294.選択
カールは学院で待っているので、ステラは父と一緒の馬車に乗ることになった。
「ステラ、首席おめでとう。四年間よく頑張ったな。」
「…っ、ありがとうございます。」
乗り込んできた父に言われて、ステラは危うく涙が出そうになってギリギリで耐えた。
「お父様のようになりたくて頑張ったんです。学院の入学試験も、首席を取り続けたのも、王国魔術師として戦ったのも、お父様に憧れて、お父様が誇れる娘でありたいと思ったから頑張ったんです。」
涙を堪えながら伝えると、父は驚いたような表情を浮かべた後、さっと片眼鏡を外した。
「…お父様?」
「やめろ、それ以上話すな。」
いつの間にか握りしめていたハンカチを顔に当てた父がぐいっと顔を逸らしたので、父も泣くのを耐えているのだとわかって笑いそうになって、再びギリギリで耐えた。
「お父様はいつだって私の自慢です。」
「そんなことを言っても団はやらないからな。お前に師団長はまだ早い。」
鼻声で言う父が面白くて追い討ちをかけようか迷ったが、そんなことをしては後からとんでもなくきつい任務を言い渡されそうなのでやめておいた。
「私はまだまだです。お父様には敵いません。」
今日は特大のハンカチではなかったので足りないかな、と思ってステラのハンカチを手渡すとさっと奪われて、代わりに涙でびしょ濡れになったハンカチを渡された。
「…《清めよ》」
ポケットに仕舞おうかと思ったが濡れているしどうしよう、と固まっていると、鼻声で清浄魔法をかけて綺麗にされたのでいよいよ笑ってしまった。
◇◇◇
学院に着くと、先程まで泣いていたのが嘘のように片眼鏡をかけていつも通りの父に戻った。
出迎える教師の中に王国魔術師のローブ姿のカールもいたので駆け寄った。
「カール、いよいよね。」
「ああ。グラディウスは筆記試験で私の階級章を見て青ざめていたぞ。幹部に戻ったことを伝えていなかったのか?」
ステラはメーデンが伝えているだろうと思って言わなかった。
メーデンは伝えていなかったのだろうか、と思って後ろを振り返ると、今日も護衛として来ていたメーデンが歯を見せてニコッと笑った。
こうしていると優しいお兄様に見えるけど、その笑みの裏ではドラードをしごき上げているらしいから、ドラードを驚かせるために敢えて言わなかったのだろう。
「知らなかったみたいです。」
「そうか。中々良い顔をしていたぞ。」
カールが今度はメーデンに向かって言うと、メーデンはぐっと親指を立てて満面の笑みを浮かべた。
教師達の先導で屋外の練習場に向かうと、クラスメイトが学年主任のアンデモール先生と一緒に列になって待っていた。
先頭はアリスとドラードだから、二人が筆記試験の一位と二位なのだろう。
緊張の面持ちを浮かべる二人に微笑みかけたかったけど、今日は選ぶ側として来ているので感情を押し殺してなるべく見ないようにした。
「本日試験官を務めていただく、王国魔術師団の師団長と幹部の方々を紹介する。」
理事長の声が静まり返った訓練場に響いた。
「戦闘部隊長、ステラ・レクス様。」
前に出てさっと頭を下げると、ドラード以外のクラスメイトが皆息を飲んだのがわかった。
アリスとクリスは目を真ん丸にしてステラを見つめている。
ステラが戦闘部隊長になったと知ったらいつも通りには接してくれないだろうと思って、ステラからは皆に何も言っていなかった。
ドラードも誰にも言っていないみたいだから、皆この場で初めて知ったのだ。
「戦闘副部隊長、カール・クリンプトン様。」
カールが前に出るとやはりドラード以外のクラスメイトが再び驚愕の表情を浮かべた。
ドラードは元々青ざめているので表情は変わらないが、心なしか体が震えている気がしたので笑ってしまいそうになった。
成績が下位の者から順に制限時間五分の魔法戦が始まり、皆が緊張してガチガチになりながら魔法戦を行うのを眺めた。
クリスとエリザベスのペアは幼馴染み同士ということもあってかお互い手加減無しで挑んでいたので中々見応えがあった。
そして、アリスとドラードの番がやってきた。
一年生の頃は魔法戦の授業で震えていたアリスがドラードと戦うことを心配していたが杞憂のようだった。
やはりドラードが優勢だったが、ドラード相手に怖じ気づくことなく戦う姿を見て、警備部隊や諜報部隊が欲しがるのではないかと思った。
ドラードは戦闘が始まると目の色が変わって、アリス相手にも容赦なく攻撃を繰り出していた。
騎士の家系出身なだけあって身のこなしが軽いし、戦闘経験がない割には防御の隙も少なくて、学生の中では頭一つ抜けている。
戦闘部隊でボコボコに鍛え上げたら隙もなくなって良い魔術師になるだろう、と四月からの生活が楽しみになった。
カールをチラッと見るとカールもニヤッとしてステラを見たので、同じことを考えているのだとわかって安心した。
皆の魔法戦を見終えると、理事長の先導で鐘楼棟へと向かった。
別れ際、クラスメイトの視線がステラに集中しているのがわかって振り向いた。
「良い戦いだった。選ばれる者とそうでない者がいるが、皆の未来が輝かしいものであることを祈っている。」
感情を押し殺しながら皆に言ったのに、クリスがぶんぶんと手を振ってくれたので耐えきれなくて笑ってしまった。
ステラもクリスに手を振り返して、先で待ってくれていたカールの元へと駆けて行った。
◇◇◇
会議の結果、ドラードは戦闘部隊と諜報部隊と警備部隊の、アリスとエリザベスは警備部隊と諜報部隊の、そしてクリスは警備部隊と管理部隊の個別試験を受けることになった。
他にも三人のクラスメイトが部隊の指名を受けたから、今年王国魔術師になるのは多くても七名だ。
皆が王国魔術師を目指してくれているのを知っていたから胸が痛くなったが、ステラはそれよりも新しく迎え入れるかもしれない仲間に目を向けるようにした。
ステラはドラードとの騎馬戦を楽しみにしていた。
ドラードは騎士の家系出身だから騎乗技術は問題ないはずだが、学院に馬はいないから、ステラはドラードが馬に乗っている姿を見たことがない。
それに、魔法戦以来久しぶりにドラードと戦えることに高揚していた。
個別試験の当日、王城の門でカールと二人でドラードを待っている時に、カールがステラの後ろにいたメーデンに話しかけた。
「弟君は馬には乗れるのか?」
「一通り教え込んでいますが、使い物にならなければ殺しますのでご安心下さい。」
ニコッと笑うメーデンの、弟に向けたとは思えない厳しすぎる言葉にカールと二人で吹き出した。
「姫様の家も恐ろしいが、グラディウス家の常識もどうなっているんだ。」
「父からは弱者は死ね、鍛練を欠いたら死ね、王族の前以外で膝をついたら死ね、と教わってきました。」
「っ、強烈だな。」
「お父様よりも恐ろしいわ。」
メーデンとドラードの父は王国騎士団長だ。
父だけでなく騎士団長までもがとんでもない子育てをしていたことを知って笑いが止まらなかった。
お腹を抱えて笑っていると、貴族用の馬車寄せに一台の馬車が止まり、中からドラードが転がり落ちるように降りてきてステラの前に跪いた。
膝をついたら殺されるのではないか、と心配したが、自分が王族だったことを思い出してまた笑ってしまった。
「王太子妃殿下をお待たせしてしまう無礼を働き、大変申し訳ございませんでした。」
「いいのよ、ドラード。顔を上げて。」
ステラが楽しみで早く来ていただけで、ドラードは集合時間より十分以上早く到着している。
今日は部隊長としてピシッとしようと思っていたが、笑いの発作に襲われてしまって無理だった。
顔を上げたドラードは笑いが止まらないステラを不思議そうに覗き込んだが、次の瞬間、後ろから凄まじい殺気を感じて怯えたように顔を伏せた。
振り返ると無表情のメーデンが今にも抜刀しそうな勢いで殺気を放っていて、またお腹を抱えて笑った。
訓練場に向かう道中でどうにか気持ちを切り替えて、王国魔術師団の訓練場に着く頃には試験官の心を取り戻していた。
第一訓練場には騎士団から借りた馬と魔法剣と弓矢一式が用意されていて、戦闘部隊の魔術師が観客席に見学に来ていた。
いつもはわいわいとしている魔術師達も今日はわざとらしく真面目な顔をしていたので、また笑いの発作が復活するところだった。
「ドラード・グラディウス。これより王国魔術師団の戦闘部隊の個別試験を始める。
課題は騎馬戦だ。馬に乗って私と戦え。
お前の攻撃で私が死ぬことはないから、殺す気でかかってこい。」
「承知しました、部隊長。よろしくお願いいたします。」
ステラがドラードに命令すると、ドラードは怯むことなくピシッと敬礼して美しく頭を下げた。
流石グラディウス家仕込みなだけあって礼儀は完璧だ。
ステラはワクワクしながら弓矢を背負い、馬に跨がって訓練場の端へと向かった。




