4.王立魔法学院
窓から見える景色が王立学園と王立魔法学院を囲うようにそびえ立つ白亜の外壁に染まって緊張が高まる。
門の前に着いて馬車が止まると、外からざわめきが聞こえた。
この馬車には王家の紋章が入っている。
首席入学生が乗っているのが丸わかりだ。
道を埋め尽くすように並ぶ馬車の中でも、この上なく目立っていることだろう。
緊張でこみ上げる吐き気に思わず口元を手で押さえると、金色の縁取りの入った真っ白なローブを着た父と目が合った。
「大丈夫だよ、ステラ。父様と一緒だ。」
王国魔術師団の師団長で国王陛下の近衛魔術師でもある父。
胸にたくさんの勲章が輝くその正装を見てやっと実感したが、父はこの国の魔法使いのトップだ。
ステラは社交界に疎いのでその力をあまりわかっていないが、王国の中枢を担っているのは間違いない。
父と一緒だとより人目を惹くのではないかということに今さら気付いた。
「あ、あ、あのっお父様っ!別々で降りた方が…」
ステラがまごついている間に馬車の扉が開き、父がさっと降りる。
ザッと地面が鳴る音がして何事かと思っていると、外から父の手が差し出された。
「ステラ、おいで。」
恐る恐る外を見ると、馬車を先導してくれた騎士だけでなく門番の兵や遠くに見える警備の騎士、入学者の確認をしていた教師までも敬礼を取っていた。
(お父様、やっぱりすごい方だったのね…ハードルが無駄に上がってるわ…。
一緒に来るんじゃなかった…。)
軽く後悔の念を抱きながら、微笑む父の手をとり、一歩外に踏み出した。
「あちらの方って、もしかして王国魔術師団の師団長様?」
「一緒に出て来られたご令嬢はどなたかしら。あれは首席入学生の馬車よね。」
「もしかして今年の首席は師団長のご令嬢なのか。道理で陛下のご機嫌も麗しいわけだ。」
「麗しい師団長様のご令嬢だもの、さすがお綺麗だわ。」
門に集まっていた人々の言葉が耳に入り、耳まで赤くなりそうだったが深呼吸をしてなんとか心を落ち着かせる。
「楽にしてくれ。」
お父様が慣れたように騎士に声をかけると
「はっ。」
と威勢の良い返事と共にザッと地を鳴らす音がして周囲の兵が元の姿勢に戻った。
「ステラ、行こうか。」
相変わらずステラだけを見て微笑む父に手を取られたまま、周囲の視線とざわめきに気にしない、気にしない…と念じながら王立魔法学院の門をくぐった。
門をくぐると、身分確認をしている教師にビシッと敬礼されて、声をかけられる。
「師団長、ご無沙汰しております。
ご令嬢が首席でご入学とのこと誠におめでとうございます。」
「あぁ、カール。元気にやってるかい。
娘をよろしく頼むね。」
「おかげさまで、つつがなく過ごしています。
ステラ・アルカニス嬢、お初にお目にかかります。
学院教師で防御魔術担当のカール・クリンプトンです。よろしくお願いします。」
「クリンプトン先生、よ、よろしくお願いいたします。」
初めて見る学院の教師に緊張しながら差し出された手をとり握手をする。
近づいて見ると思ったより上背があり、手には剣だこがある。
溢れ出る魔力は領地では見たことがない、燃えるような圧倒的な質量と大きさだった。
もしかして王国魔術師団の出身だろうかと思案しつつ、手袋越しに滲む汗に気付かれませんように、とドキドキしながら手を離した。
「ではステラ、私は理事長にご挨拶してくるよ。また式場で会おう。」
父は鐘楼のある建物を指差しながら言った後、「式場はあちらだ」と別の方角に見える三角屋根の大聖堂を教えてくれた。
突然の別れに寂しくなり、その手にすがって呼び止めたかったが、父といることで余計に目立ってしまっていることを思い出した。
「はい、お父様。失礼いたします。」
ステラは頭を下げて、父が指した方向に歩きだした。
父と別れ、大聖堂に向かって歩いていると遠巻きに見ていた生徒がわらわらと近づいてきた。
ほとんどが隣にある王立学園出身の貴族だから外部からというだけで興味を引くのに、王国魔術師団長の父と一緒に来て、しかも首席だからそれは目立っていることだろう。
目立たず生きろ、の母の言葉を思い出して胸が痛くなる。
ふーっと深く息をついて心を落ち着かせていると、明るい声がした。
「こんにちは、アルカニス魔法伯令嬢。
君が今年の首席なんだね。
僕はクリス。クリスフォード・アストラだ。
新入生同士、仲良くしてもらえると嬉しい。」
先陣を切ってステラに声をかけたのは、赤い巻き毛の男子生徒だった。
目がくりっとしていて可愛い印象だが、この状況のステラに声をかけられるのだからきっと豪胆な方なんだろう。
社交界を知らないからせめて知識だけでもと叩き込んだ貴族名鑑を思い出す。
アストラといえばアストラ伯爵家。
王国建設時からの名家の一つで宰相を何人も輩出している。
ステラの父も爵位は伯爵だが一代限りの魔法伯なので、軍属ではトップでも社交界では格が違う。
アストラ伯爵のご次男がステラと同い年だったと思うからきっと彼がそうなんだろう。
そしてアストラ伯爵家は第一王子派だ。
この国には王子が二人いる。
フォード伯爵家出身の第二王妃陛下を母に持つ第一王子殿下と、リュクス公爵家出身の第一王妃陛下を母に持つ第二王子殿下だ。
ステラの幼馴染みのレオナルドはリュクス公爵家の嫡男だから、第一王妃陛下は叔母にあたり、第二王子殿下は従兄弟にあたる。
第二王子殿下とは同い年ということもあり仲が良いと聞いている。
伯爵家出身とはいえ先に生まれた第一王子殿下を王太子に据えるのが普通の流れだが、貴族の中では公爵家出身の第一王妃陛下を母に持つ第二王子派が主流だ。
アルカニス家は父が国王陛下の側近ということもありどちらにも属さない。
父から何か言われたわけではないが、友達付き合いをするならバランスは考えないといけないかもしれない。
「アストラ伯爵令息、ごきげんよう。
ステラ・アルカニスと申します。
王都に慣れていなくて不安でしたの。
お声をお掛けいただきありがとうございます。」
色々と考えすぎてしまった上、初めて話す同い年の男性に少しどぎまぎしてしまったが、噛まずに言えてほっとする。
「君は外部から入学だよね。どちらのご出身なの?」
「領地の学校に通っておりました。
ここからは馬車で三日かかるんです。」
「三日?それは長旅だったね。」
「馬車がふかふかで幸せでしたわ…。」
「そうか、首席入学だから王家の馬車で来たのか。羨ましいなぁ。」
「ただ目立ってしまって…。紋章を隠していただければよかったのですけどね。」
「君、面白いこというね。王家の紋章のついた馬車って普通は名誉なことだと思うけど。」
クリスフォードの明るさに緊張がほどけ、つられてふふっと笑うとクリスフォードも頬を染めて笑った。
「よかった。笑ってくれた。
魔術師団長様のご令嬢だし首席入学だから、厳しい方だったらどうしようと思っていたんだ。
僕はノリが軽いってよく言われるから。」
「私、領地にこもっていたので社交を知らないんです。むしろ何か失礼を申しておりましたらすみません。」
「そんな堅苦しい喋り方じゃなくていいよ。
ステラって呼んでいいかな?
僕のことはクリスと呼んでほしい。
あ、もうすぐ着くね。宣誓楽しみにしてるよ、頑張ってね。」
集まっていた人々が話しかけようかどうしようかとステラをチラチラ見ていることに気付いたクリスフォードは、手をひらひらさせながら大聖堂の方に駆けていった。
田舎の狭い社交界しか知らないステラにとって、都会の貴族は腹の探り合いをしている怖いイメージがあった。
第一王子派、第二王子派は水面下で常に争っており、社交界を二分しているのだ。
でももしかしたら学院ではそれほど関係ないのかもしれない。
友達を作りに学院に来たわけではないが、さすがに一人きりも寂しいかもしれないと不安に感じていたので、初めて話しかけてくれたのがクリスフォードでよかった、と心から思った。
「勿論よ。ありがとう、クリス。
またお話ししましょう。」
ステラも笑顔でそう言って手を振り返した。




