271.帝国の秘密
「お、おいくつなのでしょうか…。」
「っ、ステラ。それを聞く?」
思わず本音が声に出てしまうと、ヴァレン様が横で吹き出した。
『貴女は素直で可愛らしい。二百歳近いはずです。』
「な、なぜ生きておいでなのですか…。」
思わず聞き返すと、また魔道具が静まり返った。いよいよまずいことを聞いただろうか、と冷や汗が出てきた頃、ようやく声が返ってきた。
『…帝国の秘密ですが、貴女にはお話ししましょう。他言は無用でお願いいたします。』
「は、はい…。」
『ジャテーン様のお母君は、人ならざる者だったのです。不老不死のようにいつまで経ってもお美しい方だったとか。
ジャテーン様のお母君は迫害を受けた末に刑死しましたが、ジャテーン様の子孫は皆、只人よりも長生きでした。
血が薄まっているので最近は寿命は普通の人間と殆ど変わりませんが、ジャテーン様の魔力は残っています。』
そんなおとぎ話のような生き物が存在するのだろうか。
でも、「王家の巫女」だっておとぎ話のような話なのだからあり得るのかもしれない。
ヴァレン様も訝しそうな顔をしていたが、ヴァレン様の白銀の髪や金色の瞳だって大きな力が働いて王族に伝わっているのだと思うと、ステラは疑う気持ちにはなれなかった。
「不思議な話ですが、私は信じます。」
『…貴女はやはり面白い。父も気に入るのがよくわかります。』
「恐れ入ります、皇太子殿下。では、殿下もジャテーン…様と繋がりがあるのですか?」
『ジャテーン様とは数回ですがお会いしたことがあります。ご存知の通り、我が国の王族は基本的に君主以外とは話さないので、私より皇帝陛下の方が詳しいでしょう。皇帝陛下に取り次ぎましょうか?』
「よろしいのですか?」
『貴女のためなら私は何だってできます。』
「お、恐れ入ります…。」
『それでは、またご連絡します。』
「ありがとうございました、皇太子殿下。またお話しできる日を楽しみにしております。」
会話が終わって、ステラは呆然としながらヴァレン様を見た。
「信じがたい話だな。」
「私もおとぎ話のような話だと思いました。でも…。」
「…そうだな。」
王国にだっておとぎ話のような事実があるのだから帝国でもそうなのだろう。
ヴァレン様にもステラの言いたいことが伝わったようで頷かれた。
「どのような話だったのですか?」
部屋にいたレオナルドが訝しそうにこちらを見たので、ヴァレン様はレオナルドにも皇太子殿下の話を聞かせた。
「他言無用らしいが、聞かれることはわかっていて言っているのだろう。」
「そうでしょうね。しかし、信じられません。
話されたのが王太子妃殿下でよかったです。人によっては馬鹿にされていると怒ってもしょうがない。」
「そ、そうかしら…。」
ステラには怒る要素はなかった気がするが、高貴な育ちの方は繊細なのかもしれない。
「ともかく、皇帝陛下と話すまでは一旦ジャテーンのことは忘れよう。」
「あっ………」
何も考えずに返事をしたが、自分が帝国の皇帝陛下と話すことになることを思い出して、急にパニックが押し寄せてきた。
ステラごときが一国の君主と話していいはずがないし、何より国王陛下のお許しをいただいていない。
国王陛下のお許しもなく勝手に皇帝陛下と話す約束を取り付けるなど、見方によっては大逆罪に問われるかもしれないと気付いた。
「わ、わ、私、こ、国王陛下に許可も得ずに何を………」
「たしかに、本来は勅許が必要だね。」
「ど、ど、ど、どうすれば……」
ヴァレン様が深刻そうな顔で言うので、ステラはやはり大逆罪に問われるのではないかと戦いて腰が抜けそうになった。
「王太子殿下、妃殿下が怯えていらっしゃいます。からかうのはおやめになってください。」
レオナルドが吹き出したのでステラは勢いよくレオナルドを振り返った。
「っ、ステラ。大丈夫だよ。魔法伯が全部報告しているだろうから。それに君は私の妃として君主と話す権利がある。勅許は必要ないよ。」
「ひっ……ほ、本当ですか…?」
今度はヴァレン様を勢いよく見上げた。
王太子妃としてなどと言われると恐れ多くて喉の奥から声が出たが、大逆罪に問われなくて済むのならなんでもいい。
「気になるなら父上に会いに行く?」
「い、いえ…私ごときが恐れ多いのでやめておきます…」
恐れ多いというよりも、会ったら怒られてやっぱり大逆罪に問われるかもしれないと恐れていた。
ステラがヴァレン様の膝の上で縮こまると、ヴァレン様にもレオナルドにも思いっきり笑われた。
◇◇◇
皇太子殿下からの連絡はないまま十一月に入って、ステラは学院になるべく通うようにしていた
この学期が終わったらほとんど授業がなく、あっという間に卒業を迎えるからだ。
ヴァレン様の尊いノートのおかげで授業の内容が入っているステラは、今日もぼんやりと王国史の授業を受けていた。
今は試験とは関係ないと先生が明言している、先生の最新の王国史研究の成果の発表の時間なので、板書も取らずにぼーっと聞き流していた。
「…第四十三代の王妃陛下は帝国のジャテーンという魔術師と戦い、その力を抑え込んだとわかりました。その後、第四十四代の国王陛下は…」
突然聞き覚えのある名前が出てきて、ステラははっと姿勢を正した。
一瞬で終わってしまったが、先生は間違いなく何代目かの王妃陛下がジャテーンと戦ったと言った。
先生は何を読んでジャテーンを知ったのだろう。
ステラは今すぐ質問したかったが、目立つようなことはしたくないので授業が終わるのを今か今かと待った。
「それでは、今日はここまで。」
先生の言葉と共にステラは席を立ち上がって、王国史のオーディン先生の元に駆け寄った。
「オーディン先生、質問をよろしいでしょうか。」
「これは、王太子妃殿下。殿下の知見には劣りますが、私でよろしければお答えします。」
ステラが王国史の試験で書いているのはステラの知見ではなくヴァレン様の知見だ。
オーディン先生が恭しく頭を下げたので気まずくなったが、そのまま質問した。
「何代か前の王妃陛下がジャテーンという魔術師と戦ったことに関する文献はどこに残っているのでしょうか。」
「第四十三代の王妃陛下ですね。やはりあなたは王妃陛下になられた後も国のために戦われる覚悟をしていらっしゃるのですね…。」
「あの…えっと…はい。」
戦う覚悟はともかく王妃陛下になる覚悟などしていないが、先生が感涙しそうになっているのを遮る勇気はなくて頷いた。
「文献ではなく、市井の人々に伝わっていた伝承を元に調べ直したのです。
帝国に近い地域に、王家の巫女様が強大な力を持つ魔術師と戦って、その魔術師を従えたという伝承が伝わっていました。
時代を整理したところ、王家の巫女様は第四十三代の王妃陛下であることがわかりました。
ジャテーンの名は、帝国に近い地域の民にはよく知られています。
その強大な魔力で侵略しようとしていたとか。」
王妃陛下が戦ったということは「王家の巫女」ではないかと思っていたが、やはり正しかったようだ。
そして、帝国に近い地域の民ということは、もしかしたらステラが戦場から食糧を買い出しに行っていたあの町の民かもしれないと思った。
「その戦いの話を詳しくご存知ですか?」
「いえ、私も人伝に聞いたのです。直接聞くことができればいいのですが、殿下もよくご存知の通り、あそこは片道五日かかるので。」
やはりあの町の民なのだと確信した。
そして、あの町の民ならばステラは直接話を聞き出せるかもしれない。
「オーディン先生、大変勉強になりました。ありがとうございました。」
「王太子妃殿下のお役に立てたのならよかったです。」
役に立ったどころじゃない。ヴァレン様なら褒美を与えていただろう。
ステラは王族らしく頭は下げないでおいたが、内心は土下座して感謝を伝えたい気持ちでいっぱいだった。




