278.帝国からの警告
「王太子殿下、聞こえますか。」
『ステラ、どうしたの?』
「魔術師団の本部に私宛に帝国からの使者が来ています。皇帝陛下から危急の事態が迫っていると伝言を受けました。
魔道具のイヤーカフを渡され、至急皇帝陛下と話すように言われています。
使者達は私が魔道具を身につけるまで見届けるように命じられたようです。
安全性は師団長が確認しましたが、要求に従ってもよろしいでしょうか。」
『…今行くから待っていて。』
「え?で、では私が…」
『いいから待ってて。』
「…承知しました。会議室にいます。」
ヴァレン様がわざわざ来ることはないのではないかと思ったが、有無を言わさない口調に押し黙るしかなかった。
「師団長、王太子殿下がお成りになるそうです。」
「…そうか。警備部隊長、警備副部隊長、本部の入口で王太子殿下を待て。到着されたらここにお連れせよ。」
「「承知しました、師団長。」」
父はヴァレン様の反応がわかっていたかのように落ち着いていた。
警備部隊長と警備副部隊長が退出して、ステラはなんだか気まずくなりながらも静かに待った。
「王太子殿下のお成りです。」
「お通しせよ。」
扉の外から警備部隊長の声がして、父が答えると扉が開かれた。
ヴァレン様は跪いている帝国の使者にちらっと目をやると、そのまままっすぐステラの元にやってきて肩を抱き寄せた。
「王太子殿下…。」
「そなたらの要求は我が妃に魔道具をつけさせろということだな。」
ヴァレン様がステラの声を遮って氷のように凍てついた声で使者に問うと、体が押さえつけられるような重い威圧感が部屋を満たした。
「恐れながらさようでございます、王太子殿下。」
使者が深く頭を下げながら言った。
ヴァレン様は父が持っている箱からイヤーカフを取り出すと、ステラの耳に優しく嵌めた。
だが、その後に振り返って使者にかけた声はやはり冷えきっていた。
「これでよいな?」
「恐れ入ります、王太子殿下。」
「用が済んだのならそなたらは退出せよ。」
「承知しました。王太子殿下。」
使者達が退出すると、ヴァレン様から放たれていた威圧感は消え去って、静かに父に命じた。
「魔法伯、あの者らに部屋を用意せよ。休ませたら帝国に帰れるように手配せよ。」
「承知しました、王太子殿下。警備部隊長、警備副部隊長、そのようにせよ。」
「承知しました、師団長。」
再び警備部隊長達が退出したのを見届けて、ステラはヴァレン様に慌てて頭を下げた。
「王太子殿下、わざわざお成りいただき申し訳ございません。」
「いや、ステラは気にしないで。
魔法伯、この部屋には防音結界が張られているな?」
「はい、王太子殿下。」
「この魔道具の声を私にも聞こえるようにできるか?」
ステラは驚いてヴァレン様を見上げた。
魔道具にかけられた魔法をいじるなど考えたことがなかったが、ヴァレン様の方が魔道具には詳しいだろうから、きっとできるのだろう。
父もわかっていたようですぐに頷いた。
「承知しました、王太子殿下。」
父がステラの耳に嵌められたイヤーカフに杖を当ててこつこつと叩くと、僅かにイヤーカフが温かくなった。
「これで返ってきた声がこの場にいる者には聞こえます。」
「師団長…。」
あっという間だったのでどんな魔法をかけたのか聞きたかったが、ヴァレン様がまたステラの肩を抱いたので後にしようと思い直した。
「ステラ。私も聞いているから皇帝陛下と話していいよ。」
「は、はい、王太子殿下…。」
幹部達の前なのにヴァレン様に肩を抱かれていると腑抜けてしまう。
父が座っていた椅子にヴァレン様が腰掛けて、ステラもその隣に座った。
そして気持ちを切り替えて、耳の魔道具に魔力を込めて話しかけた。
「皇帝陛下、お久しゅうございます。使者から受け取りました。お時間のよろしい時にお返事をお待ちしております。」
話し終わって、これでいいのか不安になってちらっとヴァレン様を見た。
「大丈夫だよ。返事を待とう。」
そう言って優しく頭を撫でてくれたのでまた腑抜けてしまいそうになって、どうにか姿勢を正した。
『王太子妃殿下、無事に受け取られたようですな。皇太子から話を聞き、そなたに警告せねばと思ったのだ。』
耳元で大きく響き渡る声にびくっとしてしまったが、ステラは息を整えて答えた。
「皇帝陛下。お忙しい中お時間をいただきありがとうございます。私に警告とは、ジャテーン様に関することでしょうか?」
『その通りだ。まず、そなたはジャテーン様についてどれほど情報を持っているのか教えてほしい。』
敵について敵のいる国の君主に情報を話していいのだろうか。
ステラが迷っていると、反対側の耳に付けていた部隊長用の魔道具から声がした。
『ステラ、かつて王妃陛下と戦ったことは話していい。他は伏せておけ。』
父の声がして顔を上げると、父が口をパクパクさせてステラを見ていた。
ステラは父に頷いて、温かくなっている方の耳の魔道具に声をかけた。
「ジャテーン様がかつて我が国の王妃陛下を相手に戦われたことがあるという情報を得ました。戦乱の時代でしたゆえ公的な記録はなく民に伝承として伝わっているのみで、それ以上の情報は持っておりません。
皇太子殿下からは、ジャテーン様は人ならざる母君からお生まれになり、不老不死のお体を持つと伺いました。」
『さようか。そなたはその話を信じているのか?』
「皇太子殿下は私に偽りをおっしゃることはないと、信じております。」
『…そなたは誠に面白いな。だが、そなたの信じる通り真実だ。私も皇太子も、あの方の血を、人ならざる者の血を引いている。』
「不思議なお話ですが、私は信じます。」
ステラがはっきり言い切ると耳元から笑い声が響いてきた。
『そなたが帝国に来てくれるのなら、私の妃でも皇太子の妃でも望む地位をやろう。』
「恐れながら、私はこの国の王太子殿下の妃です。それ以上の地位は望んでおりません。」
ステラはぞっとして食い気味で答えた。
誰が好き好んであのような愚鈍な者の妃になるというのか。
ヴァレン様がステラの手を取ってぎゅっと握ってくれたので、ステラもその手を握り返した。
『さようか。それでこそそなただ。だが、私もそなたのことを気に入っているのだ。』
「…恐れ入ります、皇帝陛下。」
『だから、私はそなたに警告を与える。ジャテーン様はそなたの命を狙っている。近いうちに直接王国に出向かれるだろう。』
ステラは一瞬思考が停止したが、すぐに王国魔術師として気持ちを切り替えた。
「…恐れながら、なぜそれを陛下がご存知なのでしょうか。」
『私に近衛魔術師を貸してほしいと依頼が来たのだ。無論、断ったがな。』
ステラは驚いて今度こそ思考が停止した。
皇帝陛下はジャテーンの味方ではないのか。
そして、ジャテーンが近衛魔術師を所望するということはやはりジャテーンの弱点は一般の魔法なのだろうか。
ステラが黙っていると皇帝陛下が続けた。
『ジャテーン様は私の先祖ではあるが、あの方の力は帝国では抑えられなくなっている。私の命令など聞いてくださらぬ。
私は君主としてそのような者に興味はない。
そなたの好きなようにするがよい。』
皇帝陛下はステラにジャテーンを滅ぼしてほしいのだと気づいた。
それならば、聞いてもいい質問だろうと思って心に秘めていたことを聞いてみた。
「皇帝陛下、一つ質問をしてもよろしいでしょうか。」
『よい。なんでも申してみよ。』
「ジャテーン様のお母君は刑死なさったと伺いました。どのような刑だったのでしょうか。」
ヴァレン様に握られていた手に力が入り、幹部全員がその答えに集中したのがわかった。
これを聞くということは、ステラがジャテーンを殺そうとしているのだと皇帝陛下にもわかるだろう。
だが、それでいいと思った。
この方はそれを望まれているし、このような無礼な質問でも受け入れて下さると感じたのだ。
『誠にそなたのことを気に入ったぞ。
教えてやろう。火炙りだ。魔法を通さぬ杭で打ち付けて、炎に焼かれて死んだ。
不思議なことに死体は残らなかったが、逃れようと暴れながら焼け死んだと聞いている。
それ以来誰もその姿を見ていないから、本当に死んだのだろうな。』
やはりジャテーンには、魔法による攻撃ではなく物理的な攻撃が有効のようだ。
剣や弓での攻撃が有効ならば、動きさえ止められれば勝機はあると思った。
父を見ると同じようなことを考えているのか、その目に戦いの炎が燃えるのがわかった。
「皇帝陛下、貴重なお話をありがとうございました。このご恩は、皇帝陛下の望む結果でお返しいたします。」
『さようか。そなたのいない世界はつまらぬものになろうからな。生きて帰れ。その暁には望む物を何でもやろう。』
「恐れ入ります。皇帝陛下。それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。」
『私もそなたに会える日を待ち望んでいる。武運を願う。』
皇帝陛下の声が聞こえなくなると、ヴァレン様と手によって耳の魔道具が外された。




