281.夢と絶望
本日三話目です。もう一話更新予定です。
馬車の車窓が見覚えのある景色に染まり、やがて停車した。
「「おかえりなさいませ、王太子妃殿下。」」
アルカニス魔法伯邸の屋敷の玄関には母と一緒に使用人達がずらりと並んで出迎えてくれた。
「王太子妃殿下、お成りいただき光栄に存じます。」
「…お母様、普段通りにして下さい。」
母が恭しく頭を下げるのでステラが恐縮しながら言うと、顔を上げた母にクスクスと笑われた。
「おかえりなさい、ステラ。」
「ただいま戻りました、お母様。」
自分にそっくりのアメジストの瞳と目が合うと嬉しくなって、ステラは母に思いっきり抱きついた。
「まあ、ステラったら甘えん坊ね。」
「もう二十一だと言っていなかったか?」
母に耳元でクスクスと笑われて父にもからかわれたが、ステラは久しぶりに両親に甘えられるのが嬉しくて母の温もりを堪能した。
母もステラが実家で過ごす事情は聞いているだろうが、ステラには何も聞かずにいつも通り接してくれたから、実家にいる間は戦いのことを忘れられた。
家族の温かさに包まれて生き返った心で懐かしいベッドに潜って、ステラはふと思い出して耳の魔道具に声をかけてみた。
「…ヴァレン様、聞こえますか?」
『ステラ。遅かったね。』
「や、夜分に申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
『いや、起きていたよ。ステラがいないと夜が長いな。』
耳元で麗しく笑う声がして、ステラもほっとしてふふっと笑った。
「ヴァレン様、実家で過ごす許可をいただきありがとうございました。」
『楽しく過ごせているようでよかった。』
耳の魔道具での会話は顔は見えないけど、なんだかヴァレン様を近くに感じられる気がして幸せだった。
しばらく今日の出来事を話していたけど、大切な家族と愛しい主君の愛に包まれて心が溶けきってしまって、だんだん抗えない眠気が襲ってきた。
『…ステラ、起きてる?』
「ヴァレン…様……」
『っ、無理しないで。おやすみ、ステラ。』
「おやすみなさい、ヴァレン様…」
どうにか言い残して、ステラは幸せな眠りの世界で平和な夢を見た。
◇◇◇
翌日、ステラは早速王城で父と訓練を行うことになった。
「訓練は午後からだから、午前中は学院に行くんだよ。」
「はい、おと、師団長。」
「ステラ、どちらもお父様じゃない。」
「いつもこの調子なんだよ。」
魔術師団の話をされると師団長と話している気分になって言い直すと、父と母に笑われてなんとも言えない気持ちになった。
「殿下にも予定を言っておけよ。お前が王城にいることを知られたら、なぜ言わなかったのかと私が叱られるだろうからな。」
「…はい、師団長。」
父がステラの耳を指して言うので驚いたがこんなに宝石のついた魔道具は目立つのかもしれないと納得して頷いた。
「じゃあ私は先に王城に向かう。何かあったら呼べよ。」
「はい、お父様。いってらっしゃいませ。」
「いってらっしゃい。」
馬車で向かう父を母と一緒に見送ってから、ステラも母を振り返った。
「私も学院に行く支度をしてきます。」
「ええ。そのまま《転移》するのでしょう?気をつけてね。」
「はい。行って参ります、お母様。」
ステラは自分の部屋に戻った後、カールとの連絡用の魔道具に魔力を込めた。
「カール、おはよう。今日から学院にまた通うことになったの。今から《転移》してもいいかしら?」
『姫様、おはよう。承知した。…着地が成功することを祈ってるよ。』
父から魔道具に込めた魔力に《転移》する方法は聞いたものの、ステラが鈍臭いせいかいまいちうまくいかなかった。
今日こそは成功しますように、と祈ってから、近くにある自分の魔力を狙って詠唱した。
「《転移せよ》」
「ひゃあああっ!」
「…っ、やっぱり降ってきた。」
ドサッと音がして、ステラはがっしりとした腕に抱き止められた。
「姫様、今日も派手な登場で。」
「カ、カール、ごめんなさい。」
また失敗したようで、カールが地面に落ちる寸前のステラを抱き止めてくれたようだった。
カールはいつも通りに見えたけど、王国魔術師のローブを着て帯剣しているのを見て、やはり危急の事態が迫っているのだと実感した。
「おはようございます、王太子妃殿下。」
恭しい声がしてはっと顔を向けると、少し離れたところで学院の理事長がステラに頭を下げていた。
「おはようございます、理事長。……えっと…?」
「職員会議中だ。」
「え?!」
カールに言われてやっと部屋に目を向けて、王国魔術師団の入団試験のときに来たことのある職員用の会議室の最前列で、全教員の視線を浴びながらカールに抱えられていることに気付いた。
カールの盛大な嫌がらせだと気付いて、ステラは顔を真っ赤にしてカールを睨み付けた。
「なんで今《転移》していいなんて言ったのよ!」
「王族にご所望されたら断れないだろう。」
「ちょっと!」
「…っ、甘いな。」
カールと小声で言い合って思いっきり胸筋に一発食らわせてから、ステラはその腕から降りた。
「お騒がせして申し訳ございませんでした。」
今日は午後から王城に直接《転移》するので王国魔術師のローブを着ている。
この格好で派手に魔術を失敗したのが恥ずかしくて、一刻も早く会議室を去りたかった。
ステラが立ち去ろうとすると、カールもついてきた。
「会議はいいの?」
「任務が優先だ。」
「…わかったわ。行きましょう。」
そういえば父からなるべく離れるなと言われていたことを思い出した。
ステラはカールと一緒に逃げるように会議室を出た。
鐘楼棟を出て教室に向かうと、すれ違う下級生達がぎょっとしたような顔でステラ達を見て頭を下げた。
最近は学院に通える日も増えていたが、今日はカールと二人で王国魔術師のローブを着ているのでいつも以上に目立つのだろう。
ステラはなるべく視線を気にしないようにしながら四階を目指した。
「もうっ!なんであんなに目立つようなことをさせるの?!」
「姫様の素晴らしい魔術を見てもらった方がいいと思ってな。失敗したけど。…っ、覚えてろよ。」
「当然の報いよ。」
ステラが今度は鳩尾に一発決めるとカールが呻いて立ち止まった。
ちょうど防御魔術の教室のある三階だったのでカールはそのまま置いていって、ステラは階段を上って自分の教室に入った。
ヴァレン様がいないと時間に余裕があるので、教室にはまだ人影がまばらだった。
「おはよう。やっぱり王国魔術師様はかっこいいな。」
「おはよう、ドラード。ありがとう。大会はどう?」
既に来ていたドラードが声をかけてくれたので笑顔で返した。
学院では既に魔法戦の大会の予選が始まっている時期だ。
ステラは今年こそはドラードと戦いたいと楽しみにしていた。
「今のところ順調だよ。今年は戦えたらいいなぁ。」
「私もあなたと戦えるのを楽しみにしているのよ。」
「戦えたとしても勝てないだろうから、消し炭にならないように頑張るよ。」
「燃え屑にしてあげるわ。」
「恐ろしいな。」
ドラードと笑いながら話していると、やがて他のクラスメイトも登校してきた。
皆王国魔術師のローブを着ているステラを一瞬ぎょっとしたように見て立ち止まったが、すぐに周りを囲まれた。
「おはよう、今日も任務なの?」
「おはよう、今日は訓練よ。」
登校して輪に入ったアリスに声をかけられたので微笑みながら返した。
「どんな訓練をするの?」
「今日はお父様に呼ばれているの。」
「師団長様と訓練なんてすごいわ。あなたが次の師団長様になるのかしら。」
「…それはわからないけど、お父様の魔法はすごいのよ。いつかあなたにも見てほしいわ。」
入団試験が迫っているので、皆王国魔術師に興味津々なのだろう。
アリス以外のクラスメイトにもローブを触られたり、勲章や徽章を褒められたりした。
「戦闘部隊の徽章ってかっこいいな。王国魔術師様、やっぱり憧れるな。」
ドラードが杖と剣が交差している戦闘部隊の徽章をキラキラした目で見たのでステラは嬉しかった。
「あなたも頑張ればきっとなれるわ。」
「ドラードだけずるいぞ。僕もどこでもいいから拾ってもらえないかな。」
「クリスも王国魔術師を目指してくれるのね。」
「当然だよ。君の姿を見て、うちの学年は全員が王国魔術師志望だよ。」
「そうだったのね。嬉しいわ。」
皆の希望に満ちた目を見て、ステラは四年間が報われたような気持ちになって自分が誇らしくなった。
それと同時に、自分の身に迫っている危機を思い出して、自分は皆の入団を見届けられるのだろうか、と暗い気持ちが胸をよぎった。
生き残って四月を迎えるために、腑抜けずにこの後の父の訓練に集中しようと思い直した。




