291.夢への一歩
「謁見の間」に敷かれた絨毯の先には既に国王陛下が玉座に腰かけられていて、奥に第一王妃陛下とヴァレン様もいらっしゃった。
父の後ろを顔を伏せながら歩いて、玉座の前で部隊長やカールと一緒に跪いて臣下の礼をとって深く頭を下げた。
「面を上げよ。」
今日は臣下として来ているので、ステラは顔は上げても目は伏せたままでいた。
「先の戦いでは我が国を襲った脅威と立ち向かい、国と王族の未来を守った。これを称え、そなたらに褒章を授ける。」
「身に余る光栄、恐悦至極に存じます。国王陛下。」
「「身に余る光栄、恐悦至極に存じます。国王陛下。」」
父に続いて深く頭を下げた。
「魔法伯、ここへ参れ。」
「はい、国王陛下。」
父が国王陛下の御前に進む衣擦れの音がして、何かを受け取って戻ってきた。
部隊長に続いてステラも御前に進んで受け取った。
ちらっと顔を上げると、国王陛下の金色の瞳と目が合ってにこっと微笑まれた。
その顔が不思議とヴァレン様とそっくりだったので驚いたが、嬉しくてステラも微笑み返した。
国王陛下から賜った木箱の中には王家の紋章が大きく描かれた、今までもらった物よりも大きな勲章が輝いていた。
ステラは勲章には詳しくないけど、それでもとても価値があるものなのだろうと分かって恐れ多さで手が震えないように渾身の力を込めた。
カールも勲章を受け取ってこれで終わりか、と一息ついていると、父が立ち上がった。
ステラも続こうとしたが、部隊長が立ち上がらないので不思議に思って横を見た。
目が合った部隊長はかつて見たリーズ公爵のように穏やかな微笑みを浮かべている。
なぜ微笑まれているのかわからなくて首をかしげると、父の声が響いた。
「ステラ・レクス、カール・クリンプトン。国王陛下に代わってお前達に辞令を出す。」
ステラはぎょっとして父を見つめた。
カールも聞いていなかったようで、ステラと同じように父を見た後はっとしたように頭を下げたのがわかった。
「ステラ・レクス。お前を来月一日付けで戦闘部隊長に任ずる。任務にあたっては王太子殿下の近衛魔術師としての任務を優先することとする。
我が王国魔術師団の戦闘部隊を率いる者として恥のないよう気を引き締めろ。」
ステラは驚愕のあまり思わずよろめいた。
父はそのまま続けた。
「カール・クリンプトン。お前を来月一日付けで戦闘副部隊長に任ずる。任務にあたっては来年三月までは王立魔法学院への出向業務を優先することとする。
四月からは王立魔法学院への出向を解き、王太子妃殿下の近衛魔術師の任を命ずる。
尚、近衛魔術師の任務にあたっては、戦闘副部隊長としての任務を優先することとする。
王太子妃殿下が王族としての責務を果たされるときはお前が部隊を率いて国を守れ。」
今度は驚きすぎて膝が崩れ落ちて尻餅をついた。
横を見ると呆気に取られたような顔をしたカールと目が合った。
王太子妃の近衛魔術師ということは、ステラの近衛魔術師ということだ。
カールが自分の近衛魔術師になるなんて、そもそも自分に近衛魔術師がつくなんて想像もしていなかったので何が何だかわからなくて思考が停止してしまった。
しばらく二人で顔を見合わせたまま固まっていたが、前から聞こえてきた声で慌てて姿勢を正して頭を下げた。
「そなたらの才と実力は我が王国の宝だ。二人で力を合わせて国を守り、王国の安寧に貢献せよ。」
「「身に余るお言葉を賜り、恐悦至極に存じます。国王陛下。」」
二人で綺麗に声が重なって、ステラはまたカールを見た。
カールも目を丸くしてステラを見たのでなんだかおかしくなって笑ってしまいそうになって慌てて顔を伏せた。
国王陛下と王族方が音もなく退出されて、王族の控え室へと続く扉が閉められた。
「ぶ、部隊長、どういうことでしょうか…。」
「私は公爵家に戻ることにしたんだよ。社交に励まねば、王太子妃殿下に忘れられそうだしな。」
「そ、そんな、とんでもないです…。」
やはり部隊長とは思えない、リーズ公爵の穏やかな微笑みを向けられて、ステラは何と返せばいいのかわからなくなっておどおどしてしまった。
「数年前から引き際を考えていたが、この前の戦いを見て君になら部隊を任せられると確信した。
国や民を守るために身を挺して戦い、勝利を収めた。
君ほど戦闘部隊長に相応しい者はいない。」
「部隊長…。ありがとうございます。」
自分が戦闘部隊長になるなんて信じられなかったけど、部隊長がステラのことを認めてくれたのは心から嬉しかった。
「師団長、私が王太子妃殿下の近衛魔術師とはどういうことでしょうか。」
ステラはその声にはっとして今度は父とカールを見た。
「王太子殿下が望まれたんだ。お前は王太子妃殿下の…ステラの信頼を得ているだろう?
これからもステラは戦場に行くだろうから、それなら近衛魔術師としてお前に側にいてほしいと望まれた。
だから普段は側にいる必要はない。ステラが一人で戦うことのないようにだけ気を付けてくれ。」
ステラもカールも再び目を丸くしたが、ヴァレン様と父の優しさが尊くて今度は涙が出そうになった。
「いつかこの目で孫を見るという重大な任務もあるからな。孫が出来たらお前が部隊を見ろ。」
「え?!」
父が急にとんでもないことを言い出したので涙は引っ込んだ。
「お、お父様…ま、孫って…」
「事実だろう?学生のうちは認めないが、卒業したらいつでもいいぞ。カールもいることだし、団のことは気にするな。陛下も楽しみにしていらっしゃったから早い方がいいだろう。」
「ええっ?!そ、そ、そんな…」
皆の前で父にそんなことを言われるのが恥ずかしすぎてぼぼぼっと耳まで沸騰した。
言葉が続かなくなったステラを見て父が豪快に笑うと、部隊長とカールもつられたように吹き出した。
◇◇◇
「謁見の間」を出て、ステラは急ぎ足でヴァレン様の執務室へと向かった。
「王太子妃殿下がお見えです。」
「お通しせよ。」
ステラは部屋に入って、迷った末に頭を下げた。
先ほどまで臣下として跪いていたので、なんだかその目を見られなかったのだ。
「…っ、面を上げよ。」
笑いながら言われて、ステラは恐る恐る顔を上げた。
いたずらっぽい笑みを浮かべたヴァレン様がステラを見て目を細めた。
「ステラを驚かせることが出来て楽しかったよ。」
「ヴァレン様…。あの、カールの…近衛魔術師のこと、聞きました。ヴァレン様が推薦してくださったんですね。」
ヴァレン様はステラが戦いに行くのを嫌がるだろうから、今度戦うことがあったらどうやって説得しようかと頭を悩ませていたのだ。
まさか戦いに行く手助けをしてくれるなんて思ってもみなかった。
「ステラはどうせこれからも私を置いて戦いに行くんだろう?止めても無駄だろうから、無駄な抵抗はやめることにしたんだ。」
いつかステラが言った言葉をそのまま返されて目を丸くした。
そんなステラを見てヴァレン様はまたクスクスと笑った。
「私も無駄に根回ししたり尋問されずに済みそうで助かります。」
横にいるレオナルドもステラの顔を見て笑いを耐えて肩が震えている。
「また魔法伯に一歩近づいたね。おめでとう、ステラ。」
「ありがとう、ござい、ます…っ!」
ヴァレン様に言われて気付いたが、父も師団長になる前は戦闘部隊長だったのだ。
父の後を追えていることが、夢に近づいていることが嬉しくて急に涙が込み上げてきた。
「それに、安心して任務を任せられる相手がいないと子作りに応じてくれなそうだからね。」
「え?!」
レオナルドの前で何を言うのだ、とステラは瞬時に沸騰して真っ赤になり、涙は一瞬で引っ込んだ。
「父上から急かされているんだ。魔法伯も学院を卒業したらいつでもいいと言っていたし、楽しみだね、ステラ。」
「な、な、な……」
何がどう楽しみなのか、と聞けなくて言葉が続かなかった。
真っ赤になりながらよろめくステラを見てヴァレン様はお腹を抱えて笑った。
幼馴染みの前でそんなことを言われる恥ずかしさに耐えきれそうもなかったが、レオナルドも呆れたように笑っていたのでほんの少しだけ救われた。




