268.巨大な敵
ディーンに案内されて天文台に向かうと、天文台の外には気絶した警備部隊の魔術師達が地面に転がされていてまるで戦場だった。
「…かなりやられたのね。」
「警備部隊は経験の浅い者が多いからな。ここまで運ばされた身にもなってくれ。」
「後で肩を揉んであげるわ。」
「姫様の力で揉まれたら肉離れ間違いなしだな。」
「失礼よ。」
ディーンをバンっと思いっきり叩いていると、天文台から戦闘部隊長と警備部隊長が出てきたので駆け寄って敬礼した。
「戦闘部隊長、警備部隊長、お疲れ様です。」
「よく来てくれたな。助かるよ。」
「とんでもないです。何をすればよろしいでしょうか?」
警備部隊長がげっそりとした顔で言うので、本当は応援ではなくて鍛練に来ただなんてとても言えなかった
「尋問が間に合っていないんだ。私の許可でも王族としてでもどちらでもいいから、一通り情報を聞き出してくれ。」
「承知しました。」
警備部隊長らしからぬヨレヨレの顔を見て、天文台の中はもっと悲惨なことになっているのだろうと覚悟した。
「ディーンは一緒にこの者達を寮に運ぼう。」
「承知しました、部隊長。」
戦闘部隊長もげっそりした顔で気絶している魔術師達を指して言うので、ステラは笑いを耐えて俯いた。
「いっっ」
去り際にこれ見よがしにディーンに蹴りを入れられたが、蹴り一発で重労働に耐えられるなら許そうと思って、また笑いを耐えながら天文台に入った。
中に入って階段を上ると、懐かしいような複雑なような何とも言えない気持ちになった。
今までになく魔力の気配がひしめく観測部屋に到着すると、やつれた顔の警備副部隊長が迎えてくれた。
「部隊長から聞きました。応援にお越しいただきありがとうございます。警備部隊の者が罪人を連れて来ますので、尋問をお願いします。」
「承知しました。」
そう言いながら、いつも使っている尋問部屋に案内された。
中には既に鋼でぐるぐる巻きになった魔法使いが横たわっていた。
警備副部隊長が退出して、ステラは椅子に腰かけて罪人と向き合った。
ステラに気付いて罪人が顔を上げると、その顔に驚愕の表情を浮かべた。
「私のことを知っているのだな。お前は何者だ。」
栗色の髪で王国魔術師のローブを着ているのにステラの顔を見ただけで顔色を変えたのだから、狙いはやはりステラだったのだろう。
「言え。」
ステラが拘束を締め上げると、罪人は大きく体を震わせた。
「…オルキデ帝国から参りました。」
ステラはその言葉にスッと目を細めた。
帝国からは手を出さないと約束したばかりなのに、また馬鹿な真似をしたのだろうか。
「帝国の王族の命令を受けたのか。」
「いいえ。」
「では何者の指示で動いているのだ。」
「…我々は雇われたのです。」
「何者に雇われたのだ。」
「わかりません。ただ、建国祭であなた様と王太子殿下を襲うようにと命じられたのです。」
この国では王族を襲えば命はない。誰かもわからない者に依頼されて王族を襲うなど信じられなかった。
「なぜそのようなことをしたのだ。命がないことはわかっているだろう?」
「それだけの報酬を提示されたのです。
私には国に残してきた家族がおります。報酬は全て家族に渡して、この地で死ぬ覚悟で参りました。」
「報酬は現金で受け取ったのか?どこの国の通貨だ。誰から受け取った?」
「帝国の通貨で受け取りました。家族が一生遊んで暮らせるだけの額です。あの方が何者なのかは存じ上げません。」
にわかには信じられなかったが、この魔法使いは嘘をついているようには見えなかった。
「あの方とは、どのような者だったのだ。」
「ローブを深く被っていてわかりませんでした。ただ、膨大な魔力をお持ちで、一目見ただけで逆らえないと悟りました。」
「…私や、この国の師団長の魔力と比べて、どうだった。」
ステラの言葉に魔法使いは怯えたような目を向けた。
「不敬には問わぬ。はっきり言え。」
「…あなた様も師団長様もとても膨大な魔力をお持ちですが、あの方の魔力の方が恐ろしく感じました。見たことのない、異質で、強力な力でした。」
「帝国の近衛魔術師のような魔力とも異なるのか。」
「はい。帝国でもこの国でも、見たことのない魔力でした。」
罪人の言葉で、ステラは自分が思っているよりも恐ろしい、大きな敵に狙われているのではないかと気付いて背筋に震えが走った。
「わかった。話してくれたことを感謝する。
……私が沙汰を下すわけではないが、そなたが国に帰れる日が来ることを願っている。」
罪人はステラを見て目を見開くと、姿勢を正して深く頭を下げた。
報告書を書き上げて扉の外に声をかけると、既に警備部隊の魔術師が次の罪人を連れて立っていた。
魔法使いの罪人だけで三十人近くいるのだから、警備副部隊長と分担してもとても今日中には終わりそうもない。
警備部隊長がげっそりする気持ちがわかって、ステラも気が遠くなりそうになりながら尋問を続けた。
夜が更けるまで尋問を続けて、心配した近衛騎士が迎えに来てくれたことでステラはようやく天文台から解放された。
よく喋ってくれたのは最初の魔法使いだけで、他の魔法使いはもう全てを諦めているのか、拘束を絞め上げても多少骨を折っても虚ろな目をしている者が多くて聞き出すのに時間がかかった。
どうにか聞き出した内容は皆似通っていて、帝国でお金に困っていた魔法使いに何者かもわからぬ強力な魔法使いが声をかけて、法外な報酬を渡されたというものだった。
父やヴァレン様にも報告せねば…とは思ったが、建国祭に出てから一日中ずっと気を張っていたのでステラはヨレヨレになっていた。
でもこんなに夜遅くまでお側を離れていたので、ヴァレン様はさぞかしご立腹なことだろう。
私室に戻ったあとはヴァレン様のご機嫌取りという重大な任務が待っていることを思い出して、一層ヨレヨレしながら湯殿に向かった。
◇◇◇
手早く夕食を食べた後、ステラは重い足でヴァレン様の私室に向かった。
「ステラが参りました。」
「入れ。」
不機嫌な声が聞こえて、ステラはげんなりしながら私室に入った。
「長くお側を離れてしまい、申し訳ございませんでした。ヴァレン様。」
「ステラ、こんな時間まで天文台で何をしていたんだ。鍛練に行くのではなかったのか。」
「今日捕らえた罪人の尋問をしておりました。警備部隊の魔術師の大半が師団長の魔法に巻き込まれて気絶してしまい、人手が足りなかったんです。
報告もなく勝手なことをしてしまい、申し訳ございませんでした。」
ステラが弱々しく頭を下げると、盛大に吹き出す声が聞こえた。
「…ヴァレン様……?」
「そうだったのか。怒って悪かった。頑張ったね、ステラ。」
「あ、ありがとうございます…。」
なぜかご機嫌を取り戻したヴァレン様にステラは内心パニックだったが、ヴァレンはお腹を抱えて笑っていた。
「魔法伯は何食わぬ顔で味方にも魔法をぶつけていたのか。もっと正確な魔術を使ったのかと思っていたよ。」
「拘束は正確でしたが、《雷》の魔法は王国魔術師を試すために仕掛けたようです。
恐らく実力を試したかっただけだと思うのですが、警備部隊は経験が浅い者も多いので防ぐことができなかったようで…、不甲斐ないです。」
幹部として不甲斐なく思ったのでまたげんなりとしながらも頭を下げたら、ヴァレン様はすたすたと歩いてきてステラをぎゅっと抱き締めた。
「そうやって魔法伯や君がこの国を守ってくれていることが誇らしいよ。ありがとう、ステラ。」
「え、えっと…恐れ入ります、ヴァレン様。」
よくわからないが、ヴァレン様が怒っていなくてよかったと思ったら気が抜けて急に眠気が来てしまった。
ふらふらとベッドに向かって倒れ込むと、ステラはそのまま深い眠りに落ちた。




