28.独占欲
「ア、アリス…ありがとう…。」
「ああいうのはちゃんと断らないと、殿下に叱られるわよ、ほら。」
アリスの目線の先を追うと、ヴァレン殿下が一人で大聖堂に入ってくるところだった。
レオナルドは先に帰ったのだろうか。
ヴァレン殿下と目が合うと、まっすぐにこちらに向かってきた。
慌てて椅子から立ち上がり、一礼する。
「ステラ、大丈夫だった?」
「はい、大丈夫だと思います…。」
何のことやらよくわからなかったので曖昧に返す。
「ご機嫌麗しゅうございます、第二王子殿下。
私がお断り申し上げましたので大丈夫ですわ。」
「そうか、感謝する。」
「身に余る光栄に存じます。」
横から挨拶したアリスがヴァレン殿下に一礼をする。
「ステラ、では一緒に帰ろうか。」
「は、はい…。」
何故か意味深な言い方をしてステラの腰を抱いたヴァレン殿下に、近くにいたクラスメイトは赤面している。
「アリス、また日曜日にね。」
「ええ、楽しみにしているわ。」
慌ててアリスに挨拶をして、ヴァレン殿下と一緒に大聖堂を後にした。
「ヴァレン様、今日はどうなさったんですか…?」
寮の応接室のカウチに腰かけると、横に座ったヴァレン様に今日ずっと聞きたかったことを尋ねる。
「ステラが私の物だとはっきり見せておかないと虫が寄って来そうだったからね。」
「む、虫……」
「ヴィルゴー嬢がいてくれてよかった。ステラは流されやすいから。」
ヴァレン様がやたらと見せつけていた理由が、エスコート相手を求める男子生徒を牽制するためだと知って、ステラは赤面した。
たしかにステラは色々と目立ってしまっている。
面白がって声をかける者も多いのかもしれない。
そういえば、とヴァレン様に聞いてみる。
「あの、ヴァレン様は何か社交のご予定はおありでしょうか。…ヴァレン様のお誕生日以外で。」
「ああ、いくつか入っているよ。
ステラにも来てもらうことになるから、あとで話そう。」
「承知しました。」
近衛魔術師として初めての任務だ。
ステラは憧れていた任務に思いを馳せ、微笑んだ。
「そうだ、ヴィルゴー嬢とどこかに出掛けるの?」
「あ、日曜日、アリスとお買い物に行く約束をしたんです。…勝手に約束してしまい申し訳ありません。」
「ああ、あれはそういう意味じゃなくて、勝手に男の家に行くなと言いたかったんだ。」
「も、申し訳ありません…。」
「わかってくれればいい。
城からヴィルゴー伯爵の屋敷まで馬車を手配しないとな。」
「ひっ…あ、歩いていくので大丈夫です。
お気遣いありがとうございます。」
あんな馬車に一人で乗るなんて考えたくもない。
するとヴァレン様は真剣な顔でステラに言った。
「君を一人で歩かせるわけにはいかない。せめて護衛をつけてくれ。」
「お、お言葉ですが、自分の身を守れる程度の力はございますので大丈夫です。」
ヴァレン様への贈り物を買いに行くのに、ヴァレン様が手配した護衛をつけては本人に筒抜けだ。
どうしようとおろおろしていると、ヴァレン様は呆れたようにため息をついた。
「君はただの近衛魔術師じゃない。
例の話もあるし、何より私の妃になる人間だ。
本来は歩いて外出することなどあり得ない。」
「…申し訳ありません。」
例の「王家の巫女」の話は隠せる限り隠すことになった。
知っているのはヴァレン様の側近と、ステラの父であるアルカニス魔法伯だけだ。
ステラもヴァレン様もなるべく口にしないようにしていた。
誰かステラの力になってくれて、強くて、口の堅い人…レオナルドだ。
レオナルドに一緒に来てもらえば、お許しいただけるだろうか。
「あの、レオ様もご一緒に来ていただければお許しいただけますか?」
「なぜそうなるんだ…。」
ヴァレン様は今度こそ項垂れた。
「他の男を頼るのはやめてくれ。
私が護衛をつけるから、いいね。」
「はい…。」
ヴァレン様に何を言ってもその手から逃れることはできそうもない。
(…護衛を撒くしかないわ。)
ステラは密かに決心をしたのだった。
翌朝、荷造りをしたステラはいつもの応接室で迎えを待っていた。
ヴァレン様も今日からは王城に帰られるので、ホールには同行する者の荷物も積まれていて、さながら引っ越しのようになっている。
(しばらくヴァレン様とも会えないのね…)
ヴァレン様も王城にいらっしゃることもあって、訓練中は社交を除いてステラの出番はなさそうだ。
王国魔術師団の寮に入るので、こうして朝や夜に顔を会わせることもない。
カウチに腰かけて優雅に本を読むヴァレン様の美しい横顔を、しっかり目に焼き付けておこうとじっと見る。
「ステラ、そんなに見つめてどうしたの?」
視線を上げたヴァレン様と目が合う。
「いえ。…あの、しばらくヴァレン様とお会いできないので、その美しさを目に刻んでおこうと思いまして...。」
話すか悩んだが、ヴァレン様に隠し事はできない。
一瞬目を丸くしたヴァレン様は、少し瞳を伏せてから不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ、おいで。」
腕を広げたヴァレン様に赤面する。
正面から見たヴァレン様も完璧にかっこよくて、その腕に飛び込むなんて不敬ではないかと思って目が泳いでしまう。
「え、あ、あ、あの…っ」
「ほら、ステラ、…おいで。」
ヴァレン様の声が胸に響き、ステラはその体に引き寄せられるようにその胸に飛び込んだ。
「いい子だね。」
耳元で声が響き、頭を撫でられると不思議と体の力が抜ける。
ヴァレン様からは胸が高鳴ってしまう甘い香りがして、抱き締められるとその香りで胸がぎゅーっと締め付けられる。
「ヴァレン様、…寂しいです。」
「ステラ、可愛い。大丈夫だよ。」
恐れ多くも一緒にいる時間が当たり前になってしまったから、ヴァレン様に会えないのは全然大丈夫じゃない。
でも、その手で優しく頭を撫でられると本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
「殿下、迎えが参りました。」
扉の外から執事の声がして、ステラはそっと離れようとした。
するとヴァレン殿下に顎をくいっとつかまれ、口付けをされる。
「…んっ、ヴァレンさま…っふ……んん、おむ、かえが…っ」
唇から漏れる水音が周りに聞こえないか気にしてしまって、ステラの心臓は飛び出そうだった。
「ステラが可愛いから行きたくなくなってきた。」
潤んだ瞳から致死量の色気を発するヴァレン様にステラは溶かされそうだった。
なんとかヴァレン様から離れ、息を整えていると、ヴァレン様は何事もなかったかのように立ち上がった。
「じゃあ、行こうか。」
「はい、…ヴァレン様。」
ヴァレン様に手を取られて立ち上がると、ステラはそのまま背伸びをしてヴァレン様に軽く口付けをした。
ヴァレン様が目を瞠って固まっているのを見て、ステラは微笑んだ。
(やっぱり勝負は不意打ちに限るわ。)
と思っていたが、ステラが部屋を出ようとしたところを、今度はヴァレン様に後ろから抱き寄せられてそのまま深い口付けをされた。
よろめきながら玄関を出ることになったので、やはりステラはヴァレン様には勝てそうもなかった。




