286.身を挺して★
★流血描写あり
ジャテーンはどうなったのか。
今の一撃で多少なりともダメージを与えられていないのなら、戦局はかなり厳しくなるだろう。
その答えは砂埃の収まった練習場の大穴の真ん中にあった。
「…面白いのう。」
囁くような口調なのに不思議と耳に響いてくる声がしてステラは目を瞠った。
大穴の真ん中に押し付けられたように這いつくばっていたジャテーンがむくりと起き上がった。
頭から足まで血塗れで常人なら立っていられないような大怪我を負っているのに、ジャテーンは自分の足で立ち上がった。
「これほど長く生きて知らぬ魔法があるとは。そなたらは二百年経っても私を飽きさせぬな。」
何が面白いのか、不快な高笑いが練習場に響いた。
すかさず父がまた《王族の敵を捕らえる》魔術で地面に押し付けた。
「そなたらの魔法では私を殺せぬ。二百年前もそなたらは私を取り逃がしただろう。」
ドゴォォンという轟音と共に父の雷がジャテーンを貫いた。
直撃を受けたジャテーンの体が不気味に跳ね上がった。
だが、ジャテーンはそれでも体を震わせて笑っていた。
『奴の言う通り魔法では死なないな。剣で斬るか火炙りにするしかなさそうだ。』
ステラは父の言葉を聞きながら、眼下で燃え盛る林を見つめていた。
ステラが一年生のときに切り刻んで丸太や切り株がそのままになっていた林には若木が芽吹いていたが、それも先程の隕石の衝突を受けて燃え上がっていた。
「師団長、私が囮になってジャテーンを林に導きます。ジャテーンが林に入ったら結界で魔法を封じます。剣でジャテーンと戦えば勝機はあります。」
ステラはジャテーンの攻撃が不気味なほど自分にしか飛んでこないことに気付いていた。
ジャテーンはステラさえ殺せればいいのだ。ステラが林に逃げ込めばジャテーンも追ってくるだろう。
剣で勝てなくとも結界を維持して《転移》を防げればジャテーンも一緒に焼け死ぬ。
捨て身の作戦だが、ステラの命と引き換えにジャテーンを救えるのならばそれでもいいと思った。
『ステラ、だめだ。お前がいなくなっては王家の継承が途切れる。』
「国王陛下はまだお妃様を迎えられる御年です。王太子殿下もお立場をわかっておられます。私の代わりなどいくらでもいます。」
ステラはジャテーンが立ち上がるのを見ながら父に答えて、早速自分の身を林の方向に移した。
父からは何も返事が返ってこなかったが、止められることもなかった。
暫くジャテーンと攻撃魔法の応酬をしていると、また耳元で声が聞こえた。
『ステラ、聞いたよ。』
戦場に似つかわしくない麗しい声がして、ステラは思わずビクッと震えた。
「ヴァレン様、申し訳ございません…」
『そなたは誰の物だ。』
何を言われても行くつもりだったので先に謝ると、今度は耳元でしか聞こえていないのに不思議と胸に響く声がした。
「…ヴァレン様の物です。」
『ならば、必ずこの手に戻れ。勝手にいなくなることは許さぬ。』
ステラは思わぬ命令に思考が一瞬停止した。
「《盾よ、我を護れ》」
飛んできたジャテーンの攻撃を反射的に防いだが、ステラは耳元で聞こえている声と予想もしなかった命令が信じられなくて目を見開いて固まっていた。
『私の命令を守れるな?』
「はい、王太子殿下。」
今度は反射的に返事をしてしまった。
近衛として、主君に逆らうことはできない。
主君の手に帰れという命令を、ステラは絶対に守らなければならない。
返事をしてしまった以上、ステラに逆らうことなど出来なかった。
「必ず生きて王太子殿下の元に帰ります。どうかお心安らかにお過ごしください。
《転移せよ》」
命を賭けて守るつもりの最後の約束を耳の魔道具に告げて、ステラは身を移した。
燃え盛る林の上空に《転移》したステラをやはりジャテーンは目ざとく見つけて攻撃を仕掛けてきた。
「《盾よ、我を護れ》」
襲ってきた魔力の塊を盾で防いだ。
「そなたは今日私が殺す。」
ジャテーンの声が響いて、ステラに向かって鋭い光の刃を無数に放った。
「《訪れし災厄を打ち払い、我を護れ》」
ステラは防御結界で凌ぐが、すぐに亀裂が走った。
幾重にも結界を張り巡らしてどうにか致命傷は防いだが、最後の結界も通過した刃がステラの皮膚を割いた。
ジャテーンが本気を出したのだ。
やはり魔法勝負では勝てそうもない。
今はステラしか攻撃していないが、このままだと、ステラを殺す邪魔をする父や部隊長を殺そうとするのも時間の問題だと思った。
「お父様、行って参ります。
《転移せよ》」
また耳の魔道具に話しかけて、ステラは燃え盛る林の中に《転移》した。
「逃げ惑っても無駄だ。二百年待ったのだ。お前を殺すまでこの地を離れぬ。」
ジャテーンの姿は見えないけど、声はすぐ近くで喋っているように耳に響いてきた。
『…ジャテーンが林に入った。ステラ、必ず生きて帰れ。』
父の声が耳元で聞こえたのと同時にステラは詠唱した。
「《全ての魔法から我を護れ》」
巨大な結界で林を囲むと、急に炎の熱とむせ返るような煙を感じた。
これでジャテーンは魔法を使えなくなったはずだ。
早く決着をつけねば、ジャテーンが死ぬ前にステラが死んで結界が《解除》されてしまう。
「お前こそ逃げ惑っていないで出てくるがよい。魔法がなければ私と戦えぬのか?」
ステラが叫んで挑発するとどこかから高笑いが聞こえた。
「そなたは私と共に焼け死ぬつもりか。そなたが煙で死ぬ方が早いだろうな。」
ステラは感覚を研ぎ澄ませた。
魔法を使えなくなっているはずだから、木陰に身を隠すことしかできない。
必ずどこかに気配がある。
目を閉じて感覚に集中すると、声が聞こえた方向に僅かに違和感がある場所があった。
林にあるはずのない殺気を確かに感じた。
ステラは剣を抜いて殺気のある方向に駆け出した。
「ジャテーン、出てこい。私と戦え。」
殺気を感じる木の裏に回り込んで斬りかかると、カキィンという金属音と共に腕に痺れが走った。
「そなたは剣も使えるのか。面白い。」
ジャテーンも懐から剣を抜いてステラの剣を受け止めていた。
近くで見るジャテーンは血塗れで化け物のような風体で、目だけがギラギラと殺気を放っていた。
血塗れではあったが、既に出血は止まっているようなので本当に化け物なのかもしれない。
ステラが剣を引いてまた斬り込むと、ジャテーンがステラの剣を弾き、逆に斬りかかってきた。
またカキィンという音が響いて剣を受け止める。
並の近衛騎士に匹敵する実力はありそうだが、ステラはもっと重い剣を知っている。
(互角だわ。ヴァレン様には勝てたことはないけど、これならもしかしたら…。)
戦いながら隙を探るが、ステラが突ける程の隙はなかった。
ステラは胸の中に過る考えを必死で打ち消していた。
(相討ち覚悟なら……)
でも、主君の命令を守れないなんて近衛失格だ。
ステラは願いが叶うのなら、ヴァレン様の近衛として死にたかった。
戦ううちに、燃え盛る木々から迫る熱風と肺に流れ込んでくる煙で意識が朦朧としてきた。
(早く決めなければ…もう、相討ちしかないわ。)
ステラはぐっと剣を握り、自分の防御は捨ててジャテーンを斬ることだけを考えて一歩踏み込んだ。




