273.鎮魂の地※
※軽いR15注意
「それならステラが行かなくても魔法伯一人で行かせればいいよ。」
「父は顔が知られています。私はあの地では顔が知られていないので、皆も警戒せずに話してくれると思うのです。」
ステラはあの町ではただの王国魔術師だと思われている。
王国魔術師として敬われることはあっても、恭しく頭を下げられることはなかった。
好きなだけ焼き菓子を食べたり、市場で買い物をしたりと普通の生活を送れたのだ。
だが、あそこは父の領地の隣なので父の顔は知られているだろう。
父について来てもらうにしてもステラが聞き出した方が取り繕っていない、本来の伝承に近い話が聞けるだろうと思っていた。
「…飲み歩くのは禁止だよ。」
「お酒は飲みませんのでご安心下さい。」
風向きが変わってきたのでステラはヴァレン様の手を握ってブンブンと頷いた。
第一王妃陛下直伝のヴァレン様のご機嫌を直す方法、ステラから触れることを実践したのだ。
「一晩で帰ってくるんだよ。帰ったらすぐに私の元に来て。」
「はい、ヴァレン様。ヴァレン様がよろしければヴァレン様の元に《転移》して戻ります。」
「じゃあそうしてくれ。一晩もステラに触れなかったらおかしくなりそうだから。」
「はい、そうさせていただきます。ありがとうございます、ヴァレン様。」
ステラは感謝の気持ちを込めてがばっとヴァレン様に抱きついた。
戦場にいたときは二ヶ月近く触れなかったのだから大丈夫だろうとは、間違っても言わないでおいた。
「明日の分まで今日は付き合ってもらうよ。」
「はい!……え?」
何を、と聞く前に手を取られてベッドに連れて行かされた。
「ヴァレン様、まだ湯殿に…」
「じゃあ一緒に入ろうか。」
……ヴァレン様の部屋にはシャワールームがあるのをすっかり忘れていた。
ヴァレン様は侍女よりも手早くステラの身ぐるみを剥ぐと、そのままシャワールームに連行されて恥ずかしい思いをさせられた。
行為に夢中になっている間に、脱ぎ捨てられたローブは誰かに回収されて、二組のバスタオルやバスローブと寝るためのドレスと下着が用意されていたので火を噴きそうになった。
「ヴァレン、さま…人が……」
「私の可愛いステラを見てもらおうか。」
「いやぁ……っ……ああっ……」
「嫌じゃないんだ。こっちは素直だね。」
「んんっ……ちが、あああっ」
ヴァレン様はいつもよりも意地悪にステラを責めて、そのうち時間もわからなくなった。
朝焼けが空を染めているような気がした頃にようやく体が離されて、ステラはそのまま意識を手放した。
◇◇◇
翌朝、ステラは耳の魔道具の声で目を覚ました。
『師団長から戦闘副部隊長へ。例の件について陛下のお許しをいただいた。お前は王太子殿下と話せたか?』
「戦闘副部隊長です。私もご許可をいただけました…。」
どうにか返事をした声はカスカスのよれよれだった。
だが、続けて聞こえてきた声でステラは急激に元気を取り戻した。
『風邪でも引いたのか?お前がよければ午後にでも出発する。夜は領地の屋敷に戻るが、必要なものがあれば準備しておけ。』
「承知しました、師団長!」
まさか領地に帰れるとは思ってもみなかった。
入学以来帰っていなかった領地の屋敷を心の中では恋しく思っていたので、胸の高鳴りを抑えきれなかった。
「っ、ステラ、おはよう。」
「お、おはようございます、ヴァレン様。」
はっと気づいて横を見ると、ヴァレン様が笑いを耐えて震えていた。
もしかしたら声が大きくて起こしてしまったのかと、恥ずかしさと申し訳なさでぼっと赤面した。
「魔法伯はなんと言っていたの?」
「あの、今日は領地に泊まると…。お騒がせしてすみません。」
「そうか。帰れていなかったよね。ゆっくりしておいで。」
ヴァレン様はすっかりご機嫌で、優しくステラの頭を撫でてくれた。
嬉しくなってすり寄ると、クスッと笑い声が降ってきた。
「そんなに可愛いとまた襲いたくなる。」
「な、なりません!準備をしなければ…」
「っ、冗談だよ。もうすぐ昼だし侍女を呼ぼうか。」
「え?!」
確かに明け方まで起きていた割には元気だと思ったが、まさかそんな時間まで寝ていたとは思わなかった。
「も、申し訳ございません、ヴァレン様。ご公務は…」
「レオに伝えたから大丈夫。今日はステラがいないから夜までレオに閉じ込められるだろうし。」
「も、申し訳ございません…。」
きっとステラが戦場に行っているときも朝から晩までレオナルドに執務室に閉じ込められていたのだろう。
申し訳なく思ったが準備をしないと間に合わないので、入ってきた侍女と一緒にわたわたと準備を進めた。
◇◇◇
領地に泊まるなら何も持って行かなくてもよさそうだったので、ステラは栗色の髪に変えるのは忘れずに、王国魔術師のローブを着て杖と剣を提げて、ポケットの巾着に少しのお金を入れて本部に向かった。
「お、姫様!そんなに張り切ってどこに行くんだ?」
「ちょっと用があって、戦場に行ってくるの。」
「ちょっと用があって行く場所ではないだろ。」
本部でディーンとエメリックに会ったので笑顔で答えると笑われた。
「焼き菓子、食べ過ぎるなよ。」
「な、なんでわかったの?行ってくるわ。」
「気をつけて。」
ディーンがステラの背中をバンバンと叩きながら言うので気まずくなったが、父を待たせるわけにはいかないので先を急いだ。
「ステラが参りました。」
「入れ。」
いつも通りの父の声がしてステラはさっと入室して敬礼した。
「元気そうだな。では行くか。」
「は、はい!」
そういえば朝ヴァレン様のせいでよれよれでカスカスになった声を聞かれたのを思い出して赤面しそうになるのをなんとか堪えた。
ステラは杖を取り出して、遠くにある自分の魔力の確かな気配に集中した。
「《印せし場所に我を移せ、転移せよ》」
青々とした空気を感じて目を開けると、あの地に、たくさんの命を奪ってしまった戦場の野原に降り立っていた。
焼け野原になっていた戦場は、少し見ない間に芒が生い茂っていて綺麗な芒野原になっていた。
ザッと音がしたので後ろを振り返ると父が立っていて、芒野原を見て呟いた。
「綺麗だ。小麦も育ちそうだな。」
ステラも初めてここに来たときに同じことを思ったのを思い出した。
あの時は背の低い草が地面を覆っていた。
「戦場を去るとき、《豊穣》を祈ったんです。効果があったんでしょうか。」
「そうだったのか。効果があったらいいな。」
父はそう言ってステラの頭をぽんぽんと撫でた。
「おと、師団長、町に向かう前に行きたいところがあるんです。すぐ終わるので行ってきてもよろしいでしょうか。」
「誰もいないし普段通りでいいよ。墓参りだろう?私も行くよ。」
「お父様…ありがとうございます。」
やはり父はステラの考えていることはお見通しなのだ。
ステラは父と一緒に芒野原をかき分けて、敵の魂が眠っている墓地へと向かった。
「ここです。……あっ」
野原の奥にやっと見えてきた戦闘部隊の皆と一緒に作った急ごしらえの墓地には、いつの間にか立派な墓石が整列していた。
一番手前に大きな石碑があったので駆け寄った。
『戦士の魂 ここに眠る
レクス王国の王太子妃殿下と尊き戦士達がオルキデ帝国の戦士の死を哀しみ、自らの手でこの地に埋葬された。
ここに感謝と敬意を表し、両国の友好を願って建立する。
オルキデ帝国
皇太子オリヴィエ・帝国魔術師団長・帝国騎士団長』
ステラは書かれていたことが信じられなくて、石碑の文字を指でもう一度なぞった。
「ステラ、よかったな。お前の勇気と優しさがこうして形になったんだ。
お前は父様の自慢の娘だよ。」
「お父様…。私、嬉しい…けど、やっぱり……ううっ………」
石碑の奥に整然と並ぶ墓石を見て、自分が奪ってしまった命の数を実感して崩れ落ちた。
「うう……ごめん、なさい………っ」
「ステラ、大丈夫だ。誰もステラを恨んでいないよ。」
父もこの気持ちを乗り越えて師団長になったのだろうか。
泣き崩れるステラを腑抜けと罵ることもなく、落ち着くまでずっと優しく背中を撫でてくれた。




