285.強大な魔力
「《敵を現せ》」
ステラは詠唱しながら自分の魔力を全力で解放した。
魔力を広げるようにして学院を囲む白亜の壁の辺りまで延ばしたとき、とてつもなく強大な魔力の気配を感じた。
ステラはすかさず耳の戦闘部隊用の魔道具に声をかけた。
「戦闘副部隊長から師団長へ。ジャテーンは校門まで迫っています。急いでください。」
「ステラ。もういるよ。」
「ひゃああ!」
ステラの背後に父と戦闘部隊長が音もなく立っていて、ステラは驚いて崩れ落ちた。
「戦闘は始まっている。腑抜けるな。」
「も、申し訳ございません、師団長。カールは学生の避難に当たっています。」
「承知した。魔術師達は校舎の防御に当たらせる。ジャテーンは我々で仕留めよう。」
「「承知しました、師団長。」」
父は早速魔道具に連絡を入れた。
「師団長から戦闘部隊へ。カールが生徒を避難させている。ジャテーンは幹部で仕留めるからお前達は校舎と学生の防御に専念しろ。
カール、お前は学生の避難が終わったら校舎の屋上から我々の防御に当たってくれ。」
『承知しました、師団長。』
「私と副部隊長は《転移》しながらジャテーンを狙う。部隊長は地上から隠密にジャテーンの隙を狙え。」
「「承知しました、師団長。」」
父と打ち合わせをしていると、近衛騎士が駆け寄ってきた。
「王太子妃殿下、我々もお守りします。」
今日の近衛はメーデンとアーノルドだ。
戦場を一緒に経験している二人がいてくれるのは心強かったが、手出しはせず安全なところにいてほしいのが本音だった。
すると、父が二人に命じた。
「騎士団長から聞いているだろう。ジャテーンの攻撃は近衛の剣では防げない。お前達は身を隠せ。」
「恐れながら、我々の主君は王太子殿下です。殿下より、妃殿下をお守りするよう命じられています。」
言い合っている時間はない。
ステラは妥協案を提案した。
「ではあなた達は身を隠しながら私の援護をして。
ジャテーンはその剣や矢の攻撃には弱いはずだから。 」
「…承知しました、王太子妃殿下。」
二人を巻き込むわけにはいかなかったが、身を隠してもらうにはこう命じるしかなかった。
話している間に強大な魔力がゆっくりと不気味に迫ってきているのがわかった。
父を振り向くと頷かれたので、ステラは上空に隠密に《転移》して身を隠した。
ステラは上空から、黒いローブを纏ったジャテーンがゆっくりと練習場に向かってくる姿を見ていた。
ゆったりと歩いてくるその姿は確かに皇族らしい気品があったが、ジャテーンが纏う魔力は今までに感じたことがないほど強力で、どの国の魔術師からも感じたことがない異質な気配を持っていた。
練習場には今となっては誰の姿もなかったが、ジャテーンは何かが見えているように練習場の真ん中に進み、そしてステラが潜んでいる上空を見上げた。
目が合う前にまた隠密に《転移》したが、やはりジャテーンはステラが見えているかのようにステラの方をじっと見つめた。
その顔は二百年生きているなんて思えないほど若々しくて、帝国の皇太子殿下の曾祖父の曾々祖父どころか、兄と言っても信じるほどだった。
「貴方が王太子妃殿下でしょうか。話に聞いていたのとは違う姿だが。」
不思議な響きの声で話しかけられて戸惑った。会話をした方がいいのだろうか。
迷っていると耳の魔道具から父の声がした。
『ステラ、指輪を外せ。恐らく戦闘が始まるから構えろ。』
ステラは息を整えてから、杖を手に持って、右手の中指に嵌めていた指輪を外してローブのポケットに仕舞った。
「ジャテーン様、私に何の御用でしょうか。 」
ステラが姿を現すと同時にジャテーンから帝国の邪悪な魔法が飛んできたので、広げていた自分の魔力を圧縮して引き戻した。
ステラの圧縮された魔力でジャテーンの魔法が消し飛ぶと、その不気味なほど若々しい顔にぞっとするほどおぞましい笑みが浮かんだ。
「貴方はやはり私の宿敵の生まれ変わりのようだ。二百年、貴方を滅ぼしたくてしょうがなかった。」
再びステラを狙って邪悪な魔法が飛んできたので魔力で打ち払い、杖を構えた。
そのとき、大地からゴォォっという音と共に膨大な魔力が湧き上がってきた。
見たこともない魔法に驚愕していると、強大な魔力の塊が自分に向かって飛んできた。
「《転移せよ》」
身を移して避けたが、なぜか自分を追いかけるように急旋回してまた迫ってきた。
どうすればいいのかわからなくてとりあえず防御結界を張ろうとしたとき、同じくらい強大な魔力の盾がステラの前に立ちはだかった。
魔力の塊は盾にぶつかって霧散した。
姿は見えないけど、父が守ってくれたのだとわかってステラは腑抜けるな、と自分を叱咤した。
「近衛もいるのか。懐かしいのう。」
地上から声が聞こえてきて、再び謎の魔力がステラを襲ってきた。
「《光の刃よ、敵を切り裂け》
《盾よ、我を護れ》」
とりあえずの攻撃魔法を詠唱しながら、父がやってくれたように魔力の盾で自分を守った。
だが、今度はステラが放った魔法とは比べ物にならないくらい無数の光の刃がステラを襲ってきた。
「《訪れし災厄を打ち払え》」
ステラの磨き上げた防御結界が身を守ってくれている間に、父と部隊長がジャテーンに攻撃を加えるのが見えた。
父が使った《王族の敵を捕らえる》魔法でジャテーンが驚いたような顔でひれ伏したと思ったら、その姿がふっと消えた。
『隠密魔法だ。まだ地上にいる。』
父の声が耳元で聞こえた。
ステラは父との訓練を思い出しながら地上に感覚を研ぎ澄ませると、真ん中に僅かに人の気配を感じた。
ステラも研ぎ澄ませればわかるということは父よりは精度が低いのだ。
「《鋼の刃よ、敵を捕らえよ》」
駄目元で詠唱した魔法はやはり途中でジャテーンの防御に阻まれて霧散したが、魔力の発信源が低いのでまだひれ伏しているのだろうとわかった。
父もそれがわかっているようで、練習場の地面がひび割れて大きな深穴が開いた。
また気配が消えたと思ったら、先程のように大地から地鳴りがして不思議な魔力が湧き上がってきた。
また来る、と思って構えたとき、背後から強大な魔力を感じた。
父の盾がステラを守ってくれたが、ジャテーンはもしかしたら上空にいるのかもしれないと気付いて慌てて《転移》した。
『ステラがいた辺りにいる。』
父の声が耳元で聞こえたのと同時に、強烈な雷が何発も上空から降り注いできた。
恐らく父とステラをかわしてジャテーンに打ち付けたのであろう雷は部隊長の物だ。
『もっと上空に移動した。』
「《訪れし災厄を打ち払い、我を護れ》」
父の声が聞こえたのと同時に、上空から強力な衝撃波が降ってきた。
攻撃は結界で防いだけど位置を悟られてしまって、次は魔力の塊が飛んできた。
「《盾よ、我を護れ》」
防戦一方でこのままでは消耗戦になりそうだと危惧していたら、また耳元で声がした。
『ステラ、私が奴を押さえ込む。「破滅の魔法」を使え。死にはしないかもしれないが無傷ではいられないだろう。』
「ですが、それでは地上に被害が…」
地上には部隊長と近衛騎士がいるし、下手したら校舎にも被害がでるかもしれない。
『私と騎士のことは気にするな。自分の身くらいは守れる。』
『校舎はこちらに任せてくれ。』
ステラの不安を見透かしたような部隊長とカールの声がした。
「承知しました。」
ステラが返したのと同時に、上空から強力な魔術が放たれた。
《王族の敵を捕らえる》魔術と何かの魔術が組み合わされたその魔術は、ステラの体までも地上に押し付けられるのではないかと思うほど強力だった。
ステラは天に向かって腕を掲げた。
杖を握る右腕に煌めいているヴァレン様からいただいた星のブレスレットを見て、意を決して詠唱した。
「《天に宿りし星の力よ。地上に降り注ぎ、敵を滅ぼせ》」
瞬く間に空が暗くなり、満天の星が瞬いた。
一際大きな星が流れ星のように尾を引いてきらめくと、そのまま巨大な隕石となって地上に降ってきた。
遥か上空からゴォォという音と共に隕石が近づいてきたのがわかり、ステラも自分に結界を張った。
隕石は轟音を立てながら地上に迫って、ドゴォォンと物凄い爆発音がして練習場に衝突した。
同時に衝撃波が自分を守る結界を襲い、結界に亀裂が走ったので内側にも何重か結界を張り巡らせた。
最後の結界にピキッと亀裂が走って直そうと思ったら、砂埃が収まっていくのが見えた。
『皆、無事か?』
父の声がして、ステラは心臓をばくばくさせながら皆の返事を待った。
『…部隊長、負傷しましたが、無事です。』
『同じく負傷しましたが、校舎内は無事です。』
「戦闘副部隊長、無事です。」
部隊長は地上にいたのだから生きている方が不思議だ。
二人の声を聞いてほっとして力が抜けかけたが、まだ戦闘中だと思い出して感覚を研ぎ澄ませた。




