269.殺さぬ武器
湯浴みもせずに気絶するように眠ってしまったのに、ヴァレン様はその横で文句も言わずに寝てくれた。
「おはようございます…。申し訳ございませんでした、ヴァレン様。」
「いいんだよ。疲れていたんだね。」
ヴァレン様の横で不潔な格好で寝てしまった無礼を渾身の土下座で詫びると、ヴァレン様はいつものようにクスクスと笑って許してくれた。
『師団長から各位へ。緊急で幹部会議を召集する。今から本部に来てくれ。』
『戦闘部隊長、承知しました。』
「戦闘副部隊長、承知しました。」
侍女に手早く湯浴みを済ませてもらって再び王国魔術師のローブに着替えていると、耳の魔道具から声が聞こえた。
侍女にヴァレン様への伝言を依頼して、ステラは足早に王国魔術師団の本部へと向かった。
◇◇◇
「お待たせして申し訳ございませんでした。」
急いで会議室に向かったが、既に父も含めた幹部が勢揃いしていた。
学院から駆けつけたのであろう普段着のカールもいて、その横には徹夜だったのか、げっそりとやつれた戦闘部隊長が座っていた。
ステラはさっと頭を下げて戦闘部隊長とカールの隣に腰掛けた。
「揃ったな。召集したのは昨日の建国祭での襲撃の件についてだ。警備副部隊長、尋問の結果を報告せよ。」
「はい、師団長。
昨日、私と戦闘副部隊長で罪人の尋問を行いました。
私は騎士を、戦闘副部隊長は魔法使いを担当しましたが、尋問の結果、皆オルキデ帝国の出身で、金で雇われた者だと判明しました。」
警備副部隊長が報告した内容はステラが聞いた内容と似通っていた。
強大な魔力を持つ何者かに声をかけられて、莫大な額の報酬を支払われて雇われたのだ。
「戦闘副部隊長、追加で報告すべきことはあるか。」
「報酬は帝国の通貨で、現金で支払われたようです。
私が尋問したうちの一人の魔法使いが、雇った者の魔力は王国でも帝国でも見たこともない異質なもので、私や師団長の魔力を上回る力を持っていたと証言しました。」
父がステラに聞いたので最初の魔法使いが話したことを報告した。ステラの報告を受けてそれぞれの部隊長と副部隊長は顔を見合わせていたし、ステラも戦闘部隊長とカールから視線を感じた。
「…そうか。」
父はステラを片眼鏡越しにじっとみつめて《真実》だと言うことがわかったのだろう。顎に手を当てて考え込むような表情をした。
「……今回の襲撃の首謀者に一人、心当たりがある者がいる。」
父の言葉で諜報部隊以外の全ての幹部が顔を上げて父を見た。
「帝国には、神の力を扱うという魔術師がいる。
百年とも二百年とも言われる悠久の時を生きていて、密かに各国の王族の依頼を受けているらしい。
諜報部隊長、報告せよ。」
「はい、師団長。」
ステラは初めて聞く話が信じられなくて、目を丸くしたまま諜報部隊長を見た。
いつも通り優雅な諜報部隊長は落ち着いた声で話し出した。
「帝国の魔法の開祖と言われる、ジャテーンという名の魔術師がいます。
師団長がおっしゃる通り、正確な年齢は不詳ですが人間とは思えぬ長い時間を生きていて、各国の王族と密かに繋がりを持っているようです。
ジャテーンが扱う魔法は人知を越えていて、人を呪うも殺すもその手にかかれば虫を殺すようだとか。
我々も長年探っていますがその名前を知ったのみで、詳しい情報は掴めておりません。」
諜報部隊が情報を掴めていないのだから、王国にはほとんど情報がないのだろう。
ヴァレン様やレオナルドもきっと諜報部隊長以上の情報は持っていないだろうと思った。
そして、ステラは一人、あまり思い出したくない顔が思い浮かんだ。
「…師団長。私が帝国の皇太子殿下に情報を聞いてみましょうか。」
帝国で生きていて各国の王族と繋がりがあるのなら、帝国の皇太子殿下とはまず繋がりがあるだろう。
皇太子殿下に頼るのは気が引けたが、ステラが皇太子殿下に接触すれば必ず返事が返ってくるという確信があった。
「そうしてもらえると助かるが、王太子殿下には許可を取れよ。」
「承知しました、師団長。」
父もステラの考えをわかってくれたようで、動揺はなかった。
「この耳の魔道具のように、皇太子殿下と直接話す手段を手配していただくことは可能でしょうか。」
「ああ。同じ仕組みの物を使者に持たせれば良いだろう。」
「ではそのようにいたします。」
ステラが敬礼をすると父も頷いた。
「一旦この件は私と戦闘副部隊長で調整する。
この後も襲撃が続くかもしれない。
皆、気を引き締めよ。」
「「「承知しました、師団長。」」」
皆で父に敬礼をした後、ステラは会議室に残った。
父も察してくれたのかそのまま残ってくれた。
「…お父様。」
ステラが父に呼び掛けると、父は優しく微笑みながらステラを見た。
ステラは父がこの世界で一番の魔術師だと思って生きてきた。
父以上の魔力を持った魔術師がいるのだと思うと恐ろしくて、どう立ち向かえばいいのかわからなかった。
「ステラ。どんな敵でも勝てるようにしろと言っただろう。」
戦闘副部隊長という役職ではなく、ステラの名を呼んでくれたことにほっとしたが、その一方で気付いたことがあった。
もしかしたら父は、ステラが幼い頃からこんな事態も見越していたのだろうか。
「私、恐ろしくてたまりません。」
幼い頃、嵐を前に怯えたときの気持ちを思い出した。
この世で一番怖い物は未知だ。だからステラは父の書斎の本を読み込んで、知らないことへの恐怖を克服したのだ。
未知の巨大な敵に自分とヴァレン様が狙われているという恐怖を、父にどうにかしてほしかった。
「父様は、ステラがいれば怖くないよ。父様一人では敵わなくても、ステラがいればきっと大丈夫だ。」
「…っ、お父様。」
父はいつだって毅然としていて、ステラが欲しい答えをくれる。
嵐の夜だって未知の恐怖だって、父はいつでもステラに希望の光をくれるのだ。
「ステラ。情報は最大の強みだ。ジャテーンも皇太子殿下がステラに抱いている感情までは知らないだろう。
使えるものは全て使え。それが王族を、そしてこの国を守ることに繋がる。」
今度は師団長として言っているのがわかった。
皇太子殿下がステラを気に入っているということは、どんな魔法よりも最大の武器になる。
敵の知らぬ武器は戦闘部隊の魔術師として最大の強みだ。
「承知しました、師団長。」
ステラは父にピシッと敬礼を返した。
そして、もう一つ大事な用事を思い出した。
「師団長、一つ質問をよろしいでしょうか。」
「なんだ?」
「魔道具の元に《転移》する際、どうしたら地上に立てるのですか?カールの魔道具の指輪に《転移》するときに困っているんです。」
父に会う機会がなかったので、ステラは学院に《転移》する際、毎回カールの上に落ちて抱えてもらっていたのだ。
「今まではどうしていたんだ。」
「カールに抱えてもらっていました。」
「っ、あいつも知っているはずなのに。」
「え?!カールも転移魔術が使えるんですか?」
「ああ。短距離なら《転移》できると聞いた。」
父が笑いながら教えてくれたので驚いたが、そんなことよりも、上から降ってくるステラをからかっていたのだと知って思いっきり蹴りをいれたくなった。
「印した魔力を引き延ばすように地面に広げてから《転移》するんだよ。距離が離れると難しくなるが、学院くらいの距離であればお前もすぐにできるだろう。」
「わかりました、やってみます。」
「お前とカールが上手くやっているようでよかったよ。」
「いえ、カールには一度蹴りを入れておきます。」
「折らないように気を付けろ。」
「承知しました、師団長。」
父のお墨付きをもらったので自信を持って蹴りを入れられる。
ステラは父にまたピシッと敬礼をすると、王城に向かって踵を返した。
ステラは気持ちを切り替えて、確かな決意を持って、骨が折れるであろう主君の説得へと向かった。
◇◇◇
「ステラが参りました。」
「入れ。」
湯殿に行くと言ってからそのまま本部に向かったので、ヴァレン様のご機嫌は麗しくはなさそうだった。
「昨日の襲撃のこと?」
「はい、ヴァレン様。お側を離れてしまい、申し訳ございませんでした。」
ステラがいなくなった理由はわかってくれていたようでほっとした。
本題に入る前に、ステラはヴァレン様にも聞いてみようと思った。
「…ヴァレン様。ヴァレン様は、帝国のジャテーンという魔術師をご存知ですか?」
ヴァレン様が答える前に、執務室にいたレオナルドが怪訝そうな顔を向けたので答えがわかった。
「ステラ、なぜジャテーンを知っているんだ?」
「師団長は、今回の襲撃の主犯はジャテーンではないかと読んでいます。」
ステラの答えに、ヴァレン様とレオナルドが顔を見合わせた。
そして、ステラは本題に入った。
「ヴァレン様はジャテーンとの繋がりをお持ちですか?」
ヴァレン様はレオナルドと目を合わせた後、険しい顔でステラを見た。




