27.終業式
寮で一緒に朝食を食べた後、終業式のために大聖堂に向かった。
いつも通り、ヴァレン殿下の一歩後ろからついていこうとすると手をとられて、その手を繋がれたまま歩き出す。
「私の隣に立ってくれるんだろう?」
不敵な笑みを浮かべるヴァレン殿下に、誰かに見られたらどうしようとステラは耳まで赤くなる。
「お、お隣に立つのでお手をお離しください…っ!」
「じゃあここにおいで。」
「…はい。」
渋々ヴァレン殿下の隣に立ってまた歩いていると、レオナルドに声をかけられた。
「おはよう、ヴァレン、ステラ。」
「おはよう、レオ。」
「おはようございますレオ様。
今日で学校もおしまいですね。」
「そうだね。ステラは王城で訓練だよね?
空いた時間があったらうちに来るかい?
母が君に会いたがっていたよ。」
「まぁ。私も久しぶりにお会いしたいです。」
レオナルドのお母君、つまりリュクス公爵婦人とはいわゆるお茶友達のような関係で仲良くしていただいている。
「ステラ、勝手に約束するな。」
「え?!あ、あの、申し訳ありません…。」
「ヴァレン、急にどうしたんだ。」
ヴァレン殿下の側近とはいえ、昨日のことはレオナルドにはまだ伝わっていないだろう。
それでも距離感が変わったことには気付いたのか、訝しげな顔をしてステラを見る。
「ステラ、何かあったのか。」
「あ、えっと…」
「レオ、あとで私から話す。」
「…そうか。」
ステラが口にするなんて恐れ多かったので、ヴァレン殿下から伝えてもらえるようでほっと息をついた。
大聖堂が近づいて他の生徒が増えてくると、やはりヴァレン殿下の隣に立っていることが恐ろしくなってきて、じわじわと距離を取る。
やっと落ち着く距離になったと思ったら、再びヴァレン殿下に手を取られた。
「ステラ。隣に。」
ぐっと引き寄せられてそのまま腰を抱かれ、耳元で囁かれる。
くすぐったくて身を捩るとちゅ、とステラの額に口付けをする。
その姿を見たレオナルドは、信じられない、というような顔でヴァレン殿下を見た。
視界の端に映る生徒も皆こちらを凝視している。
「ヴァ、ヴァレン殿下、皆が見ています。」
「そう。もっとわかりやすくしてもいいかもね。」
今まで通り過ごすものだと思っていたステラは慌てて離れようとする。
でもヴァレン殿下は大聖堂に入るまで、ステラの腰に回した腕を緩めることはなかった。
「ス、ステラ…見てしまったんだけど…何があったの?」
朝から注目を浴びてしまい大聖堂の椅子で縮こまっているステラの横にアリスが来て声をかけてくれた。
「わ、私もわからないの…。」
婚約は卒業後だと言ったのに、敢えて見せつけるようなヴァレン殿下の意図が本当にわからない。
「そう…。あんなに甘いお姿を朝から見せつけられて鼻血が出そうだったわ。」
「な、なんかごめんなさい…。」
周りからどんな目で見られているんだろうと考え、ステラは背もたれに隠れるようにまた縮こまった。
「これより首席学生の表彰を行う。
呼ばれた者は壇上へ進みなさい。」
終業式の終盤、相変わらず椅子で縮こまっていたステラは、予想外のイベントに驚いて椅子からずり落ちそうになった。
横でアリスが心配そうに見ている。
「一年生、ステラ・アルカニス。」
「…はい。」
もうこれ以上、注目を浴びるのは勘弁してほしいと思っていたが、ヴァレン殿下の近衛魔術師としてヨレヨレで行くわけにも行かないので気力を振り絞って歩く。
一年生は一番後ろの席に座っていたので、祭壇に行くまでの間に先輩方の視線を感じて居たたまれなくなった。
「四年生、ヴァレン・レクス。」
「はい。」
ヴァレン殿下の氷のような声が響き、ステラはビクッと肩を震わせる。
殿下は慣れたように壇上に立った。
間に二人いるとはいえ、入学式以来初めてヴァレン殿下と一緒に祭壇にいることに緊張した。
順番に首席の徽章をもらい、壇上でそれぞれ自分のローブに留める。
そういえばヴァレン殿下やレオナルドの胸にもたくさん徽章がついていた、と思い出した。
ステラがもたもたと留めていると、横から手が伸びてきて、目を瞠った。
見上げると、ヴァレン殿下がその手で徽章をステラのローブにさっと留めてくれた。
目が合ったステラに微笑むと、そのまま手を取られて階段を下りた。
祭壇から下りると手を離されたので、ステラは胸に手を当てて一礼してから逃げるように席に戻ったが、会場はざわついていた。
ステラが呆然としながら席に座ると、アリスも驚愕の表情を浮かべていた。
終業式が終わると、皆その場でクラスメイトとの暫しの別れを惜しんでいた。
ヴァレン殿下はレオナルドと先に退出していたので昨日のことを話されるんだろうと思い、ステラはその場に残った。
話題の中心は社交界だった。
皆、社交シーズンのほとんどを学院で過ごしているので、残っているイベントにどれだけ参加できるかが勝負らしい。
学年を問わず、男子生徒が女子生徒を誘う姿があちこちで見られた。
王国魔術師団の訓練に参加するステラには縁がなさそうだったが、ヴァレン殿下も社交に参加されるのなら護衛をすることになると思って情報に耳をすませていると、アリスに話しかけられた。
「ステラは、第二王子殿下のお誕生日の舞踏会はもちろん行くのよね?」
「ヴァレン殿下のお誕生日?」
「まさか知らないの?」
ステラは王都の社交に本当に疎いのだ。
「七月を締めくくる大イベントよ。
第二王子殿下のお誕生日をお祝いして、王城で舞踏会が開かれるの。」
「そうなのね。私、王都の社交にまともに参加したことがないから知らなかったわ…。」
「また二人の甘い姿を見られるのを楽しみにしているわ。」
「まさか。特に殿下からお話はないし、きっと今度こそ護衛よ。」
ステラは先ほどのヴァレン殿下を思い出して赤面しながら答えた。
今回はヴァレン殿下が主役のようだし警備には人手が必要だろう。
ステラは参加している場合じゃなさそうだと思った。でも…。
「アリス、私、ヴァレン殿下に何かお渡ししたいのだけど本当に王都に疎くて。
お買い物に付き合ってもらえないかしら。」
「あら、贈り物ね!いいわよ、私に任せて。」
「ありがとう、アリス。今度の日曜日にアリスのお屋敷で待ち合わせてもいいかしら。
私、王城で泊まり込みだから…。」
皆王都のタウンハウスに帰るのだろうが、ステラは訓練とヴァレン殿下の護衛のため、王城にある王国魔術師団の寮に泊まり込むことになっている。
「もちろん。待っているわ。お仕事頑張ってね。」
「ありがとう、アリス。」
アリスの優しさに感謝して手をブンブン振ってお礼をしていると、前から数人の上級生がやってきた。
「いや、あれを見せられといて行くのか?」
「ステラ嬢は困ってたし、もしかしたら俺にも入り込めるかもしれないだろ。」
そう話すのはたしかニ年生の首席の男子生徒だ。
「ステラ・アルカニス嬢。
ニ年生のモーリス・デドモンドです。
入学式で君を見て、話したいと思っていたんだ。」
「ご、ごきげんよう、デドモンド先輩…。」
「この夏、お時間があれば僕と一度でも舞踏会に行っていただけませんか。」
ステラは予想外の申し出に驚いて目を丸くする。
「あ、あの…私、王国魔術師の任務があって…申し訳ありません…。」
「では、休日にお茶にいきましょう。」
「わ、私とですか?」
話したこともないのにぐいぐい来られてびっくりしたが、上級生を無碍に扱うこともできない。
おろおろしているとアリスが助けてくれた。
「先輩、失礼ですがこちらは第二王子殿下に連れられて国王陛下にご挨拶されたお方です。
命が惜しければお止めになった方が賢明ですわ。」
「こっ、国王陛下に…それは失礼。忘れてくれたまえ。」
デドモンド先輩は取り巻きと一緒にそそくさと大聖堂を後にした。




