287.守りたかった約束★
★流血描写あり
シャッと音がして、目の前を何かが横切った。
「…っ、他にも、近衛がいたか。」
見るとジャテーンの胸に一本の矢が刺さっていた。
ステラの結界を破ったということはメーデンかアーノルドが、王国騎士にしか使用を許されていない、魔法を切り裂く矢を放ってくれたのだろう。
よく気配を探ると、ステラの上空、《全ての魔術を無効にする》結界の上に誰かが四人立っているのがわかった。
姿を見る余裕はないけど、これほど近くで応援してくれている人がいると思うと涙が出そうになった。
すると、再び結界が小さく切り裂かれたのがわかった。
ステラは背後から飛んでくる矢の軌道を読みながら、剣を両手で握り締めてジャテーンに斜めに斬りかかった。
ジャテーンがステラの動きに気付いて剣を振りかぶったのと、背後から飛んできた火のついた矢がジャテーンの左胸に突き刺さったのは同時だった。
「おのれ……っ! 」
ジャテーンが叫んだのと同時にステラの剣がジャテーンを袈裟斬りにした。
同時に、力を失ったジャテーンの剣がステラの右肩を斬り裂いた。
鋭い痛みが走るが、致命傷にはならないだろう。
ステラはすかさず正面からジャテーンの心臓を狙って剣を突いた。
ジャテーンの闇のように暗く黒い瞳が見開かれた。
ステラが静かに剣を引き抜くと胸から血が吹き出した。
ジャテーンはそのまま背中から地面にどさっと倒れ、その手から剣がこぼれ落ちた。
ステラは剣を鞘に仕舞うと、失血と酸欠で倒れ込みたくなる足をどうにか奮い立たせて、燃え盛る林をひたすら走った。
林を囲む巨大な結界を維持するのに魔力が持っていかれていて、外に《転移》することができなかったのだ。
頭がくらくらしてどこを走っているのかわからない。
熱風でうまく呼吸ができなくて、吸っているのか吐いているのかもわからない。
主君との約束を守りたいけど、足が思うように動かない。
もう倒れる、と思ったとき、誰かがステラの両脇を抱えた。
「王太子妃殿下、あなたは死んではならない。」
「姫様!しっかりしろ!!」
「部隊長…、カール……っ…」
大切な仲間が、助けに来てくれたのだ。
剣で結界を切り裂いて入ってきたのだろうが、意識が朦朧としていてそんなこともわからなくなっていた。
二人とも血まみれではあったが、自分の足で歩いていたのでほっとした。
二人に抱えられるようにしてステラが張った結界の壁まで来ると、外から結界が切り裂かれた。
「王太子妃殿下…」
「よくぞお戻りに…!」
近衛騎士のメーデンとアーノルドの声がしたのと同時に、耳から父の声がした。
『ステラ、お前の結界の上から私が結界を張った。結界を《解除》できるか?』
「お父様…、承知、しました……」
どうにか返事をして、力の出ない腕で杖を振って自分の張った結界を《解除》した。
意識が朦朧とする中、部隊長とカールに抱えられながら父の結界を見つめていると、何かに引き寄せられるようにじわじわと範囲を狭めているのがわかった。
ステラからは結界を視認できなくなったが、父が何をしているのか聞く余裕はなかった。
荒い呼吸を必死に整えていると、目の前で鎧の音がした。
「王太子妃殿下、尊きお体に触れることをお許しください。」
どうにか目を開けると、メーデンが跪いて頭を下げていた。
「メーデン、守ってくれて…ありがとう……」
「王太子妃殿下…っ!当然のことにございます。ご無礼を失礼します。」
メーデンが顔を上げると瞳から涙が溢れていた。
自分のことをこんなにも心配してくれるのが嬉しくて、ステラは静かに微笑んだ。
部隊長がかけてくれた治癒魔法で血の止まった切り傷を、メーデンが手早く包帯を巻いて圧迫してくれた。
どくどくと早鐘のように打っていた鼓動が少し落ち着くのがわかった。
相変わらず呼吸をする度に苦しくて喉が痛いけど、失血で死ぬことはなさそうだとわかったら気が抜けた。
ポツポツと雨が降ってきて、雨粒が熱風に当てられた皮膚に冷たく染みると心地がよくて目を閉じた。
「おい、寝るな。」
よく知っている声がして、ステラは再び目をこじ開けた。
「ステラ、よく頑張ったな。」
「お父様…。」
金髪をオールバックに束ねた父がいつものように鷹揚に微笑んでいた。
「ジャテーンは…」
視界から消えた結界が気になって、ステラは父を見上げて聞いた。
雨でわからなかったが、よく見ると父の瞳に涙が滲んでいた。
「私が結界の中で燃やし尽くした。灰も残らなかったが、これは奴の物だな?」
父は片手に持っていた煤だらけの剣を差し出した。
ジャテーンがステラを斬って、最期に手放した剣だった。
「はい。間違いありません。」
「そうか。お前の勝利の証だ。よくやった、ステラ。」
そう言うと父は膝をついて、カールと部隊長に抱えられたままだったステラの背中を持ち上げて優しく抱き締めた。
安心する香りに包まれて、ステラはまた気が抜けて眠ってしまいそうになった。
「ステラ、起きろ。」
「お父様…、私もう……」
「寝たらだめだ。」
父がステラの体を揺するが、喉が痛いし斬られた傷もじんじんと痛む。
現実から逃れたい脳がステラを眠りの世界に引きずり込んでいる気がした。
そのとき、ステラを現実に引き戻す声がした。
「ステラ…っ!」
聞こえるはずのない声がしたのと同時に、父が横にさっとずれた。
そして、目映く輝く白銀の髪が目に飛び込んできた。
「…ヴァレン…様……?」
ここにいるはずのない濃い金色の瞳と目が合うと、あっという間にその腕の中に抱き込まれた。
「ステラ。よかった。生きていてくれた。」
胸がぎゅーっとなる甘い香りがして、ステラは急激に意識が覚醒した。
「ヴァレン様、どうして…」
「君が戦うと報せを受けてすぐに城を出た。生きていてくれて本当によかった。」
ステラの頬を雨ではない温かいものが伝ってふと視線を上げると、濃い金色の瞳から大粒の涙が溢れ落ちていた。
こんなにも尊いお方がまさか自分のために涙を流して下さっているのかと思うと信じられなくて、ステラは怪我をしていない左手でヴァレン様の頬に伝う涙を撫でた。
「泣いてくださるのですか…?」
「当たり前だ。君を失うかもしれないと思ったら…っ…。
ステラ、命令を守ってくれてありがとう。」
またその瞳から涙が溢れ落ちるのを見て、ステラも嬉しくなってぽろぽろと涙が溢れてきた。
「約束を、お守りしたかったんです。」
ステラからすれば命令でもあり、約束でもあった。
尊い主君から出された命令であり、愛しい人との約束だったからだ。
「ステラが私の近衛で、私の妃で、本当によかった。君は私の誇りだ。」
「ありがとう、ございます…」
ステラもヴァレン様の近衛で、妃でよかったと思ったけど、いよいよ眠気に勝てなくなって言葉が続かなかった。
「ステラ?起きて。眠ってはだめだ。」
ヴァレン様の慌てた声が聞こえてきたけど、心地よい眠気に抗うことはできなかった。
ジャテーンの真っ暗な瞳のように深い深い暗闇がステラを引き込んで、全てを忘れて深い眠りについた。




