272.再び、戦場へ
オーディン先生を見送って席に戻ると、声を消しながら耳の部隊長用の魔道具に話しかけた。
「戦闘副部隊長から師団長へ。ジャテーンについて新しい情報を手に入れました。直接お伝えしたいのでお時間をいただけますか?」
『師団長、承知した。今どこにいるんだ?』
「学院におりますが、いつでも戻れます。」
『いや、いい。授業が終わって王城に戻ったら指輪で知らせてくれ。本部の私の部屋で待ち合わせよう。』
「戦闘副部隊長、承知しました。」
ステラは授業を受けている場合ではないほど気分が高揚していたが、上司の指示には逆らえない。
一日中そわそわしながら授業を終えると、すぐに王城に《転移》した。
王城の私室で父からもらった指輪に短く魔力を込めると、すぐに指輪が温かくなった。
「本部に向かうわ。夕食は先に召し上がっていただくように王太子殿下にお伝えして。」
「承知しました、王太子妃殿下。」
私室の外で待機していた近衛騎士に声をかけてから、ステラは早足で王国魔術師団の本部に向かった。
◇◇◇
「ステラが参りました。」
「入れ。」
張り切りすぎてまだ父が来ていなかったらどうしようと思っていたが、中から声が聞こえて安心した。
「お時間をいただきありがとうございます、師団長。」
「誰もいないし楽にしてくれ。」
入室して敬礼すると、優しい父の声がして顔を上げた。
「そこにかけて。お前の好きな焼き菓子を買ってきたぞ。」
「まあ!」
机の上を見るとステラが大好きな焼き菓子がてんこ盛りになっていて目を奪われた。
「好きなだけ食べろ。」
「ありがとうございます、お父様!」
ステラは師団長の前なのはすっかり忘れて、父が淹れてくれた茶と共に焼き菓子を堪能して、父に聞かれるがまま最近の訓練や学院のことを話した。
お腹がいっぱいになって一息ついていると、父がにこにこと微笑みながら言った。
「それで、ジャテーンの情報とはなんだ?」
「あっ…も、申し訳ございません、師団長。」
焼き菓子に気を取られてすっかり本題を忘れていて、ステラは慌てて姿勢を正した。
「お前は一度決めると突っ走るからな。忘れてくれたくらいがちょうどいい。」
「も、申し訳ございません…お父様……。」
やはりステラのことはお見通しな父にたじたじになりながら、ステラはそれでも今日の目的をやっと口に出した。
「王国史の授業で、第四十三代の王妃陛下がジャテーンと戦って、ジャテーンを従えたと聞いたのです。お父様は何かご存知ですか?」
「いや、聞いたことがない。第四十三代というと、先代の王家の巫女様だな。」
「そうなのですか…。」
何代と聞いただけですぐに一致する父に戦いたが、ステラと違ってヴァレン様の尊いノート無しで全学年全科目首席を修めたのだから父の頭はステラとは作りが違うのだろう。
先代の王家の巫女様が現れたのは二百年前だとヴァレン様がおっしゃっていたから、ジャテーンが生きている時代とも一致する。
「先代の王家の巫女様の時代は戦争が頻繁で王室が混乱していたから文献がほとんど残っていないはずだ。なぜ学院の教師が突き止めたんだ?」
「先の戦の戦場に近い町に、伝承として残っているようなのです。先生も人伝に聞いただけで詳細はわからないとおっしゃっていました。
師団長、直接あの町に行って、伝承を聞きに行ってもよろしいでしょうか。」
ステラの言葉に、父は目を細めて考え込むように顎に手を当てた。
「《転移》で行くということか。魔力は残してきたのか?」
「はい。戦場で祈りを捧げたので、戦場に私の魔力が残っています。」
戦場を去る前にあの野原に豊穣と安寧を祈って魔力を込めていた。
あの魔力を辿れば《転移》できることに気付いて、ステラは気が急いていたのだ。
「とはいえ、お前一人で行かせるわけにはいかないからな。私も行っていいか国王陛下に確認してみるよ。」
「師団長もですか?近衛が二人とも離れていいのでしょうか…。」
父はあの距離でもステラが身に付けている父からもらった魔道具の僅かな魔力を辿って来られるみたいだからステラが戦場に到着すれば来られるのだろうが、襲撃の後では王族方の警護が心配だった。
「お前は一晩あれば往復できるな?一晩なら戦闘部隊長とカールに任せればいいだろう。何かあれば私が帰るよ。」
「おと、師団長は休まなくとも往復できるのですか?」
「ああ。役に立つかはわからないが、とりあえず帰ることはできるだろう。」
あの距離を魔力を回復せずに往復できるなんて、その魔力と体力に戦いて動揺した。
「お前も鍛練を欠かさなければ出来るようになるよ。そんなことよりお前は王太子殿下に許可を取れ。行くなら早い方がいいから、騎士は連れていけない。」
「…そうでした。」
ステラが近衛騎士無しで外出するなどヴァレン様は簡単には許されないだろう。
それに、焼き菓子に夢中になっているうちにすっかり夜になってしまったからご機嫌を損ねているのは間違いない。
「国王陛下の許可が取れたらまた連絡する。明日にでも行けるように準備しておけ。」
「承知しました、師団長。」
「これ、持って帰るか?」
「…いいのですか?」
「好きなだけ持っていけ。」
「ありがとうございます、お父様。」
ステラは残っていた焼き菓子を両手に抱えながら、これでヴァレン様のご機嫌が取れれば苦労しないのにと不遜なことを考えながら王城の私室へと向かった。
◇◇◇
お腹はいっぱいだったが、料理長の美味しい食事を残すわけにはいかないので無理矢理詰め込んでから、ステラは焼き菓子を両手に抱えて私室へと向かった。
とりあえずヴァレン様のご機嫌を優先したくて湯殿は後にしてもらった。
「ステラが参りました。」
「入れ。」
両手が塞がっているので近衛騎士に扉を開けてもらって入ると、ヴァレン様は目を丸くしてステラを見たが、すぐに顔を険しくした。
「遅くまでお側を離れてしまい、申し訳ございませんでした、ヴァレン様。」
「こんな時間まで誰と何をしていたんだ。」
「申し訳ございません。父と打ち合わせをしていました。ジャテーンの情報を掴んだんです。」
ヴァレン様は目を細めてステラを見た。
「なぜ私に報告しなかった。」
「先に父の許可を得たいことがあったのです。申し訳ございませんでした。」
こういうときはひたすら頭を下げるに限る。ステラは渾身の美しい謝罪の姿勢のまま静止した。
暫くの沈黙の後、ヴァレン様ははーっと深いため息をついた。
「ステラ、顔を上げて。こっちにおいで。」
「はい、ヴァレン様。」
大丈夫そうだと安心してヴァレン様の元に駆け寄ると、ヴァレン様は呆れたような顔でステラを見た。
「それ、何を持っているの?」
「父にもらったんです。美味しいのでヴァレン様も一緒に食べましょう。」
「っ、魔法伯はそんなにたくさん用意したのか。」
「これでもお腹いっぱい食べたんです。」
「その上に夕食も食べてきたのか。ステラはよく食べるね。」
そう言ってヴァレン様が笑いながらステラの膨れたお腹を撫でるので急に恥ずかしくなってきた。
お腹が膨れるほど食べる令嬢などいないだろうと気付いて頭を下げた。
「や、野蛮ですみません…。」
「いいよ。むしろステラは細すぎるからもっと食べて。」
ヴァレン様がステラの肩を抱き寄せたので、ご機嫌が直ったのだと安心してステラもその胸に顔を寄せた。
「それで、ジャテーンの情報って何?なぜ先に魔法伯のところに行ったの?」
と思ったら、やっぱり厳しい声で聞かれたのでステラは慌てて姿勢を正した。
「す、すみません。王国史のオーディン先生から聞いたんです。第四十三代の王妃陛下が、先代の王家の巫女様がジャテーンと戦ったという話をご存知ですか?」
「いや、聞いたことがないな。先代の王家の巫女の時代は戦乱で記録がほとんど残っていないから。オーディン先生はなんで知っていたの?」
目を丸くして父と同じことを聞かれたので、ステラはヴァレン様にも説明した。
「それで、その戦場の近くの町に《転移》して民から直接話を聞きたいと思ったのです。
父に相談したところ、父も一緒に来られるように国王陛下に伺いを立てて下さるそうです。
行ってきてもよろしいでしょうか。」
「魔法伯が行くということは、近衛は連れていかないということか?」
「はい。父は明日にでも発ちたいと言っていました。一晩で帰りますので、お側を離れる許可をいただきたく存じます。」
ヴァレン様はこの上なく不機嫌なオーラを発して、ステラを険しい表情で見つめた。




