274.語り部の目
どうにか涙を止めて、ステラは父と共に歩いて町へと向かった。
馬だと二十分で着く距離も、歩くと一時間以上かかる。
だが、父と話しながら歩く道はあっという間だった。
「幹部会議の時はなんで焼き菓子を食べていたんだ?」
「あの時はすみませんでした。実は...」
ステラは、カールに《転移》で学院に行けると伝えるのが楽しみで浮かれてしまったことと、それをヴァレン様には言えなくて父と茶をすると話したことを説明した。
父はステラの話を聞いてお腹を抱えて笑った。
「っ、それで菓子か。あんなに大きなかごを渡されるなんて、殿下もわかっておられたんだろうな。」
「え?!」
「二人であの量はないだろう。お前をからかわれたんだよ。」
「そうなんですか?!部隊長とカールにも食べてもらったのにまだ山盛りあって、おかしいなとは思ったんです。」
ヴァレン様はあの後も何も言っていなかったけど、機嫌が悪かったからあえて言わなかったのかもしれないと気づいた。
隠し通せていたと思っていた自分が恥ずかしくて、本人はいないのに顔が真っ赤になった。
そんな調子で話しながら歩いていると、見慣れた町が見えてきた。
「焼き菓子でも食べながら聞いてみるか。好きな店があるんだろ?」
「な、なぜそれを…」
「私には目も耳もあちこちにあるからな。」
父が知っていることはヴァレン様も知っているので、食べ歩きをしたという野蛮なことまで伝わっていそうでぼっと赤面した。
でも、今日は父しかいないので思う存分堪能できる。
お金は持ってきていたけど父が全部買ってくれて、ステラは片手に山盛りの焼き菓子を抱えることになった。
「また王国魔術師様がいらっしゃるとは思わなかったよ。しかも師団長様まで。」
「ここのお菓子がまた食べられてよかったです。今回は、ある調査で来たんです。」
菓子屋の愛想のいい女性店主に、ステラは今回の目的を早速聞いてみることにした。
「こんなところに魔術師様が調べるようなことがあるかね。」
「昔の王妃陛下の伝説はご存知ですか?この近くで戦われたとか。」
「ああ、ジャテーンとかいう魔術師に勝ったってやつだろう?ここらじゃ有名だよ。それを調べているのかい?」
「そうなんです。」
「王太子妃殿下の命かなんかかい?あのお姫様は戦いが好きだっていうから。」
「そ、そんなところです…。」
まさか自分の噂がこんな辺境の地まで伝わっているとは思わなくて、ステラは赤面しそうになるのを必死で堪えた。
「それなら、語り部のアニマさんに聞くといいよ。あの人が皆に聞かせているから。」
「その方はどちらにいらっしゃるんですか?」
「ここからだとね…」
店主は語り部の家の場所を具に教えてくれた。
「ありがとうございます。早速行ってみます。」
「そういえば、あなたは魔術師様に姫様とか呼ばれていたけど、まさかあなたが王太子妃殿下ってことは…」
「ご冗談を。殿下はお一人で町には出られませんよ。」
「そりゃそうか。また来なね。」
「はい、また来られる日を楽しみにしています。」
店主の言葉に内心は震え上がったし、父も背後でビクッとしたのがわかったが、どうにか誤魔化せてほっと息をついた。
「お前、よく誤魔化せたな。」
「心臓が止まるかと思いましたわ。」
店を出てから父が苦笑いで言うので、ステラも呼吸を落ち着かせながら答えた。
そしてステラは焼き菓子を食べながら、父と一緒にアニマという語り部の家へと向かった。
◇◇◇
アニマの家に到着して、ステラが呼び鈴を鳴らそうとしたら父に先を越された。
「失礼いたします。王国魔術師団から参りました。アニマ様はいらっしゃいますか。」
父がステラを庇うように立っているので警戒しているのだと気がついた。
ステラは大人しく父の影に隠れて返事を待った。
暫くしてキィッと音がして扉が開かれた。
「…師団長様が何のご用でしょうか?」
只者ではない雰囲気を纏った老婆が出てきて、ステラは反射的に腰の杖に手を伸ばした。
一目見ただけで父が師団長だとわかったのだ。
領地が近いから知っていたのか、一目で見抜いたのか判断がつかなくて警戒した。
「王国魔術師団でジャテーンについての伝承を調べており、町の者から紹介されて参りました。
お話を聞かせていただけませんでしょうか。」
アニマは父を訝しそうに見た後、後ろに隠れていたステラを見た。
さっとステラの全身を確認したかと思ったら、焼き菓子を抱えていた手元を見て急に恭しく頭を下げた。
「…王太子妃殿下。わざわざお成りいただき、光栄に存じます。」
老婆の言葉で父も杖に手を伸ばすのがわかった。
「その指輪は王族であられる証。私は若い時分に王城に勤めていたのです。私が殿下を攻撃することなどあり得ませんのでご安心くださいませ。どうぞお入りください。」
アニマの言葉を信じるなら、ステラが焼き菓子を抱えていた左手に嵌めていた指輪や父のローブの徽章を見て身分に気づいたのだろう。
たしかに王城に勤めていたらよく知っていてもおかしくない。
ステラは父と顔を見合わせたが、訪問しておいて勝手に警戒するのも失礼だ。
父もそう思ったのか、姿勢を正してステラに頭を下げた。
「おっしゃる通り、こちらは王太子妃殿下であられます。殿下、どうぞお入りください。」
「失礼します…。」
まさかステラの身分を見抜かれるとは思わなかったので、突然王太子妃と呼ばれても王族としての立ち振舞い方が思い出せなかった。
ステラはせめておどおどはしないように、片手に焼き菓子は抱えているもののどうにか胸を張ってアニマの家に入った。
「王太子妃殿下がわざわざお成りとは、まさかそのお命をジャテーンに狙われておいでで?」
「なぜあなたがそれをご存知なのでしょう?」
家の中にあった小さな机を囲んで早々にされたアニマの質問にステラは驚いて固まってしまったが、父が代わりに聞いてくれた。
「ジャテーンは人を殺すことを生き甲斐にしている男です。
王太子妃殿下は先の戦で一晩で帝国を降伏させたとか。
ジャテーンならば、その膨大な力を王国から奪おうと考えてもおかしくない。」
「ジャテーンについてお詳しいのですね。」
「私の先祖はジャテーンとの戦いの生き残りなのです。私は祖母からその話を聞きました。
私の記憶にはジャテーンについて話す祖母の顔が鮮明に残っています。
あの恐怖を忘れてはなりません。
私はジャテーンの脅威を後世に残すべく語り部をしております。」
ステラはアニマの言葉でまた父を見た。
父は《真実を見抜く》片眼鏡越しにアニマをじっと見つめていた。
「ジャテーンの脅威について、我々にも教えていただけませんか。
私は王国魔術師団長であると同時に王太子妃殿下の父親でもあります。
王太子妃殿下のお命をお守りするために、情報が必要なのです。」
父はアニマが信頼に値すると判断したのだろう。
アニマは父の言葉に顔の皺を更に深めて、それからステラを見据えた。
皺の奥に輝く目は全てを見透かしているような不思議な力を秘めていて、ステラはその力に負けないようにアニマを見つめ返した。
「…王妃陛下は、王国魔術師団長と二人でジャテーンと戦われたそうです。ちょうどあなた様とお父君のように。」
アニマの言葉で、ステラと父は再び顔を見合わせた。
父もその話は知らなかったようで目を丸くしていた。




