最終話 天が込めた願い
最終話です。長い間応援いただきありがとうございました。
大聖堂の扉の前で式が始まるのをぼんやりと待っていると、中からなぜか歓声が聞こえた。
ステラはヴァレン様の卒業式に護衛として参加して以来卒業式には来ていないが、卒業生の入場の前に歓声が上がるようなイベントがあっただろうかと不思議に思った。
アンデモール先生の指示で扉の前に並び、ステラは首席卒業生として先頭でそのときを待った。
「卒業生入場。」
司会の教師の声で扉が開かれて前を見ると、ステラは自分の目に映る光景が信じられなくて思わず固まった。
城に帰ると言っていた、ここにいるはずのないヴァレン様が来賓席でステラに向かって微笑みかけていた。
「…殿下。」
アンデモール先生に優しく背中を押されてはっとして動きを取り戻して、ステラはどうにか祭壇に向かって足を進めた。
先程の歓声はこの場にいるはずのない真っ白な軍服姿の王太子殿下が現れたからだろう。
最前列の一番真ん中の席に座ってもう一度ヴァレン様を見上げるといたずらっぽい笑みを向けられた。
横に座る父に全く動揺した様子はなく、むしろ驚愕するステラを見てにやにやと笑っていた。
周りに目を向けると祭壇の下ではレオナルドも笑いを耐えて肩を震わせていたから、王城で知らなかったのはステラだけなのだと気付いて再び驚愕した。
式が始まって祭壇で理事長から卒業証書を受け取るときも、ステラは信じられない気持ちでヴァレン様を見つめてしまった。
父の手前、ヨレヨレしないようにどうにか足腰を立たせていたが、動揺しすぎて感傷はどこかへ飛んでいった。
「首席卒業生表彰。ステラ・レクス。」
「はい。」
またヨレヨレになりそうだったが、ステラは祭壇の真ん中に立つ理事長にピシッと敬礼してから壇上に進んだ。
すると理事長が一歩横にずれて、代わりにヴァレン様が真ん中に立たれた。
レオナルドが祭壇の下から何かを持って来てヴァレン様に手渡した。
その見るからに価値のありそうな箱を見て、ステラはヴァレン様が来賓として招待された理由に気づいた。
「ステラ・レクス。そなたは我が国が誇る王立魔法学院で入学時から一貫して全科目首席を守り抜いた。そなたの偉業を称え、国王陛下に代わってこれを授ける。ここへ参れ。」
「はい。」
ステラは頭を深く下げてから一歩前に出て、ヴァレン様の御前で跪いて臣下の礼をとった。
「そなたの叡智を王国の安寧のために捧げよ。」
「身に余る光栄、恐悦至極に存じます。王太子殿下。私の持てる全てを王室と王国の安寧のために捧げることを誓います。」
ヴァレン様から木箱が手渡されて、ステラは手が震えないように渾身の力を込めて受け取った。
それでもやっぱり少し手が震えてしまって、クスッと笑われた気がした。
と思ったら、突然手を取って立ち上がらされて、ステラは慌てて囁いた。
「殿下…っ?!」
ヴァレン様はステラが右手に持っていた木箱から「賢者の証」の大きい勲章を取り出して、その場でステラのローブにさっと留めた。
最後にこれ見よがしに左手を取って薬指の指輪に口付けを落としたから、会場は大きくどよめいた。
ステラはこんなときに見せつけられた恥ずかしさに耳まで沸騰しながら席まで戻った。
横でアリスがクスクスと笑っているのがわかったけど、恥ずかしすぎて顔が上げられなかった。
「…王国魔術師団長より、祝辞を賜ります。」
父が王国魔術師団の師団長として卒業生を送る言葉を述べるのをステラは必死に動揺を押し殺して姿勢よく聞いた。
父は話しながらも時々ヴァレン様に殺気が込められた視線を送ったので、近衛騎士に止められるんじゃないかと冷や冷やした。
「誓約の言葉。卒業生代表、ステラ・レクス。」
「はい。」
司会の言葉でステラは立ち上がり、祭壇の真ん中に立つ父の元へと進んで敬礼した。
卒業生代表が王国魔術師団長の言葉に対する答辞を述べ、王室と王国を支えることを誓約するのだ。
卒業生のうち王国魔術師となる者から選ばれる大切な役目だ。
ステラは王国魔術師として恥のないよう気持ちを切り替えて、戦闘部隊仕込みの声を響かせた。
「領地育ちの私にとって王立魔法学院への入学は大きな挑戦でした。」
ステラが父の目を見て話すと、父は感情を感じさせない表情で、《真実を見抜く》片眼鏡越しにじっとステラを見つめ返した。
「私は目立つことが嫌いでした。
地位や権力に興味もありませんでした。
そんな私が王国魔術師になりたいと思ったのは、師団長が私に返しきれないほどの大きな愛を下さったからです。
師団長が誇れる娘でありたいと、師団長の娘として恥ずかしくない地位につきたいと、その気持ちが王国魔術師を目指す原動力となりました。」
父が慌てた様子でハンカチを取り出して、ステラから目を背けた。
「師団長は私に王国魔術師のあるべき姿を教えて下さいました。
私はそんな師団長の姿を見て、言葉を聞いて、いつか自分も師団長のように強くなって王国を守りたいと、そしていつの日か近衛魔術師となることができたなら、師団長のように命を賭けて主君をお守りしたいと、そう夢見るようになったのです。」
父はついに片眼鏡を取り外して特大のハンカチを目に当てて顔を伏せた。
「王立魔法学院に入学して、私は二つのかけがえのない宝物を得ました。
まずは、いつどんなときも私を優しく受け入れてくれる大切な仲間です。
乗り越え方がわからない、途方もない困難が襲っても、皆がいたから乗り越えることができました。
皆が私のために流してくれた涙や、私にかけてくれた言葉を、私は一生忘れません。
私は王国魔術師団の戦闘部隊長として、大切な仲間を導き、前線に立って戦い、皆を守り抜くことを誓います。」
後ろでぐずっとしゃくりあげる声が聞こえて、アリスが泣いてくれているような気がして嬉しかった。
「そして、私はこの王立魔法学院で、尊い主君と出会いました。」
ヴァレン様と目が合って、ステラは今度はヴァレン様の濃い金色の瞳を見つめながら話した。
「私の主君は、夢に描いていたよりもずっとお強くてお優しい御方でした。
尊きお力を私のために使ってくださり、私の至らぬ点を笑って許してくださり、私の夢を誰よりも応援してくださる、温かい御方でした。
私は近衛魔術師として、大切な主君を命を賭けてお守りすることを誓います。」
ヴァレン様がにこっと微笑みかけてくれて、ステラは改めてその笑顔を、主君が微笑んでいられる安寧の世を守り抜きたいと心に誓った。
「私には王国魔術師として叶えたい夢が出来ました。
夢を叶えるために鍛練を重ね、いつか大きな背中に追い付ける日がくるよう努力を惜しまぬことを誓います。
この命が尽きるまで、王室と王国の安寧のために身を尽くすことをここにお誓いいたします。」
ステラが再び父の目を見てピシッと敬礼すると、父も特大のハンカチで豪快に目を拭ってから敬礼してくれた。
会場を温かい拍手が包み込んだ。
ステラが振り返って会場を見渡すと、父兄席の端に栗色の髪にアメジストの瞳の母が座っていた。
その隣に座る男性を見て、ステラは目を瞠って固まった。
金髪碧眼の高貴な男性が――ノクティス公爵が、母の隣でステラに微笑みながら拍手を送っていた。
驚いて固まるステラに気付いて母が目を細めた。
もう一度父を振り返るともうすっかり涙の跡はなくて、ステラの顔を見て声は出さずに豪快に笑った。
驚くことが多すぎて涙は出ないまま卒業式が終わった。
ヴァレン様と一緒に王城に帰る時も、ステラは馬車の中で呆然として固まっていた。
そんなステラを見てヴァレン様はお腹を抱えて笑っていた。
◇◇◇
それから五年後、先代の国王の譲位によってレクス王国に齢三十の若さの国王が即位した。
白銀の髪に濃い金色の瞳を持った麗しき国王と、同じく白銀の髪をした可憐な王妃は生涯で四人の王子と一人の王女の子宝に恵まれ、長子の第一王子を弟妹が仲良く支えた。
「王家の巫女」の力を持った王妃はその膨大な魔力と傑出した才能で王国魔術師団長に上り詰めた。
王国に手を出そうものなら王妃と先代の師団長である王妃の父が即座に反撃して、敵を見るも無惨な姿に追い込んだ。
国王はそんな王妃を大変溺愛しており、たとえ近衛魔術師であろうともその体に指一本触れることを許さなかったという。
そして国民の前でも仲睦まじい姿を隠すことなく見せつけたので、いつしか王国では二人の口付けを見られたら幸運が訪れるという迷信がまことしやかに語られるようになった。
王国の安寧の礎を築いた二人の治世は「天恩の世」と呼ばれ、後世にいつまでも語り継がれていったのだった。
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