29.父への誓い
寮の玄関を出ると、王家の紋章が入った四頭立ての黒い馬車が停まっていた。
あのときと同じ、王族専用の馬車だ。
ヴァレン様といる限り、きっとどんなにステラが断ってもこの馬車に乗ることになるのだろう。
抵抗を諦めたステラは、馬車を囲む護衛と王国魔術師に一礼すると、ヴァレン様のエスコートに従って乗り込んだ。
「今日はすんなり乗るんだね。」
ヴァレン様はステラの正面にゆったりと腰かけて、からかうように言った。
前回この馬車に乗ったとき、ステラはあまりに恐れ多くて、これに乗るくらいなら歩いていこうと思い、抵抗したのだ。
「私ごときがこのような馬車に乗せていただくのは恐れ多いですが、無駄な抵抗はやめました。」
「それがいいよ。そのうち慣れる。」
慣れることはないだろうと思ったが、無駄に言い返すのはやめておいた。
あまり話しかけすぎるのも失礼だろうと思い、ステラが車窓を眺めているとヴァレン様から声をかけられた。
「そういえば、社交のことだけど。」
「はい。」
「早速だけど来週、王族が集まる昼食会があるんだ。
訓練を抜けてもらうことになるけど、来てもらいたい。」
「はい、わかりました。」
しばらくヴァレン様と会えないと思っていたけど、任務とはいえ来週には会えるのかと思うと元気が出てきた。
「ドレスはこちらで用意するから。」
「…え?」
「まさか護衛するつもりだったの?」
「はい。」
「君は私の妃になってくれるんじゃなかったのか…?」
ヴァレン様は訝しげにステラを見る。
「あ、あの、こ、婚約するのはヴァレン様の卒業後では…。」
「正式にはそうだけど、君のことは父上にも紹介している。
城では君は既に私の婚約者と同じ扱いだよ。」
説明は受けていたが、思っていたよりも大変な事態が起きていたことを実感してステラは今さら震え上がる。
「で、でも…お、王族…の方々の昼食会に私が参加するのは図々しいのではないでしょうか…。」
「君も王族になるんだから問題ない。」
「ひっ…」
震えて声も出ないステラを見て、ヴァレン様はふと何か考えるように顎に手を当てた。
「そんなに嫌なら、今回は近衛魔術師としてついてくるだけでもいいかもしれない。」
「本当ですか?!」
「ただし他は全て私の隣に立ってもらうよ。」
「はい!ありがとうございます!」
ドレスを着る機会など一回でも少ない方がいい。
それに王族しかいない空間なんて恐れ多すぎて、ドレスを着たところで声も出せなくなってしまうだろう。
ヴァレン様に感謝しながら、ステラは初めての王城での任務について考えを巡らせていた。
◇◇◇
ステラが任務について考えていると、あっという間に馬車は王城に到着した。
「では、降りようか。」
その言葉を合図に侍従の声が響く。
「第二王子殿下のお成り。」
ヴァレン殿下と一緒に降りるということは、あの恐れ多すぎる出迎えを受けるということだ。
すっかり忘れていたステラが怯えた顔でヴァレン殿下を見上げると、殿下はステラの顔を見て肩を震わせて言った。
「慣れるよ。」
(慣れません…っ!)
ステラの心の叫びは声にならず、口をパクパクとさせただけだった。
ヴァレン殿下について王城を進んでいく。
王城でヴァレン殿下に並んで歩く勇気などステラにはない。
無意識のうちに一歩後ろに下がってしまう。
「ステラ、隣に。」
腰を抱き寄せられ、耳元で囁かれる。
「で、殿下…ひ、人が…お許しください…。」
「気にしなくていい。」
いや、気にする。
後ろにはたくさんの侍従や近衛がついているし、すれ違う人々は皆、頭を下げている。
いたたまれなくて胃が痛くなってくるが、手を振りほどいてしまっては騎士に斬られそうなので押し黙る。
ヴァレン殿下が重厚な扉の前で立ち止まると、先に回った侍従が扉を開ける。
「私の執務室だ。入って。」
「は、はい…。失礼します…。」
ヴァレン殿下より先に入っていいのだろうか、と思いながら入室すると、そこは執務室とは思えない広さと豪華さを兼ね揃えていた。
立派な執務机の前には学院の貴賓室にあったような重厚な応接机と高そうな生地が張られた椅子とカウチが置かれている。
侍従に何か声をかけたヴァレン殿下が遅れて入室して、応接机の奥に腰かける。
ステラは迷った末、ヴァレン殿下の斜め前に立ち、手を後ろで組み軽く頭を下げる。
「ステラ、何してるの?」
「護衛です。」
「…っ、大丈夫だよ。ステラは本当に面白いね。そこ、座って。」
「…はい。失礼します。」
王城でヴァレン殿下の前で座るなど不敬な気がしたが、ご本人に言われたのでステラは渋々腰かけた。
「荷物は運ばせたから、あとで確認してね。」
「お気遣いいただきありがとうございます。」
ステラは座ったまま頭を下げた。
王国魔術師団の寮は王城内にあるが、王城は広い。
運ぶのも苦労しそうだと思っていたのでヴァレン殿下のお気遣いに救われた。
腰かけたままなのも気まずくて、そろそろ王国魔術師団に行こうかなと思っていると、ノックの音がして慌てて立ち上がる。
「アルカニス魔法伯がお越しです。」
侍従の声がして、ステラは驚きで目を見開く。
「私も話があるし、ステラが会いたいかなと思って来てもらったんだ。」
「ヴァレン殿下…っ。」
国王陛下の近衛魔術師として陛下のお側にいることが多い父とは、王城では話すことは叶わないと思っていた。
入学式以来の父との再会がこんなにも早く叶うなんて、嬉しくて言葉が出てこなかった。
「お通しせよ。」
ヴァレン殿下の声が響くと、王国魔術師の白いローブを纏った父が入室して、胸に手を当てて臣下の礼をとる。
「失礼いたします。ヴァレン殿下。」
顔を上げた父と目が合うと嬉しくなって、ヴァレン殿下の前なのも忘れて父に駆け寄る。
「お父様っ!」
「ステラ、元気だったか。」
久しぶりの父に抱きつくと、父は嬉しそうに目を細めて頭を撫でてくれた。
「アルカニス魔法伯、座ってくれ。
改めて話がある。」
ヴァレン殿下の声にステラははっとする。
殿下が父の許可は取ったらしいが、ステラが承諾したことを父は知らない。
おずおずと距離を取り、応接用の椅子に座る父の後ろに立つ。
「ステラはここへ。」
ヴァレン殿下は目で殿下の隣に座るよう促す。
ステラは黙って頷き、従った。
「話とは何のことでございましょう。」
「ステラが、例の話を認め、私との婚約を承諾した。」
「…ありがたき幸せに存じます。」
父は言葉とは裏腹にヴァレン殿下を片眼鏡越しにじっと見つめていた。
父の片眼鏡には国王陛下の「王家の魔法」が込められていて、《真実を見抜く》力を持つ。
「ステラは、そなたの娘は、私がこの力の全てをかけて守る。
神が与えし定めに従い、私の全てをかけて守り抜く。」
胸に響いたヴァレン殿下の声に、ステラは目を瞠った。
父もわずかに目を見開き、また片眼鏡越しにヴァレン殿下を見つめた。
神が与えし定め、…神が定めた王位継承者であるという運命。
それに従う、とヴァレン殿下は言った。
その崇高なお覚悟に、ステラは体が震えそうになる恐ろしさを必死に抑えた。
「誠にもったいなきお言葉、恐悦至極に存じます、第二王子殿下。
…どうかそのお言葉通り、娘を、お守り下さいませ。」
父は途中で言葉を切るとその場で膝をつき、臣下の礼をとり、頭を深く垂れて続けた。
「我が名にかけて誓おう。」
ヴァレン殿下は父を静かに見つめて答えた。
「…では、ステラ、訓練に行こうか。」
目の前の光景に圧倒され、事の重大性を改めて実感して固まっていたステラに、パッと立ち上がった父が普段通りの口調で言った。
「えっ?!あ、は、はい…っ」
ステラも慌てて立ち上がろうとしたが、ヴァレン殿下がまだ座ったままなのに気付いて慌てて腰を折り、頭を下げながら後退りで父の元に向かった。
「ステラ、何をしているの?」
「ヴァ、ヴァレン殿下を見下ろすなんて不敬なので…」
「っ…今は笑わせるところじゃないでしょう…。」
「お目汚しをしてしまい申し訳ありません。」
「仲が良さそうで安心いたしました。」
「お父様っ!ふ、不敬ですわっ!」
自分のせいで先ほどのヴァレン殿下の言葉が台無しになってしまいそうで、ステラは慌てて父の横に並んで頭を下げる。
「ヴァレン殿下、父と話す機会を作っていただき、ありがとうございました。
それでは、訓練に行って参ります。」
「ああ。頑張ってね、ステラ。また後でね。」
「あ、はい…?失礼いたします。」
(また後でって次会えるのは来週だと思うけど…)
ステラは疑問に思いながらもまた一礼して、父に続いてヴァレン殿下の執務室を後にした。




