279.苦言
「王太子殿下、それは…」
「もう用は済んだだろう。あのような発言をするような者が与えた物を身に付ける必要はない。」
皇帝陛下から賜った物なのにいいのだろうかとは思いつつも、主君に逆らってまでつけたいわけではないので諦めた。
「魔法伯、王室会議を早めよう。夜まで待てぬ。」
「承知しました。陛下にお伝えしますのでお待ちください。」
父はそう言ってヴァレン様に背を向けた。誰かと何かやり取りをしたのか、次に振り返ったときにはヴァレン様に頭を下げた。
「国王陛下にお伝えしました。準備が整い次第始められるとのことです。」
父が身につけている魔道具のどれかが国王陛下と直通なことに恐れ戦いたが、国王陛下の近衛魔術師なのだから当然なのかもしれない。
「ではすぐに向かおう。幹部会議はもうよいな?」
「はい、王太子殿下。
皆、これにて解散する。引き続き敵の動きに警戒せよ。」
「「「承知しました、師団長。」」」
ステラも父の言葉に敬礼して頭を下げた。
そして、戦闘部隊長とカールに駆け寄った。
「部隊長、カール、お守りいただきありがとうございました。また訓練でよろしくお願いします。カールはまた学院で。」
「ああ。わかっているだろうがどんなときも油断はするな。」
「承知しました、部隊長。」
ステラは部隊長とカールにも敬礼して、先に退室しようと歩き出していたヴァレン様と父の背中を追いかけた。
◇◇◇
王室会議の会場はいつもの食事会場だった。
到着したもののまだ準備が整っていないようで、侍従や使用人がバタバタと机を並べていた。
「お待たせして申し訳ございません、王太子殿下。王太子妃殿下。」
「いいのよ。気にしないで。」
責任者であろう侍従が青ざめた顔で言うので、ステラは慌てて手をブンブン振って否定した。
あっという間に準備は整って、ステラはヴァレン様と共にいつもの位置に腰掛けた。
「ステラ、離れないでくれ。」
急にヴァレン様が呟いたのでステラは驚いて顔を上げた。
察しの良すぎるヴァレン様だから、この後父から話されることを察されたのかもしれない。
「ヴァレン様。私はどこにいても心はヴァレン様のお側にあります。」
「それは私を置いていくときの言葉だろう。」
確かに戦場に行くときも言った言葉だ。
でもそれ以上安心させられる言葉をステラは口に出すことは出来なかった。
主君に嘘はつけないからだ。
「ステラ…」
ヴァレン様がまた何か言おうとしたとき、扉が開かれたのでステラは静かに立ち上がり、ヴァレン様も渋々続いた。
国王陛下と第一王妃陛下が入室されて、後から王国騎士団長も入ってきた。
「魔法伯、そなたが急ぐなどとは珍しい。どうしたのだ。」
「国王陛下、私が魔法伯に命じたのです。」
いつも通り穏やかな微笑みを浮かべる国王陛下にヴァレン様が凍てつくような声で言った。
「王太子、急ぎの用とはなんだ。」
「帝国から私の妃に使者が参りました。ステラ、報告せよ。」
「承知しました、王太子殿下。」
ステラは突然自分に振られて内心は慌てふためいたが、王国魔術師として父の前で腑抜けた態度は見せられないのでどうにか動揺を静めて、先ほどの出来事を説明した。
危急の事態と伝言を受けて皇帝陛下と魔道具で話したこと、ジャテーンが王国に向かおうとしていること、皇帝陛下が近衛魔術師を貸してほしいというジャテーンの要望を断ったこと。そして、ジャテーンの狙いはステラであること。
国王陛下はステラの話を驚いたような表情で聞いていた。
「皇帝陛下がそなたをそこまで気にかけるとは。そなたは皇帝陛下にも気に入られているのだな。」
「皇帝陛下の妃にしてもよいとおっしゃっていました。」
横からまたヴァレン様が冷たい声で言うと、国王陛下は目を丸くして第一王妃陛下と顔を見合わせた。
「…それでヴァレンは怒っているのだな。魔法伯が昨日調査に行ったのもその件だな。」
「さようにございます。調査結果を報告してもよろしいでしょうか。」
「よい、話してみよ。」
父も語り部のアニマの話を手短に話した。
先代の王家の巫女が師団長と共に戦ったこと、巫女の魔法は通用しないこと、近衛はジャテーンの手で全滅したこと、そして一般の魔法は通用するであろうことだ。
「恐らく魔法剣ではジャテーンの扱う魔法を防げないのでしょう。
ジャテーンが現れた場合は私と戦闘部隊の幹部が王太子妃殿下と共に対応するのが最善かと思います。」
「私もジャテーンの弱点は一般の魔法と物理的な攻撃だろうと考えています。
近衛騎士を守りながら戦うのは難しいので、一般の魔法で敵を追い込んでから剣か矢で止めを差すしかないのではないかと思います。」
ステラと父が言うと、ヴァレン様の機嫌が悪化するのがわかった。
「私の妃が戦う必要はないだろう。そなたらが守るべき王族だ。」
「王太子殿下、ジャテーンの狙いは私です。私が戦わねばいつまでもこのような状況が続くことになります。」
「そなたは私よりも戦いを取るのだな。」
「王太子殿下…。」
ステラも真剣に話したが、ヴァレン様は険しい顔でステラに冷たい視線を浴びせた。
ステラではヴァレン様を説得できそうもないので父を見ると、父はヴァレン様に厳しい視線を向けて言った。
「王太子殿下。私はジャテーンとの戦いが終わるまで、王太子妃殿下はなるべく王太子殿下のお側から離れていただくべきだと考えています。
つきましては、王太子妃殿下を私の屋敷で匿うご許可をいただきたく存じます。」
ステラは驚いて目を丸くして固まった。
まさかそこまで踏み込んだことを言われるとは思っていなかったからだ。
だが、ヴァレン様の身を守るためにはそうするのが一番いいとすぐに思い直した。
「魔法伯。越権行為だ。そなたに私の妃を奪う許可など出さぬ。」
「私は王族である王太子殿下と王太子妃殿下をお守りするために、この国の王国魔術師団長として申し上げております。」
「魔法伯、そなたは私に逆らうのか。」
ステラにとって大切な二人が言い合うのを見ていられなくて逃げるように第一王妃陛下を見ると、第一王妃陛下はステラににこっと微笑んでくれた。
そして、急に視線を冷たくして、凍りついた表情でヴァレン様を見た。
その表情は「氷の殿下」と呼ばれていた頃のヴァレン様にそっくりで、久しぶりに親子の血を感じたが、余りに似すぎていたので恐ろしくてぞっとした。
「ヴァレン、あなたもわかっているでしょう。魔法伯は越権行為なんてしていないわ。
ステラさんにとっては実家なのだし、魔法伯がいるのだから一番安全で安心な場所でしょう?
あなたは唯一の王位継承者よ。
でも、いつまでもそのような我が儘を通していては君主になどなれないわ。
自覚を持ちなさい。」
普段は優しい第一王妃陛下の苦言は、父やステラの言葉よりもよっぽど効果があったようだ。
「……はい、母上。
魔法伯、ステラをよろしく頼む。」
「お聞き入れいただきありがとうございます。命に代えてもお守りいたしますのでご安心下さい。」
ヴァレン様は最大級の嫌そうな顔を浮かべてはいたが、いつになく大人しく従った。
「セレナの言う通りだ。ヴァレンは甘やかしすぎたな。
王太子妃、ヴァレンの近衛となってから帰れていなかっただろう。このような時ではあるが、魔法伯や母君と過ごす時間を楽しむがよい。」
「尊きお気遣いをいただき恐悦至極に存じます。国王陛下。」
甘やかされた形跡のないヴァレン様を甘やかしすぎていたのなら、ステラは今でも赤子のように甘やかされていることになるだろうと思ったが、そんなことを言われたらステラは深く頭を下げるしかなかった。
その後もジャテーンについての会議は続き、父と戦闘部隊長、そしてカールにもジャテーンとの戦闘までの間に限り帯剣の許可が出た。
誰かの剣がジャテーンを切り裂くまで戦いが終わらないのだと思うと怖じ気づきそうになったが、同時に、願わくばこの手でジャテーンを滅ぼしたいと思った自分もいてそんな自分を恐ろしく感じた。




