282.生き残るために
本日四話目です。
午前中の授業を終えて昼食を食べてから、ステラはヴァレン様との連絡用の魔道具に声をかけた。
「ヴァレン様、聞こえますか。」
『ステラ、どうしたの?』
「今から王城に《転移》します。そのまま本部に行くのでお会いできませんが、念のためご報告です。」
『それなら私のところに《転移》しておいで。』
「いえ、また失敗してしまうかもしれないので…。」
『ステラが降ってくるなら嬉しいよ。ほら、おいで。』
私室に《転移》するつもりだったけど、ステラの大好きな声が耳元で響いたらもう逆らえなかった。
ステラは着地に失敗しないように、杖を握って王城の方向にある自分の魔力に集中した。
「《印せし場所に我を移せ。転移せよ》」
慎重に唱えて、うまくいきますようにと祈って目を閉じた。
「ステラ、上手くいったんだね。」
麗しい声が降ってきてそっと目を開けると、執務室に立つヴァレン様の横にしっかりと自分の足で立っていた。
「…ヴァレン様!」
一日しか経ってないのにヴァレン様の顔を見たら嬉しくなって、ステラはぎゅっとヴァレン様に抱きついた。
「…王太子妃殿下。王太子殿下は執務中だということをお忘れなきよう。」
「レ、レオ様、申し訳ございません...!」
すぐに凍てついた声が響いてステラは我に返ったが、ヴァレン様はステラを強く抱き締めて同じくらい凍てついた声でレオナルドに返した。
「レオ、邪魔をするな。」
「殿下が集中して下さらないので書類が山ほど溜まっております。お忘れなきよう。」
レオナルドがそう言ってヴァレン様の執務机にうず高く積まれた書類の山を見たので、ステラはいよいよヴァレン様から飛び退いた。
「ヴァ、ヴァレン様、お忙しいときに申し訳ございませんでした。私は本部に行って参ります。」
「ステラ、いいんだよ。菓子でも持って来させようか。」
「昼食を食べてきたので大丈夫です!それでは失礼します!」
ヴァレン様はステラに甘すぎるので絆されそうになったが、レオナルドの凍てついた目がそれを許さなかった。
ヴァレン様とレオナルドの喧嘩が勃発する前に、ステラは速やかに執務室を退出した。
◇◇◇
ステラはそのまま第一訓練場に向かった。
父とステラが訓練をすることをどこからか聞き付けたようで、客席には見学の王国魔術師達が集まっていた。
「師団長に敬礼!」
入口近くにいた魔術師が叫んで、客席の魔術師も含めて一斉に敬礼をとった。
入口から父がいつものように鷹揚に微笑みながら歩いてきた。
父の後ろから戦闘部隊長もついてきていて、二人とも帯剣していた。
「ステラ、お待たせ。
ジャテーンと戦うには連携が不可欠だ。私の気配を読めねば始まらないから、今日は魔法戦でお前を叩き直す。」
「はい、師団長。」
「隠密魔法を中心に戦うから、お前は私の気配を読んで攻撃を防げ。
お前を殺しはしないが本気で傷つけるつもりで攻撃する。守られていると思うな。
私が攻撃する前に止められたら終わりだ。それまでは怪我をしようが杖を手放そうがお前を攻撃し続ける。」
「承知しました。」
めちゃくちゃなルールに客席がざわめいたが、本当の戦いでは杖を手放したら自分の死を意味する。
この訓練では妥当なルールだと思ったのでステラは素直に従った。
「戦闘部隊長も私の魔術をしっかり見ておけ。私の攻撃が副部隊長に当たろうと防御は不要だ。始めの合図を頼む。」
「承知しました、師団長。」
戦闘部隊長が頷くと、父は訓練場の端に歩いていった。ステラは父が歩いていったのとは反対側の端に向かった。
そして、《敵を現す》魔術を乗せて魔力を広く解放した。
だが訓練場の向かい側に立つ父の足元に魔力が広がっても不気味なほど魔力を感じなかったので、あまり意味がないかもしれないと思った。
ステラは杖を握って無詠唱の防御結界を張ってから、自分の感覚を研ぎ澄ませた。
魔法に頼らず、自分の感覚を信じた方が父の魔力を掴める気がしたのだ。
「それでは、始め。」
部隊長の掛け声と共に父の姿がふっと消えて、ステラは目を閉じて魔力の気配に集中した。
王国魔術師達や戦闘部隊長が発している燃えるような魔力とは別に、上空に微かな魔力の気配を感じた。
「《訪れし災厄を打ち払い、我を護れ》」
直感を信じて杖を上に向けたのと同時に、ドォォンと音がして質量の高い攻撃魔法がステラの防御魔術にぶつかった。
(お父様、殺す気はないっておっしゃっていたけど当たったら死ぬわよ…。)
恐ろしく思いながらも、それでこそ父だ。腑抜けるなという警告だろう。
「《盾よ、我を保護せよ》」
考え事をしている合間に正面から無数の矢が飛んできた。
「《光の刃よ、敵を切り裂け》」
魔力の発信源に向かって詠唱したが、空を切るだけだった。
「《我を呪いし者より我を護れ》
《光の刃よ、敵を切り裂け》」
今度は真逆の方向から邪悪な魔法が飛んできた。
すかさずステラも攻撃するが、やはり既に父の姿はなかった。
「《矢よ、敵を貫け》
《訪れし災厄を打ち払い、我を護れ》」
上空に向けて広く魔法の矢で攻撃したが何にも当たらなかった。
代わりに特大の雷が降ってきた。
ステラは始まってから一歩も動けないまま防戦一方だった。
「《天に反逆せし者よ、汝が罪は我が裁かん。我にひれ伏せ》…っ」
ひとときでも時間を稼ぎたいと思って父の魔法を詠唱するが、やはり代わりに特大の雷が轟いたので無詠唱の防御結界で防いだ。
「《訪れし…》《転移せよ》」
猛烈な速度で光の刃が飛んできて、防御が間に合わなくてステラのローブを切り裂いた。
とりあえず訓練場の反対側に《転移》したが、父の気配を探る余裕もないまま次の攻撃が飛んできた。
「《訪れし災厄を打ち払い、我を護れ》」
そうしてひたすら父の攻撃から逃げ惑い、父の気配も掴めないまま時間だけが過ぎていった。
ステラは防ぎきれなかった攻撃であちこちから血を流し、ローブは擦り切れてぼろぼろになり、腕は雷を防ぎすぎて痺れ始めていた。
(このままじゃ日が暮れても解放されないわ。どうにかしないと…)
考えている間にまた不気味なほど魔力を感じない攻撃が降ってきたので無詠唱の結界で防いだ。
(《転移せし力を覆い隠せ》
《我を覆い隠せ》)
心の中で唱えて、ステラは上空高くに《転移》して一旦自分も姿を消した。
(出来ないことは課さないのだから、何か攻撃の予兆があるはずよ。研ぎ澄ませれば何か…)
ステラは再び目を閉じた。
強い風がステラのいる上空を吹き抜けてふと気がついた。
父のことだから、風に乗って気配に勘づかれないように風下にいるという確信があった。
風下の方向に感覚を研ぎ澄ませたとき、貴賓席の上当たりにほんの僅かに風が揺らいでいるような、何かの気配がある気がした。
「《全ての侵入を防ぎ、民を護れ》」
ステラがその地点に結界を張ると同時に、父が微笑みながら姿を現した。
(風がなかったらジャテーンに会う前に死んでいたかもしれないわ……。)
風のある日でよかったと心底思いながら、最初に立っていた訓練場の真ん中に《転移》した。
父もステラの結界を杖を振って《解除》すると、瞬きの間にステラの前に立った。
「ステラ、よくやった。攻撃を加えていないのによくわかったな。」
「お父様なら風下にいらっしゃるだろうと思ったんです。風がなければ夜まで逃げ惑っていました。」
「そうか。それでも私の気配を見抜けたのなら安心だ。
ジャテーンもこのような魔術を使うかもしれないが、存在する以上、気配を完全に消すことなどできない。
見えないからといって諦めてはいけないよ。」
「はい、師団長。」
ステラは父に敬礼して、来るべき戦いの日を思って父の言葉を心に刻み付けた。
8/1(土)に完結予定です。毎日複数話更新中です。




