270.敵の正体
「…王国は、ジャテーンとの繋がりを持っていない。」
ヴァレン様が悔しさの滲む声で答えたのを聞いて、ステラはやはりあの切り札を使うしかないと思った。
「ジャテーンとは、先代の国王陛下も含めて何度か接触を図っているが、見向きもされなかった。
王国には興味がないのだと思っていたが、違ったのだな。」
「昨日罪人を尋問しましたが、ジャテーンの狙いは王太子殿下と私のようです。
ただ、襲撃した者達は金で雇われただけで詳細は知りませんでした。」
「ジャテーンは各国の王族と繋がっているから金は有り余っているだろうな。
あれだけの数を雇えるのも納得できる。」
ヴァレン様はやはり情報に詳しいのだ。
父が知っていることはヴァレン様も知っているのだろう。
「…ヴァレン様。お願いがございます。私に、帝国の皇太子殿下宛に文を出す許可をいただきたく存じます。」
ステラが頭を下げると、冷たい声が降ってきた。
「ステラ。ステラがしたいことはわかるけど、許可は出せない。必要なら私の名で出せばいいだろう。」
「ヴァレン様。私が出すことに意味があるのです。帝国の皇太子殿下は、私の文には必ずお返事を下さるでしょう。」
皇太子殿下の好意を信じるなど以前のステラなら吐き気がしそうだが、今のステラは違う。
戦場で命のやり取りをしたことで、戦いに勝つためならば、人の好意だろうがなんだろうが利用出来る物は利用したいと思うようになったのだ。
ヴァレン様が思っているような純粋なステラではなくなってしまった。
ヴァレン様は顔を険しくしてステラをじっと見つめていたが、レオナルドが先に口を開いた。
「王太子殿下。王太子妃殿下のおっしゃる通りでございます。王太子妃殿下の名で文を出せば必ずや皇太子殿下は返事を下さり、ジャテーンについてお持ちの情報を開示くださるでしょう。」
ステラの一言よりレオナルドの進言の方がヴァレン様には響いたようだ。
ヴァレン様はふーっと息を吐くと、ステラの目を見ずに言った。
「…そなたの好きにするがよい。但し、帝国に出す前に私が内容を確認する。」
「勿論でございます。私の進言をお聞きいれいただき、ありがとうございます、王太子殿下。」
ステラは王族のマナーを思い出して恭しく頭を下げた。
ヴァレン様はそれを冷たく見やった後、また深くため息をついた。
ステラはすぐに皇太子殿下に手紙を書いた。
詳細は魔道具で直接話したかったので最低限にまとめたつもりだったが、ヴァレン様からは何度も直された。
「またお会いできる日を楽しみにしております、って本当に?」
「会いたくはありませんが……」
「王太子殿下、挨拶ですよ。そこまで直されなくても。」
この調子でレオナルドに助けてもらいながらどうにか完成した手紙は、父が用意してくれた魔道具と共にその日のうちに帝国へと送られた。
皇太子殿下に渡されたのと同じイヤーカフには予め父の魔力が込められていて、嵌めれば耳に沿うように魔法がかけてあった。
ステラと父だけがつけておくつもりだったが、ヴァレン様が許されなかったのでヴァレン様の分も用意された。
「そんなにたくさん魔道具を身に付けていたら、一日中声がしていますよね。」
ステラは耳の魔道具は一個増えて三個になったが、それでも戦場では常に声がしていたので気が抜けなかった。
ヴァレン様はただでさえ魔道具だらけだったので、耳がおかしくならないか心配になった。
「幼い頃からこの生活だから慣れたよ。」
「そうなんですね…。」
「ステラの声を拾ってくれる魔道具もつけようかな。」
「なりません。耳がおかしくなります。」
「ステラの可愛い声が聞こえたら癒されるよ。本当にそうしようか。」
「な、なりません!」
訓練中の野蛮な声を聞かれたら困るので大慌てで否定すると、ヴァレン様はご機嫌を取り戻したようでクスクスと笑われた。
◇◇◇
幹部会議から十日ほど経ち、ステラは学院でカールの防御魔術の授業を受けていた。
父の話を聞いて魔道具への《転移》の方法はわかったが、今朝はわざとカールの腕に《転移》した。
下ろしてもらうときに思いっきり蹴りを入れたが、避けられてこれ見よがしに笑われた。
もしかしたら父から忠告を受けていたのかもしれないと気付いて腹が立ったので、渾身の睨みを利かせておいた。
「《盾》の魔法は魔法で出来た矢には有用だが、魔法剣や王国騎士が使う魔法を切り裂く特殊な矢には意味を成さない。」
(真面目に話していると教師に見えるわね。本当はあんなに野蛮で子供っぽいのに。)
ここにディーンやエメリックがいたら三人でわちゃわちゃしながら笑いを耐えられただろうに、ステラは一人で俯いて普段のカールを思い出さないように必死で気を逸らしていた。
「王太子妃殿下、寝不足でいらっしゃいますか?」
「お、起きています!」
油断していたらからかわれたので睨み付けたが、男子生徒がニヤニヤするのがわかってぼっと赤面した。
そんなことをしていると、耳の魔道具から声がした。
『王太子妃殿下、聞こえますか?今、お時間をよろしいでしょうか。』
この声は、帝国の皇太子殿下だ。
ステラは思わず飛び上がって、椅子がガタッと音を立てた。
カールが不審な目を向けたので、カールも身に付けている魔道具に声を消しながら話しかけた。
「カール、会議で話した件で連絡が来たの。今から王城に帰るわ。」
カールに目を向けながら話すと、驚いたような表情を浮かべたがすぐに頷いてくれた。
「王太子妃殿下、そろそろお時間でございます。」
「…ありがとうございます、クリンプトン先生。失礼いたします。」
クラスメイトは不思議そうに顔を上げてステラを見たが、ステラはそそくさと帰る準備をしてその場で王城に向けて《転移》した。
「皇太子殿下、お待たせして申し訳ございません。ご連絡いただきありがとうございます。殿下とまたお話しできて嬉しいです。」
ステラは王城の私室に降り立つと、ヴァレン様の執務室へと急ぎつつ、声を消しながら耳の魔道具に話しかけた。
少し経って声が返ってきた。
『とんでもない。貴女から文をいただくとは驚いた。字まで可愛らしいのですね。』
「滅相もございません。お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。」
やはり皇太子殿下は苦手だと思いながら、ステラはヴァレン様の執務室のある廊下に出た。
一人で歩いてくるステラを見て、廊下に控えていた近衛騎士が慌てた様子で駆け寄ってきたので手で制した。
『それで、私の力を借りたいとはどうなさったのですか。貴女には王太子殿下がいらっしゃるのに。』
皇太子殿下の声が聞こえてくるのと共に、ヴァレン様の執務室にたどり着いた。
「王太子妃殿下がお見えです。」
「お通しせよ。」
レオナルドの声が聞こえて、ステラは足早に入室した。
ヴァレン様は入ってくるステラを不機嫌そうに見つめると、手招きをした。
「私は正体のわからない敵に命を狙われています。王国には情報がなく追い詰められたとき、あなた様のお顔が思い浮かんだのです。……っ」
渾身の演技をしながらヴァレン様の方に歩み寄ると、ヴァレン様はステラの腕を引いて膝の上に座らせて自分の腕の中に抱え込んだ。
驚いて叫びそうになったが、ヴァレン様に口を押さえられたので声は出ずに済んだ。
『私を思い出していただけるとは光栄だ。貴女の頼みとあらば何でもご協力いたしましょう。』
「恐れ入ります、皇太子殿下。私を狙っているのは、ジャテーンという魔術師のようです。帝国で長く生きていて、各国の王族と繋がっていると聞きました。皇太子殿下はジャテーンとの繋がりをお持ちでしょうか。」
ステラが気を引き締めて言うと、耳の魔道具が静まり返った。
まずいことを言っただろうか、とヴァレン様を見ると、ヴァレン様も険しい顔をしていたが囁いてくれた。
「大丈夫だと思うよ。返事を待とう。」
「はい…。」
『……貴女がジャテーン様に狙われるとは驚いた。』
皇太子殿下の静かな声が返ってきて、思わず体がビクッと跳ねた。
目の前にいるわけではないのにあの威圧感を思い出して体が縮こまってしまうと、ヴァレン様がステラの頭を優しく撫でてくれた。
「ジャテーンをご存知なのですね。」
『ジャテーン様は、私の曾祖父の曾々祖父に当たります。帝位を継がなかったので史実には残っていないのですが。』
ステラは驚愕してなんと返せばいいのかわからなくなった。
同じく目を丸くしたヴァレン様と見つめ合った。
曾祖父の曾々祖父なんて、生きているわけがない。




