277.危急の事態※
※軽いR15注意
「ステラがいない夜は寂しかった。」
ステラの心臓がずきゅーんと音を立てて射貫かれたのがわかった。
「…私も、ヴァレン様にも、屋敷に来ていただきたかったと……んっ…」
「いつか行こう。ステラの育った場所に。」
「は、い……っ………ふぁ……ぅ……」
唇を奪われて、指輪の煌めくごつごつした手が首筋を這うと、ステラはもうヴァレン様のことしか考えられなくなった。
ローブを着たままカウチに腰掛けたヴァレン様の上でその体を求めた。
「あっ……もうっ……だめっ…!」
「ステラ、愛してる。…っ」
「わ、たしも……ああああっ」
そのままぐったりとヴァレン様の胸にもたれてぼーっとしていたら、廊下から強い魔力がこちらに迫ってきた。
はっとして慌てて体から離れて、落ちていた服を急いで身につけてカウチからなるべく遠ざかった。
ヴァレン様はさっと支度を整えると、カウチに腰掛けたまま致死量の色気を放っていた。
「政務官様がお見えです。」
「通せ。」
「ヴァレン様…っ」
そんなところで色気を放っていたら何をしていたのかわかりやすすぎると思って慌てたが、レオナルドが入ってくる方が早かった。
「……王太子妃殿下、お帰りだったのですね。魔法伯とすれ違いましたが、時間はよろしいのでしょうか。幹部会議があるそうですが。」
「あっ!!」
冷たい目をするレオナルドに言われて、ステラは再び慌てふためいた。
「お、王太子殿下、本部に行ってきます。」
「いってらっしゃい、ステラ。」
「し、し、失礼します!!」
色気を放つヴァレン様と怒りを放つレオナルドを残して、ステラは逃げるように執務室を出た。
焼き菓子とお土産を置いてきてしまったと気づいたが、ステラにはあの二人の元に取りに行く勇気などなかった。
◇◇◇
遅刻かもしれないと思いながら執務室を出て、領地で鍛えた俊足で本部へと走った。
最初は侍女達もついてきていたが、申し訳ないけど気にする余裕はなかったので本部につく頃には近衛騎士だけになっていた。
その騎士達はせっかく走ってここまできたのに律儀に本部の入口で立ち止まって、ステラを見送ってくれた。
会議室までも全速力で階段を駆け上がって、どこかで時間を知らせる鐘の音と共にステラは会議室に駆け込んだ。
「ギリギリだな。もっと余裕を持った行動をしろ。」
「師団長、申し訳ございませんでした。」
息を切らしているステラを父は呆れた顔でたしなめた。
さっと頭を下げて戦闘部隊長とカールのところに向かったが、二人とも笑いを堪えているのか顔を伏せて肩を震わせていた。
二人はステラが何をしていて遅刻寸前になったのかわかっているのかもしれない。
赤面しそうになるのをステラも顔を伏せてなんとか堪えた。
「昨日、戦闘副部隊長と共にジャテーンに関する調査に行ってきた。今日はお前達にも結果を共有するために集まってもらった。
戦闘副部隊長、調査結果を報告しろ。」
「はい、師団長。」
ステラは幹部達に今朝父と話したことを共有した。
「一般の魔法が有効ならば、戦闘部隊も戦いに参加しましょうか。」
ステラの話を聞き終えた戦闘部隊長が言った。
「宣戦布告があるわけではないから、その場にいられたらいいのだけどな。
そういえば、お前とカールは転移魔術が使えるだろう。呼んだら来ることはできるか?」
部隊長も使えたのかとステラは驚いて二人を見つめるが、二人とも顔は険しかった。
「我々の転移魔術ではせいぜい王城内がいいところです。それに《転移》に魔力を使いすぎて使い物にならなくなったら元も子もありません。」
「そうか。」
父やステラが魔力が多いだけで、普通は転移魔術を使えるだけで十分すごいのだ。
ステラの魔力は「王家の巫女」の力のおかげだけど、父の魔力は人間離れしていると思う。
父はしばらく顎に手を当てて考えた後、戦闘部隊長に言った。
「戦闘部隊長、お前はジャテーンの件が落ち着くまで私と行動を共にしろ。陛下には私から事情を話しておく。」
「承知しました、師団長。」
「カール、お前は戦闘副部隊長が学院にいるときはなるべく近くにいろ。いざとなったら私と部隊長が行くまでは副部隊長と一緒に時間を稼げ。
戦闘副部隊長は訓練以外は学院に行け。狙いは王太子殿下ではなくお前だろうから、なるべく王太子殿下から離れた方がいいだろう。王太子殿下にはこのあと私から事情を説明する。」
「「承知しました、師団長。」」
ヴァレン様の近衛であるステラがまさか主君から離れろと言われるとは思っていなかったけど、確かにその通りだ。
ヴァレン様にお許しいただけるなら夜も離れたいけどきっと難しいだろうから、ステラはなるべく長い時間学院か本部にいようと思った。
そのとき、会議室の扉がノックされた。
「王太子妃殿下にお客様がお見えです。お急ぎとのことでしたのでこちらにお連れしました。」
ステラは驚いて顔を上げて父を見た。
王城に住んで以来、ステラに客など来たことがないからだ。
父もそれがわかっているようで、訝しそうな目を向けて扉の外に聞いた。
「何者だ。」
「オルキデ帝国の使者の方々です。身分は確認いたしました。」
今度は幹部達も顔を上げてステラと父を交互に見た。
「お父様…。」
どうすればいいかわからなくて呟くと、父がステラに言った。
「王太子妃殿下、この場に通していただければ安全です。通してもよろしいでしょうか。」
「…はい。」
「こちらにお越しください。私がお守りします。」
確かに父の側の方が安全だろう。
ステラが立ち上がると、後ろから何も言わずに戦闘部隊長とカールもついてきてくれた。
皆を心強く思いながらステラが父の横に立つと、父が扉の外に声をかけた。
「お通しせよ。」
「失礼いたします。」
扉が開かれると、帝国の騎士が二人入ってきてステラの前で跪いた。
二人とも城に入るときに武装解除されたのか、武器は身に付けていなかった。
「王太子妃殿下。私共は皇帝陛下より遣わされました。」
「…遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。皇帝陛下が私に何の御用でしょうか。」
皇太子殿下ではなく皇帝陛下がステラに使者を送るとは何事だろうかと思いつつ、顔には微笑みを張り付けて騎士に聞いた。
「危急の事態が迫っています。どうかこちらを身に纏っていただき、至急皇帝陛下と直接お話いただきたく存じます。」
そう言って手に持っていた小さな箱を差し出した。
帝国からの贈り物にいい思い出はない。
ステラがちらっと後ろを振り返ると、カールが頷いて受取りに行ってくれた。
「…これは。」
「魔道具です。使い方は王太子妃殿下がよくご存知でいらっしゃると伺っております。」
カールが箱を開けてステラに差し出したのは黒い宝石のついた魔道具のイヤーカフだった。
一つしかないのでステラがつけるしかないのだろうが、帝国の魔道具など呪われそうで触るのも恐ろしかった。
父がそれを察してくれたようで、ステラの代わりにカールから箱を受け取ってくれた。
杖をイヤーカフに当てているので、変な魔法がかけられていないか分析しているのだろう。
「通常の魔道具のようです。使用には問題ないかと存じますが、どうなさいますか?」
「…王太子殿下に聞いてみます。」
「承知しました。私も陛下に報告させていただきます。」
帝国相手に勝手なことをしたら怒られると思ったのだ。
「ご用件は以上でしょうか?」
「はい。恐れながらそちらを身につけていただくまでは見届けるように命令を受けております。」
ステラは騎士の言葉に思わず顔を歪めてしまった。王族であるステラの行動を監視するなど、命令したのが皇帝陛下とはいえ礼を失することだ。
父も同じことを考えたようで杖を取って険しい表情で使者の騎士達を見たが、使者は微動だにしなかった。
「…魔法伯、今連絡を取るゆえ手出しをするでない。」
「承知しました、王太子妃殿下。」
ここで下手なことをして衝突が起きたらそれこそ大騒ぎだ。
ステラはカールもしている耳の魔道具に魔力を込めて、声を消して話しかけた。




