになりながらどうにかベッドから降りて鏡台に腰を掛け、侍女を呼んだ。
「ど、ど、どうしよう…。わ、わ、私が…首席…。」
ワードローブにかけられた学院の真っ黒なローブに光る首席の証の徽章を見て、今更ながら緊張して吐き気まで込み上げてきた。
「お嬢様、おはようございます。失礼いたします。」
ノックの音がして、朝食のワゴンを引きながら侍女が入室した。
トムス家令と並んで長くアルカニス家に仕えてくれている侍女だ。
「おはよう。私、緊張でどうにかなってしまいそうだわ。」
「お嬢様、お気をしっかりなさいませ。
今日は旦那様もご来賓でいらっしゃいますから。ご安心なさいませ。
どうぞ朝食をお召し上がりください。」
聞き馴染んだ落ち着いた声で言われるとなんだか大丈夫な気がしなくもない。
「そ、そうよね。お父様とたくさん練習したし、練習通りだと思えば…。」
食欲などなかったが、侍女がせっかく持ってきてくれたスープを掬うと、ステラの脆弱な胃に優しく染み渡った。
ステラの緊張の原因は、首席入学生による魔法宣誓と王家の代表者による「王家の魔法」だ。
王立魔法学院の入学式の一番の見所だろう。
首席入学生が魔力を込めながら宣誓を紡ぎ、込めた魔力を王家の代表者に捧げる。
生まれながらの王族が持つ魔力は一般の魔力とは質が異なる。
使う魔法も「王家の魔法」と呼ばれ、一般的な魔法体系とは異なる。
王族しか使うことのできない「王家の魔法」の一つに、捧げられた魔力を国土に還元する「豊穣の魔法」がある。
王立魔法学院の入学式で代々披露されるその魔法はとても美しく、一見する価値のある光景らしい。
その「豊穣の魔法」に用いる魔力を捧げるのが、首席入学生の役目だ。
父は自身も首席入学だったそうだし、王国魔術師団長として毎年来賓で招かれているから心強い練習相手だった。
鏡台の横に立て掛けてある儀礼用の正式な杖、儀仗を見る。
ステラの身長より少し短いその杖は父のお古で、ステラや母の目と同じ色のアメジストが嵌め込んであり、手に馴染んで気に入っている。
父が近衛の証として国王陛下から杖を賜ってからは屋敷の倉庫で眠っていたのだが、ステラが王立魔法学院の受験を決めた頃に譲り受けた。
普段は持ち運び用の華奢な杖を使っているから久しぶりに儀仗を使う。
父もこの杖を使って入学式で宣誓をして、そして王国魔術師になったのだと思うと、自分も王国魔術師になれるような気さえしてくる。
そんな勇気が湧いてくるこの杖を今日のお守りにしようと思った。
「できましたよ、お嬢様。」
自然にウェーブがかかったくすんだ白銀色の髪を編み込んでくれていた侍女に声をかけられて、はっとする。
「ありがとう。」
そう言いながらいつもの指輪を嵌める。
根元からだんだん栗色に染まる髪を見て、見慣れた自分に動悸も少し落ち着いた。
「では、あと三十分ほどでご出立です。玄関でお待ちしておりますわね。」
そう言って侍女が退出して、ステラはふーっと息を吐いた。
(大丈夫、私はお父様の娘だもの。
お父様もいらっしゃるし、レオ様もいらっしゃるわ。一人じゃないのよ。)
気合いを入れ直して、王立魔法学院の制服である白いブラウスと灰色の膝丈のスカートに着替え、「王家の瞳」に由来するらしい深紅に金色のラインが入ったネクタイを締める。
いつも使っている華奢な杖を、腰に巻いた革ベルトに提げた。
胸に首席の徽章が光る真っ黒なローブを身に纏い、これも父から譲り受けた留め具でローブの前を留める。
《髪色を変える》魔道具の指輪を嵌めた上から儀礼用の白い手袋を嵌めて、父から譲り受けた儀仗を握りしめると深呼吸をした。
ホールに降りると、王国魔術師団の正装である真っ白の生地に金色の装飾が施されたローブを着て片眼鏡をかけ、金髪をオールバックで束ねて鷹揚に微笑む父と、ドレス姿で少し心配そうに佇む母がいた。
「お待たせいたしました。お父様、参りましょう。」
強気で言ったものの、一歩足を踏み出すと緊張で腰が抜けそうになってよろめいてしまった。
無理矢理目に力を込めてきりっとした表情を作り、震える口角をあげて、少しでも凛として見えるように微笑む。
母はそんなステラを見て心配そうな顔を一瞬崩して微笑んだ。
「ステラ、後ろから応援しているわ。
きっと大丈夫。父様と母様の娘だもの。」
後から実家の馬車で来る母に一礼をして、王家の紋章の描かれた黒い馬車に父と一緒に乗り込む。
「首席入学生、ステラ・アルカニス嬢。王国騎士団が責任を持って王立魔法学院までお送りいたします。」
騎士の敬礼を受け、ステラも足を引いて一礼した。
「ステラ、側についていてやれないのが残念だが、正面にいるからな。
困ったら父様を見るんだよ。」
馬車の中で緊張で固まっていると、父がステラに微笑んだ。
「はい。私、お父様の名に恥じぬように頑張ります。」
「私の名など大したことないさ。
でも自慢の娘を貴族連中に見てもらうのも悪くないな。
きっとお前の魔力と才能に驚くよ。」
「そんなことはないと思いますわ。
でもありがとうございます、お父様」
話していると喉がからからになってきたので車窓に目を向ける。
田舎の緑を見慣れた目に、王都の白く輝く景色が眩しく感じた。
鐘楼が二つ並び、城のようにも見える校舎が遠くに映った。
高い方の鐘楼があって城のような見た目の校舎が初等部から高等部まである王立学園で、少し低いがそれでも立派な鐘楼がある建物が、王立学園の高等部相当にあたるが全寮制で魔法専門の王立魔法学院だ。
ここに来るのは入学試験以来で、胸が高鳴った。
ステラが憧れていた王立魔法学院の生活が始まろうとしていた。




