275.歴史は繰り返す
「ジャテーンは不老不死で、人ならざる魔力を扱うそうです。
そして、人を死の恐怖で支配することに何よりも喜びを抱いている。
二百年前、ジャテーンは帝国の支配勢力を広げようとこの地域にやってきて、逆らう者は皆殺されました。
生き残った先祖の両親も親戚も、皆ジャテーンに殺されたそうです。
家族で唯一生き残った先祖は瓦礫の影から、王妃陛下と王国魔術師団長が近衛騎士を引き連れてお出ましになる姿を見たのです。
王妃陛下は神から授かりし力をお持ちだったそうですが、その力ではジャテーンを止めることができなかった。
あっという間に近衛騎士は殺され、王国魔術師団長と、師団長の不思議な魔法で守られた王妃陛下のみが生き残ったそうです。
王妃陛下は国を守るため自らの御身を挺して王国魔術師団長と共に魔法で戦い、ジャテーンに勝利されました。
ただ、ジャテーンは死の魔法を浴びせても死ななかった。
ジャテーンを斬るべき近衛は皆死んでしまっていたので、ジャテーンは闇に紛れて帝国に逃げ帰ったと伝わっています。
王妃陛下と師団長亡き後もジャテーンが王国に手を出さなかったのは、お二人との魔法戦で王国の魔法技術を思い知ったからだと、祖母は申しておりました。」
アニマの話を父は片眼鏡越しに見ながら感情の読めない表情で聞いていた。
ステラは信じられない気持ちではあったが、不思議とアニマが嘘を言っているわけではないのがわかった。
自分の魔力がアニマの話を肯定するように湧き上がってくるような不思議な感覚があった。
「…アニマさん、話してくれてありがとう。あなたの話を私は信じるわ。
あなたが話してくれたことを絶対に無駄にしない。私が必ず後世に伝える。」
先代の王家の巫女様の戦いの記録が公的に残っていないのは近衛が皆死んでしまったからだろう。
ステラはアニマの話も、先の戦争の話も、そしてこれから挑むであろう戦いも、必ず生きて帰って全部ちゃんと記録に残そうと心に誓った。
「王太子妃殿下、勿体無きお言葉を賜り、身に余る光栄に存じます。
この歳まで生きた甲斐がありました。」
アニマが初めて表情を崩した。
ほっとしたような笑みを見て、アニマの期待を裏切らないように帰ったらすぐに記録しないといけないと思いながら、ステラはジャテーンとの戦いに勝つ方法を必死で考えていた。
「屋敷で話そうか。」
「はい、お父様。」
アニマの家を出ると父が言った。
たしかに落ち着いて父の意見を聞きたいと思ったが、ふと気がついた。
「…お父様。私、屋敷に《転移》する方法も魔力もありません。」
四年前に出たっきりになっている屋敷にはもうステラの魔力は残っていないだろう。
それに、ここから領地までは馬車で二日かかる。
この距離を《転移》する自信もなくて、ステラは絶望した。
(まさか野宿?いや、お父様に限ってそんなことはないわ。それともお父様に限ったらそんなこともあるのかしら。)
ステラが混乱して青ざめていると、父が暫くして吹き出した。
「お前、何を考えているんだ?」
「お、お父様なら私に野宿をさせるかもしれないと…」
父は今度はお腹を抱えて笑った。
「野宿か。今のお前にそんなことをさせたら私は打首だ。
安心しろ。お前は私についてくればいい。」
「つ、ついていくだけの魔力がありません…。」
父は何を考えているのだろうか。
やはりそのような腑抜けは置いていくと言われるのだろうかと怯えていると、父が笑いながらぽんぽんと頭を撫でた。
「私が《転移》するときにお前を連れていく。ただ、さすがにこの距離を私の魔力だけで二人で《転移》するのは無理がある。
お前は私の詠唱に合わせて、残っている魔力を込めて詠唱するだけでいい。
あとは私が連れていくから。」
人を連れて《転移》するのは通常の倍ではすまないほど大きな魔力が必要だ。
戦場に来るのにも魔力を使っているのにそんなことが出来るのだろうかと目を丸くして父を見たが、父はいつも通り鷹揚に構えている。
「…わかりました。よろしくお願いします。」
「じゃあ私が唱えるから、お前は《転移せよ》だけ一緒に言うんだ。いいな?」
「はい、お父様。」
父がステラが焼き菓子を抱えている方の腕を掴んだが、ステラは振り落とされるのが怖くて反対側の手で父に思いっきり抱きついた。
父は苦笑いをしながら杖を手に取って言った。
「じゃあ唱えるぞ。
《印せし場所に我らを移せ。》」
「「《転移せよ》」」
ステラも残っている魔力を込めて詠唱すると、膨大な魔力にぐいっと体が引っ張られる感覚があった。
慣れない感覚が怖くて父にぎゅっと抱きついて目を開けると、見慣れた景色が目に飛び込んできた。
「……すごい!お父様、どうやったんですか?!」
ステラは父と二人で、四年ぶりの領地の屋敷の父の書斎に立っていた。
ステラは時間があればずっとここにこもっていたので、懐かしい部屋を見て思わずぽろりと涙が溢れた。
「お前の魔力をかき集めただけだよ。人を連れて《転移》するときと一緒だ。」
「すごいです、お父様。やっぱりお父様は私の自慢です。」
「褒めても何も出ないぞ。じゃあ行こうか。皆ステラに会えたら喜ぶよ。」
「はい、お父様!」
父に連れられてホールに降りると、うわーっと歓声が上がった。
何かの魔道具で事前に連絡がいっていたのだろう。
じいやことトムス家令をはじめ、侍女や使用人、騎士まで皆が揃って出迎えてくれていた。
「おじょ、王太子妃殿下、お帰りなさい!」
「いつも通りでいいわ。近衛はいないから。」
「お嬢様ーっ!」
父に対するステラのようになっている皆を見て笑いながら、ステラは皆にわちゃわちゃと囲まれて心から嬉しかった。
「お嬢様、こんなに立派になられてじいやは嬉しゅうございます。」
「じいや、私は何も変わってないけど、喜んでくれて嬉しいわ。」
じいやは何故かステラを見てハンカチを目に当てて鼻をすすった。
「お嬢様、結婚式では熱い姿をありがとうございました!」
「っ、あれは忘れてほしいわ。」
騎士にからかわれて耳まで真っ赤になった。
「よかったな、ステラ。ここはいつだってお前の家だからな。」
「はい、お父様。私、本当に幸せです。」
父もこの家では上司である偉大な師団長ではなくて、安心できるステラの父だと思える。
夜まで皆でわいわいと騒いで、ヴァレン様との仲をからかわれたり、戦場でのステラを称えられたり、かと思えば野蛮な姿を笑われたりと、四年分のいろんな話を皆と語り合った。
「次はいつ帰れるかしら…。」
「殿下と喧嘩したらいつでも帰ってきていいんだぞ。」
「お父様、そんなことをしたら可哀想な近衛が深夜でも早馬で発たされますわ。」
「確かにそうか。殿下がお前のことを溺愛していると、どこに行ってもその話を聞かされる私の身にもなってくれ。」
「お、お父様…申し訳ございません。」
父が遠い目をして言うのでステラが慌てて謝ると、皆がお腹を抱えて笑った。
ジャテーンの話をするつもりだったのにすっかり忘れていたけど、ステラは今日だけは全てを忘れてこの幸せに浸りたいと思った。
王城では決して味わえない幸せを感じながら、この中にステラの自慢の主君がいないことを寂しく思った。
いつかヴァレン様にも領地に来てもらいたいと思いながら、ステラは夜が更けるまで帰省を楽しんで、久しぶりの本当の自分の部屋でぐっすりと眠った。




