283.迫り来る敵※
※軽いR15注意
父の訓練はその後もほとんど毎日続いた。
連日父の魔術を見ているとなんとなくだが父の考えが読めるようになり、明確な気配は掴めなくともどんな魔法を繰り出してくるのかはわかるようになってきた。
「姫様が師団長と互角にやり合っていて驚いたよ。よく攻撃が分かるな。俺には師団長がどこにいるのかさっぱりわからない。」
「なんとなくよ。私も師団長がどこにいるのかはわかっていないの。でも嬉しいわ。ありがとう。」
「お、気が利くな。」
今日は戦闘部隊の皆が訓練の見学に来ていて、ステラは父との訓練の後そのまま戦闘部隊の訓練に参加した。
ディーンがステラの背中をバンバンと叩いて褒めてくれたので、ステラは嬉しくてディーンのタオルをかちこちに凍らせてあげた。
「そのジャテーンってやつはそんなに強いのか?」
「私や師団長の魔力よりも強い魔力を持つって、ジャテーンを見た罪人が言っていたわ。」
「それは化け物だな。師団長よりも強い魔術師なんて見たことがない。」
エメリックが神妙な顔をしたので、ステラはもしかしたら勝てないかもしれない、と一瞬脳裏を過った考えを慌てて打ち消した。
「…本当に化け物なのかもしれないわね。
でも生きてるんだから死ぬ方法もあるわ。」
「そうだな。部隊が近くにいるときに襲ってくれればいいんだけどな。
姫様が学院にいるときに襲われたら、駆けつける間に戦闘が終わっていそうだ。」
「私も、いっそのこと王城に侵入してきてくれないかと思っているわ。無理でしょうけど。」
ステラはディーンの言う通り、学院にいるときに襲われるのが一番怖いと思っていた。
王城ならばほとんどが父の強固な結界の範囲内だから父が許した者以外はまず侵入するのが不可能だが、もし侵入されても近くの建物に避難すれば安全だ。
一方、学院は校舎の中以外は結界が張られていない。
生徒を守りながらジャテーンと一人で戦うのは不可能なので、せめてカールが近くにいるときであってほしいと思っていた。
その時、耳の部隊長の連絡用の魔道具から声がした。
『諜報部隊長から師団長へ。ジャテーンと思われる帝国の者が入国する模様です。偽名で王都の宿を予約しています。どのようにいたしましょうか。』
『師団長から諜報部隊長へ。いつの予約なのだ。』
『明日からです。長期で滞在する予定だとか。』
『師団長から各部隊長へ。今すぐ幹部会議を開く。本部に集合せよ。』
『戦闘部隊長、承知しました。』
「戦闘副部隊長、承知しました。」
「姫様、何かあったのか?」
「ジャテーンが入国するみたい。明日から王都に滞在するらしいわ。」
エメリックに答えると、ディーンとエメリックが顔を見合わせた。
「皆にも伝えといてもらえる?私は幹部会議に行ってくるわ。」
「ああ。…どうかお命を大切にしてください、王太子妃殿下。」
ディーンが突然恭しく言ったのでからかわれているのかと思ったら、その目は真剣だった。
「大丈夫よ。お父様の娘だもの。戦いには負けないわ。」
「頼もしい姫様だ。」
今度はエメリックが笑ったので、ステラも笑顔でその場を去った。
◇◇◇
会議室に行くと、既に父と戦闘部隊長の姿があった。
「ジャテーンがついに来るんですね。」
「ああ。副部隊長の警備体制も考えないといけないな。」
二人に敬礼してから戦闘部隊長の元に駆け寄ると神妙な顔で言われた。
「…私のために警備してもらうのは申し訳ないです。」
「お前のためだけじゃないぞ。お前の命を守ることは国の安泰にも繋がるからな。」
ステラが恐縮していると父も真剣な顔で言ったのでいたたまれなくなった。
「戦闘部隊を師団長の屋敷と学院に配置しましょうか。」
「それがいいかもな。戦闘体制を取っておいたほうがいいだろう。」
皆が自分のために配置されるなんて申し訳なさ過ぎて消えたくなったが、父に言われた手前文句など言えなかった。
話しているうちに他の幹部も集まってきて、最後にカールが息を切らして会議室に入ってきた。
学院から馬にでも乗ってきたのだろうが、それにしても速いので驚いた。
でも、そういえばカールも転移魔術を使えると言っていたので王城内では《転移》したのかもしれないと思い至って勝手に納得した。
「揃ったな。ジャテーンがついに動いた。諜報部隊長、詳細を報告せよ。」
「はい、師団長。」
諜報部隊長の報告によると、定期的に行っている宿の宿泊者名簿の確認で不審な人物が浮かんだので確認したところ、帝国の皇族であることがわかったらしい。
「皇族が入国するのならば帝国側から通知が来るはずですが、該当する者はいませんでした。
帝国の宮殿にも大きな動きはありませんので、その者が国とは別に独自に動いていることは間違いありません。
このことから、ジャテーンが入国すると踏んでいます。」
「間違いなくジャテーンだろうな。宿を取るとは驚いたが、奴が考えていることをこちらの常識で捉えようとするのは愚鈍だろうな。」
父が顎に手を当てて難しい顔をした。
「とりあえず、昼間は学院に、夜は私の屋敷に戦闘部隊を配置する。部隊を半数に分け、戦闘体制を整えよ。」
「承知しました、師団長。」
先程話していたことは本決まりのようだったのでステラは俯いた。
「戦闘副部隊長、腑抜けるな。
お前一人の命を守っているんじゃない。私たちは国を守るために動いているんた。
お前にそのような態度は許されない。」
すぐに父に咎められて、ステラははっとして姿勢を正した。
「申し訳ございませんでした、師団長。」
たしかに王族がこのような軟弱な態度では駄目だ。ステラはどうにか気持ちを切り替えて、俯くのはやめた。
「ジャテーンは間違いなく王太子妃殿下を狙う。そのために王太子殿下や他の王族方を狙うのか、直接本人の前に現れるのかはわからない。
警備部隊は他の王族方の警護体制も至急整えよ。」
「承知しました、師団長。」
「管理部隊は諜報部隊と共にジャテーンの動きを追え。諜報部隊長、管理部隊長、ジャテーンに動きがあればすぐに知らせよ。」
「「承知しました、師団長。」」
父が次々に指示を出していくのを、ステラは表情を変えずにただ淡々と聞いた。
再び戦闘部隊は昼夜の二交代制になり、昼部隊は学院に、夜部隊はアルカニス魔法伯邸に配置されることになった。
そして、皆は外していてカールとの連絡用になっていた耳の魔道具も再び身に付けることになった。
再び戦いが始まったことを実感して、ステラは自分の心から感情がなくなっていくのがわかった。
その日の夜から早速戦闘部隊と行動を共にすることになった。
夜、ベッドに入るとやっぱり申し訳ない気持ちが込み上げてきて、ステラは耳の魔道具に魔力を込めて話しかけた。
「ヴァレン様、起きていらっしゃいますか?」
『ステラ、無事でよかった。私から連絡しようかと思っていたんだ。』
その声を聞いて、情報の早いヴァレン様は全てご存知なのだと悟った。
「…私、自分のために多くの人に動いてもらっていることが申し訳なくて堪らないんです。」
常に多くの人を引き連れて歩いているヴァレン様に言っても伝わらないかもしれないと思ったが、ステラには他に弱音を吐ける相手はいなかった。
『ステラ、私の元に来られる?』
「え?」
『眠る時は帰っていいから。今のステラを抱き締めたいんだ。』
「ヴァレン様…。」
耳に響く温かい優しい声に、ステラは心を決めた。
「《転移せよ》」
「ひゃっ…」
どさっとお尻から落ちたが、温かい体温を感じてヴァレン様が受け止めてくれたのだとすぐにわかった。
「ステラ、来てくれてありがとう。」
先程まで耳で響いていた声が、今度は直接胸に響いて聞こえた。
「ヴァレン様。お会いしたかったです。」
ステラはヴァレン様の腕の中でその体にぎゅっとしがみついた。
「ステラは何も悪くないよ。私がステラを勝手にこの地位にしたのだから。」
ヴァレン様がステラの左手の薬指に口付けたのを見て、ステラは目を瞠った。
「そんな…」
「だからステラは気にしないで守られていて。私が望んだことなのだから。」
「ありがとうございます…っ」
ステラの主君はステラが思うよりもずっと尊い優しさを持っていることを改めて知った。
警備してくれる皆を裏切っているようで申し訳なかったけど、明日にでも死ぬのかもしれないと思うとヴァレン様との繋がりを求めてしまった。
「ヴァレン様…あの、……一回だけ…。」
「一回だけどうしたの?」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべるヴァレン様はステラの言いたいことをわかっていて、敢えてからかっているのだとわかった。
でも、意地悪なヴァレン様もステラは大好きだった。
「……っ、一回だけ、ヴァレン様が欲しいです。」
「ステラ、可愛い。よく言えたね。」
「んっ……ふぅ………ぁ………」
唇が優しくステラを包んだら、ステラが熱に溶かされるまではあっという間だった。
一回だけでは止まらなくて、夜が更けるまで何度も交わって、ヴァレン様に体を染められた。
もう後悔はないと思うまでたくさん体を重ねて、意識を飛ばす手前までヴァレン様を求めた。
「……ヴァレン様、私、ヴァレン様のお側にいられて幸せです。」
「これからもずっと側にいて。」
「どこにいても、心はお側におります。」
ジャテーンとの戦いで自分がどうなっても、ヴァレン様を想う気持ちは変わらない。きっといつまでも心だけは主君の側にあるだろう。
ステラは最後に主君に跪いて臣下の礼を取った後、アルカニス魔法伯邸の自室へと《転移》した。
戦いが始まって冷えきっていた心に、ステラの大好きな主君が温かい火を灯してくれた。
申し訳ないとか自分のせいでという暗い感情は綺麗になくなっていた。




