295.仲間
ドラードと訓練場の端と端で向かい合った。
「それでは、始め。」
カールの声がしたのと同時にドラードから矢が飛んで来た。
剣で弾いたが、その矢はまっすぐステラの心臓に照準が合っていたので驚いた。
ドラードは学院に通っていなければ王国騎士になっていたのだろうから、戦闘の腕は一流なのだと気づいた。
死ぬことはないと宣言しておきながら、これだけ実力があるのなら油断していては殺されかねない。
ステラは気を引き締めて、剣とは反対側の手に杖を構えた。
素早く次の矢が飛んで来て、今度はステラの手元の杖を狙った。
ステラは目が良くないが、ドラードはこの距離でステラが杖を構えたのを見抜いたのだ。
(…面白いわ。最高よ。)
弓矢の腕だけなら現役の戦闘部隊員よりも上かもしれない。
ステラは今すぐ合格を出したくなったが、それではつまらないので無詠唱で攻撃魔法を仕込んだ。
ステラは次の矢を引くために弓を持つドラードの左手を狙って小さな雷を落とした。
ドラードは驚いた様子で弓を落としたが、すぐに魔法剣を構えながら馬を駆けさせた。
雷の魔法は位置指定が必要だから動いていたら狙いを定めにくい。
とはいえステラが本気を出せばドラードの脳天に落とせるのだが、攻撃の正体が《雷》だと見抜いて動いて逃げることを選択した冷静さに感心した。
距離を詰められないようにステラも馬を駆けさせながらドラードに適当に攻撃魔法をぶつけたが、全て魔法剣でいなされた。
さすが騎士の家系なだけあって、魔法戦よりも騎馬戦の方が得意なのではないかと思うほど安定していた。
だが、戦闘部隊は騎士ではない。
魔法で人を守り、攻撃することが戦闘部隊の魔術師の役割だ。
合格にしたい気持ちでいっぱいだったが、ドラードがそれをわかっているのか確かめたくて、ステラは敢えて丸腰でドラードに馬を向かわせた。
剣も杖も構えずに自分に向かうステラを見てドラードはまた驚いたような顔をしたが、すぐに剣を杖に持ち替えた。
ステラと目が合うとニヤッと笑って、杖を振った。
どんな魔法を繰り出すのだろう、と思ったら、突然地面がぬかるんで馬が足を取られたのがわかった。
それと同時に雷が上から降ってきた。
下手したら並みの魔術師ならこれで負けているかもしれない。
ステラはまた込み上げてきた笑いを押さえきれなかった。
(想像以上だわ。これでこそ魔術師よ。)
ステラは無詠唱で雷を防ぎ、地面のぬかるみを乾かすとドラードに向かって詠唱した。
「《天に反逆せし者よ、汝が罪は我が裁かん。我にひれ伏せ》」
ステラの魔力がドラードにぶつかるとドラードはまた驚いた表情を浮かべて杖を手放し、馬から落ちた。
試験で怪我をしてはいけないのですぐに魔法を《解除》して別の魔法で受け止めようとしたが、落馬にも慣れているようで上手に受け身を取ったので手を出さずに駆け寄った。
「ドラード、大丈夫?」
「…ええ、大丈夫です。ご心配いただき恐れ入ります、部隊長。」
ドラードはステラが馬を降りるとさっと立ち上がって何事もなかったかのように敬礼した。
その姿を見て、観客席の魔術師達から大きな拍手と歓声が上がった。
皆もドラードを認めてくれたのだ、とステラは嬉しくてたまらなかった。
ドラードは目を丸くして観客席を見て固まっていた。
カールも駆け寄ってきて、二人で顔を見合わせた。
カールが頷いたので、ステラもやっと言いたかった言葉を伝えられる、と笑顔で頷いた。
「ドラード・グラディウス。これにて戦闘部隊の個別試験を終了する。
…合格よ。ぜひあなたと一緒に戦いたいわ。」
ステラがドラードの目を見て言うと、ドラードはその目を大きく見開いて、次の瞬間、ニコッと歯を見せて笑った。
「光栄に存じます、部隊長。命を懸けて王族と王国をお守りする覚悟に存じます。どうぞよろしくお願いいたします。」
ピシッと敬礼して頭を下げるドラードに、観客席にいた戦闘部隊の魔術師達が駆け寄ってきた。
「お前、やるな!俺は負けそうだ!」
「最高だよ。一緒に戦えるのが楽しみだ!」
「燃えてるな!若者!」
皆がドラードを囲んでもみくちゃにしているのを見てステラはお腹を抱えて笑った。
カールも横で嬉しそうに微笑んでいる。
「姫様、殺られかけてなかったか?」
「失礼ね。ドラードに殺されるなんて三百年経ってもあり得ないわ。」
「そうか?心臓を射貫かれそうに見えたが。」
「あなたの方こそぼけぼけしてると殺られるわよ。流石グラディウス家のご令息だったわ。」
そう言いながらメーデンを振り返った。
メーデンはステラと目が合うとドラードそっくりの顔で目を丸くしたが、すぐにニコッとまたドラードそっくりの顔でニコッと笑った。
何も言わなかったけどぐっと親指を立てたので、ステラとカールも笑いながら親指を立てた。
◇◇◇
その後に聞いた報告で、アリスとクリスは警備部隊に、エリザベスは諜報部隊に合格したことを知った。
ステラのクラスメイトは七名が王国魔術師となり、一緒に働くことになった。
そして明日、ステラは学院の卒業式を迎える。
四年間の学院生活がついに終わりを迎えるのか…とヴァレン様の執務室でぼーっと感慨に浸っていたら、いつの間にかヴァレン様が目の前に立っていた。
「ステラ。」
「ひゃっ…も、申し訳ございません。考え事をしていました。」
護衛のために執務室にいるのに目の前に立つ主君に気付かないなんて近衛失格だ。
「いいよ。顔を上げて。」
ステラが慌てて頭を下げると、クスクスと笑われながら言われてそっと顔を上げた。
「ステラ、行きたいところがあるんだ。一緒に来て。」
「え?しょ、承知しました。」
「私も姿を変えるから、ステラも学院のローブに着替えて指輪をしておいで。剣は置いてきてね。」
「は、はい…。」
何がなんだかわからないが、尊いご公務でもあるのだろう。
ステラはヴァレン様に促されるがままに執務室を出た。
すれ違うときにレオナルドが笑いを耐えて肩を震わせていたからよりわけがわからなかったけどそのまま私室に向かった。
言われた通り学院の制服のローブに着替えて《髪色を変える》指輪をして剣を置いてから、ヴァレン様の私室へと繋がる扉をノックした。
「ヴァレン様、着替え終わりました。」
「入っておいで。」
「失礼します。……えっ?!ひゃっ!」
扉を開けてヴァレン様を見上げたら、驚きすぎて腰が抜けて崩れ落ちた。
「ステラ、大丈夫?」
「…ヴァレン、様?」
少し長い金髪を耳にかけた青い瞳をした麗しすぎる青年がステラに駆け寄ってきた。
真っ白の軍服ではなく、ステラと同じように真っ黒なローブを纏っている。
ステラはその顔をじっと見つめた。
どこもかしこも整っていて、これほど麗しい人はヴァレン様以外に知らないけど、色が変わりすぎていて受け止めきれなかった。
「っ、そんなに違う?」
「やっぱりヴァレン様だ……し、失礼しました。」
クスクスと笑う姿を見て思わず心の声を呟いてしまって、慌てて口を押さえた。
「敬語もやめてくれ。変装した意味がなくなるだろう?」
「そ、そんな…」
ヴァレン様のようでヴァレン様ではないような気がしてパニックなのに、敬語までやめろと言われたら何も話せそうもない。
ステラがおろおろと狼狽えていると、ヴァレン様は指に嵌めていた指輪を一つ抜き取った。
あっという間に髪と瞳が見慣れた白銀と濃い金色に戻って、ステラはほっと息をついた。
「ヴァ、ヴァレン様、それは…」
「魔法伯に頼んでステラと同じような指輪を作ってもらったんだ。よくできているよね。」
そう言いながらまた指輪を嵌めると、再び金髪に青い瞳になった。
やっぱり見慣れないけど、目の前で色が変わる瞬間を見たからヴァレン様だと確信できて先程よりは落ち着いていられた。
「あ、あの…変装…してどちらに…」
「王都に出よう。街に出たいと言っていたでしょう?」
「え?!そ、そんな…いいのですか…?」
「なかなか時間が取れなくて遅くなったけど、私からの卒業祝いだと思って。」
「…っ、ありがとうございます!」
戦場から帰ったときにお願いしていたことを思い出した。
ヴァレン様が、王太子殿下が街に出るなんてきっとあちこちと調整が必要だったことだろう。
お忙しい中でステラのためにそこまでしてくれたのが嬉しくて、卒業前の感傷的な気持ちと相まってぽろぽろと涙が溢れ落ちた。
「どうして泣くの?」
「ヴァ、ヴァレン様のお気持ちが嬉しくて…っ、すみません。」
「敬語はやめてね。」
「えっ、あ、あの…ご、ごめんなさい。」
「謝らなくていいよ。」
楽しそうに笑うヴァレン様に手を取られて、ステラはヴァレン様と手を繋いで王城の廊下を歩いた。
金髪碧眼で魔法使いのようなローブを纏うヴァレン様はどう見てもヴァレン様には見えないけど、すれ違う人々は皆頭を下げているから情報が回っているのだろう。
この秘密の外出を知らなかったのは自分だけだったことに愕然としながらも、ステラはヴァレン様と一緒に街に出られる興奮で胸を高鳴らせた。




