297.愛するあなたと※
※R15注意
石造りの小さな離宮のような豪華な特別寮は、やはり時を止めたようにあの頃のままだった。
既に明かりが灯っているから、誰かが先回りして来てくれたのだろう。
「ひゃっ」
久しぶりの特別寮を見回してそんなことを考えていたら、ヴァレン様がステラを抱え上げた。
「ヴァ、ヴァレン様…っ、歩けます…」
「ステラ、私だけを見て。」
「っ…」
溶けそうな熱を帯びた濃い金色の瞳がステラを捉えた。
これからすることを想像して勝手に体が熱くなるのがわかって、ステラはぼぼっと赤面した。
「んっ…うっ……はぁっ………っ、ヴァレン、さま……」
ヴァレン様の部屋のベッドに優しく降ろされると、そのままヴァレン様が覆い被さって息ができなくなるような口付けを浴びせられた。
耳にかけていた白銀の髪が乱れて、前髪越しに見える濃い金色の瞳にステラは囚われてしまった。
ヴァレン様の手がステラの体を優しく撫でて体に恐ろしいほどの波をもたらしたけど、その瞳はどこまでも優しくステラを受け止めてくれた。
「っ、だめ……あああっ…くる……っ」
「いいよ、見ていてあげる。」
「ああああっ…………いやぁ……っん……だめ、また……」
「可愛い。ほら、ここでしょう。」
「っんん……ああああっ」
誰かがこの寮にいることはわかっていたけど、押し寄せる波に抗えなくて声を止めることができなかった。
口を押さえた手は一つにまとめあげられて、時間もわからなくなるくらいぐちゃぐちゃに溶かされた。
真っ暗な部屋を月明かりが照らしていたけど、やがて空が朝焼けに染まり始めて月の影も見えなくなった。
「…卒業、式……」
「起こしてあげるから大丈夫。おやすみ、ステラ。愛してる。」
「私も、愛してる……」
僅かに残っていた理性が大事な予定を思い出したけど、もう瞼を開ける気力はなかった。
深い海に溺れるように意識が闇に引きずり込まれて、全てを忘れて眠りの世界へと沈んでいった。
◇◇◇
優しい朝日が閉じた瞼を明るく照らした。
「ステラ。」
愛しい声が聞こえて意識が浮上してきたけど、瞼がこの上なく重い。
「ステラ、起きて。卒業式に遅れるよ。」
(卒業式…誰のだっけ…どこに行くのかしら……)
ぼんやりした頭で考えて、自分の、王立魔法学院の卒業式で、今はヴァレン様の特別寮にいるのだと急に思い出して慌てて飛び起きた。
「っ!おはようございます!」
「おはよう、ステラ。体は大丈夫?」
朝から麗しいヴァレン様は朝日に照らされて寝不足とは思えないくらい輝いている。
体を起こすと昨日の残滓を感じてぼぼぼっと沸騰した。
「っ、《清めよ》」
「…ありがとうございます。大丈夫です。」
そんなステラを見てヴァレン様が笑いながら清浄魔法をかけてくれた。
訓練で鍛え上げた体は寝不足にもヴァレン様の責めにも屈することなく腰を立たせた。
「じゃあ、準備しようか。」
「失礼いたします。」
「えっ?!」
ヴァレン様が言ったのと同時に扉が開かれて、いつもの侍女達がずらっと入ってきたのでステラは慌てて布団を引き寄せた。
これほどの人数がついてきていたなんて想像もしていなかった。
そして昨日の自分の痴態が聞かれていたのではないかと気付いてぼぼぼっと茹で蛸になった。
「せっかくの晴れの日に清浄魔法だけでは可哀想だから。」
「……っ、ありがとう、ございます。」
「じゃあ、また後でね。」
恥ずかしさを堪え忍びながらお礼を伝えると、ヴァレン様はさっとシャツを羽織って先に部屋を出た。
「王太子妃殿下、湯浴みをお手伝いいたします。」
「あ、ありがとう…。」
ステラは恥ずかしすぎて侍女に目を向けられないまま浴室へと導かれて、王城よりも狭い浴室にぎゅうぎゅうになりながらたくさんの侍女に磨かれた。
「ヴァレン様、お待たせしました。」
「大丈夫だよ。元気そうでよかった。」
新しい制服のローブに着替えて、寝不足の跡をすっかり隠されたステラは、いつもの腰ベルトに杖と侍女が持ってきてくれた剣を提げて先に朝食を召し上がっていたヴァレン様のところに来た。
ヴァレン様は真っ白な軍服を着て、昨夜の情事が嘘のようにいつも通り優雅に微笑んでいた。
「今日は側にいてあげられないけど、城で待っているから。」
「はい。わざわざお成りいただいて本当にありがとうございます。」
ヴァレン様は入学式は「豊穣の魔法」があるから来賓として呼ばれているけど、卒業式は参加されない。
ステラの願いを叶えるためだけに特別寮まで来てくれたのが嬉しくて、ステラは改めて頭を下げた。
「ステラの晴れ姿と魔法伯の涙が見たかったんだけどね。帰ってから教えてね。」
「はい。」
クスクスと笑いながら言われて、ステラも父を想像して笑ってしまった。
父は王国魔術師団の師団長として卒業式に参加する。
領地の学校の卒業式ではもれなく号泣していたから、今日もきっと特大のハンカチを持ってきていることだろう。
ヴァレン様は人目を避けて時間をずらして出られるとのことだったので、ステラは先に特別寮を出た。
「いってらっしゃい、ステラ。」
「行って参ります、ヴァレン様。」
特別寮の玄関で優しく抱き寄せられて口付けを落とされた。
なんだか夫婦のようなやり取りだなと思ったけど、そういえば本当に夫婦だったと思い出して勝手に赤面した。
突然赤面したステラをまたクスクスと笑う声を聞きながら、ステラはこれ以上赤くならないように気持ちを必死に押し殺して校舎への道を一人で歩いた。
「ステラ?!」
「アリス!おはよう!」
生徒用の寮へと続く分かれ道で声をかけられた。
目を丸くしたアリスがステラに駆け寄ってくれて、嬉しくなってぎゅっと抱きついた。
「あなた、どうして…」
「殿下の特別寮に泊まっていたの。卒業祝いだと連れて来てくださって。」
「そうだったのね。殿下がお出ましだなんて大騒ぎになりそうだわ。 」
「私もそう思うわ。人目がなくなってから帰られるみたい。」
「そう。とにかく、朝からあなたに会えて嬉しいわ。」
にこにこと明るく微笑むアリスを見てふと思い出した。
アリスは無事に王国魔術師団の試験に合格して、四月からは警備部隊に配属となるのだ。
「私もよ、アリス。そういえば、試験合格おめでとう。アリスと一緒に働けるなんて嬉しいわ。」
「私も……あなた様をお守りできる光栄、恐悦至極に存じます。」
アリスが急に恭しく臣下の礼をとって頭を下げたので笑ってしまった。
「アリス、いいのよ。王国魔術師団では身分も爵位も関係ないから。」
「恐れ入ります、戦闘部隊長。」
「もう、アリスったら。」
それは関係あるので何も言えなくなって笑ってしまった。
アリスも臣下の礼を取るのをやめて笑ってくれて、ステラはアリスと二人でわいわいと話しながら大聖堂へと向かった。
◇◇◇
大聖堂へ到着すると、いつかのように在校生は一階、卒業生は二階へと道が分かれていた。
アリスと一緒に二階に上って、入学式以来の二階の部屋に入ると見慣れた二人が駆け寄ってきた。
「ドラード!クリス!久しぶりね。おはよう。」
「「おはようございます、部隊長。」」
二人がピシッと敬礼したので吹き出してしまった。
「もう、やめて。二人とも、合格おめでとう。」
「「恐れ入ります、部隊長。」」
またわざとらしく敬礼されたので二人まとめて肩をバンと叩いておいた。
「っ、痛いよ、ステラ。」
「腑抜けね。もっと鍛練しないと。」
平然と笑うドラードの横でクリスが顔をしかめたので、ステラは父の口癖を言って笑い飛ばした。
「ステラ。」
後ろから名前を呼ばれて、ステラは驚いて振り向いた。
「おはよう。」
「っ、おはよう。エリザベス。」
エリザベスがいつも通りつんとした顔で、でもたしかにステラに挨拶をしてくれた。
「私…、あなたの姿を見て王国魔術師を目指したの。四月からも…よろしくね。」
突然そう言われて、ステラは目を丸くした。
エリザベスは四月から諜報部隊の配属となる。
まさかエリザベスまでもがステラを見て王国魔術師になってくれたなんて想像もしていなかったので、嬉しくなって涙が出てきた。
「な、なんで泣くのよ。」
「嬉しくて…。ありがとう、エリザベス。こちらこそよろしくね。期待しているわ。」
エリザベスならあの優雅な諜報部隊長と気が合いそうだ。
立派な王国魔術師になってくれる気がして微笑むと、エリザベスは一瞬顔を赤くして、そしてぷいっと顔を背けてどこかに行ってしまった。
「っ、あれは喜んでいるんだよ。」
横で見ていたクリスが笑いながら教えてくれた。
クリスとエリザベスは幼馴染みだからよく知っているのだろう。
「そうなのね。本当に嬉しいわ。」
エリザベスとは色々あったけど、根は優しいのだろうと気付いていた。
こんなに素敵な皆と四月から一緒に王城で働けることが嬉しくて心から微笑んだ。
「皆さん、いよいよ卒業ですね。」
アンデモール先生が扉を開けて入ってきて、皆が話をやめて先生を見た。
「四年前、ここで皆さんを迎えてからの日々が懐かしく思い起こされます。
皆さんが立派な魔法使いとなったことを、私は誇りに思います。」
アンデモール先生の言葉で四年前、先生の先にあるバルコニーから大聖堂を見下ろしてこの上なく緊張していたことを思い出して懐かしい気持ちになった。
ステラの心臓はあれから別人のように成長を遂げた。
「夢を叶えた者、悔しい思いをした者、それぞれの道が始まります。
どんな道に進むとしても、あなた達がこの王立魔法学院で積み上げてきた時間は決して裏切りません。
この四年間を一生の宝にしてくれたら、私は大変嬉しく思います。
皆さんの活躍を、ここからずっと見守っています。
またいつの日かどこかで皆さんの姿を見られる日を楽しみにしています。」
クラスメイトともアンデモール先生とも、そして王立魔法学院とももうお別れなのだ、と実感してまた涙が出てきた。
アリスも、そしてクリスやドラードの目にも涙が滲んでいる。
このままでは式が始まる前にヨレヨレになりそうだ、とステラは慌ててポケットからハンカチを取り出して涙を拭った。
「皆さんの門出を心からお祝いします。おめでとう。」
アンデモール先生に皆で拍手を送ると先生の目にも涙が輝いた。




