267.乱れ打ち
ステラはヴァレン様の手を引いたまま父の元に行き、手が塞がっているので敬礼はせずに頭だけ下げた。
「師団長、私が上空から敵を捕らえます。王太子殿下の警護をお願いいたします。」
「ステラ、ならぬ。」
ヴァレン様がステラを自分に引き寄せて言った。
「王太子妃殿下、狙われているのはあなた様でございます。どうか守りの中にいて下さい。」
「しかし…」
結界の外ではまた魔法戦が始まっていて、祭壇にも矢が飛んできては近衛騎士が防いでいる。
父も話しながら、無詠唱で矢が切り裂いた結界を修復しているのがわかった。
「…では、私が上空に行く。お前は国王陛下の警護を頼む。」
ステラは父の言葉に目を瞠った。
国王陛下の近衛魔術師である父がこんなときに国王陛下の側から離れるなんて、あってはならない。
ステラが言葉を返せないでいると、前に立っていた国王陛下が振り返ってステラに優しく微笑みかけた。
「そなたは、魔法伯が私の身を任せるに値するだけの魔術師だということだ。
魔法伯、行くがよい。王太子妃は王族を守れ。」
「「承知しました、国王陛下。」」
国王陛下の言葉が信じられなかったけど、それでも勅命を受けて覚悟が決まった。
父と二人で国王陛下に頭を下げると、ステラはヴァレン様の手を離してまた頭を下げた。
「王太子殿下、お守りいただきありがとうございました。剣は私が持ちます。」
「…ああ。」
ステラがヴァレン様から剣を受け取るのを見届けて、父は忽然と姿を消した。
次にステラは目の前にいたメーデンに声をかけた。
「メーデン、いいかしら。」
「はい、王太子妃殿下。」
メーデンが剣は構えたまま顔をステラに向けてくれた。
「私が魔法を展開したら、その矢に本物の火をつけて私の魔法に向かって放ってほしいの。」
ステラはメーデンが背中に背負っている弓矢を指して言った。
「しかし、殿下の魔法を切り裂いてしまいませんか?」
王国騎士であるメーデンが持っている矢の矢尻は魔法剣と同じ素材でできていて、魔法を切り裂くことができる。
「切り裂いてほしいのよ。頼んだわね。」
「…承知しました。」
メーデンは何を言っているのかわからないというような顔をしていたが、王族の命令には逆らえないので頷いてくれた。
ステラが使いたかったのは、戦場で使おうと思って編み出した魔法だ。
戦場では自分で矢を放つつもりだったが、目の前にメーデンがいてくれたのでちょうどよかった。
「《業火よ、我に従い、全てを燃やし尽くす盾となれ》
《木々よ、覆い繁り主君を護れ》」
ステラが詠唱すると、邪悪な魔力が儀仗から飛び出して炎の盾となり、そこに木々が絡み付いて激しく燃え始めた。
察したメーデンがすかさず木に向かって火のついた矢を放つと、矢は業火を貫通して魔法で作られた木々に突き刺さり、シャフトで止まった。
矢尻に灯されていた本物の火が魔法で作った木々に燃え移った。
魔法なら何でも燃やす業火と本物の火が合わさって、正真正銘何でも燃やせるようになった巨大な炎の盾が現れた。
飛んできていた矢は本物の火で燃やされて、あちこちから降り注いでいる魔法は業火を前に消し飛んだ。
祭壇に何も飛んでこなくなったので魔法の効果があることがわかってほっとしていると、急に空が真っ暗になった。
次の瞬間、空から数えきれないほどの雷が轟音と共に乱れ落ちてきた。
あり得ない数の雷を見て、父が魔法を使って攻撃しているのだとわかった。
『師団長から各位へ。敵は全員昏倒させた。縛り上げてあるから回収しておいてくれ。』
父の言葉通り、もう祭壇に魔法も矢も降ってくることはなかった。
そして、瞬きの間に目の前に父が立っていた。
「国王陛下、お側を離れてしまい申し訳ございませんでした。敵は全員捕らえましたのでご安心ください。」
「気にするでない。よくやった、魔法伯。」
「身に余るお言葉、恐悦至極に存じます。国王陛下。」
ステラが呆気に取られて父を見ていると、父がステラを振り返ったので慌てて姿勢を正した。
「国王陛下をお守りいただき、ありがとうございました。王太子妃殿下。」
「い、いえ…私は何も…」
ステラがおどおどと返すと、父も国王陛下もヴァレン様も皆吹き出した。
「派手にやっておいて何もはないだろう。」
父が笑いながら空を見上げるのでステラも顔を上げると、ステラが祭壇を覆うように作り出した炎の盾が上空高くまでめらめらと燃えたぎっていて、近衛騎士や民衆が怯えた顔で眺めていた。
「し、失礼しました。
《雨よ、我に従い主君を護りし盾となれ》」
ステラが詠唱すると父が真っ暗にした空から雨が盾に向かって纏わりつくように降り注いで本物の火を消した。
《業火》の魔法も解除して盾が消えると、不思議と空が晴れ渡って大きな虹がかかった。
「そなたら親子が王国に忠誠を誓ってくれたことが私の治世で一番の幸運だな。」
国王陛下が虹を見て笑いながら言うので、父と二人で目を丸くしながら顔を見合わせた。
そして二人して慌てふためきながら跪いて、地面につきそうな勢いで頭を下げて臣下の礼をとると、王族方の尊い笑い声が祭壇に響いた。
◇◇◇
王城に戻ってから報告を聞くと、父が一分もせずに捕らえた敵は総勢五十人に達したらしい。
恐ろしい数の敵一人一人を的確に雷で撃ち抜き、一瞬にして全員を鋼の糸で縛り上げるという人間離れした偉業を知ってステラは震え上がった。
「私からすればステラの魔術も恐ろしかったよ。父上と同じように、君が味方でよかったと心底思った。」
「私は大したことはしていません…。」
父の緻密な魔術と違ってステラはただ闇雲に燃やしただけだ。
それにステラが油断していたせいでヴァレン様に、主君に剣を取らせて守ってもらうという大失態を犯したので落ち込んでいた。
「ヴァレン様、お守りいただきありがとうございました。私は近衛失格です。」
「私からは矢が飛んでくるのが見えていたからね。いつも守ってもらっているから、たまには守れてよかったよ。」
「恐れ入ります、王太子殿下。私、鍛練に行って参ります。」
ヴァレン様は優しいからそうおっしゃるが、本来ならば近衛をクビになっていてもおかしくない。
ステラはさっと頭を下げると、《髪色を変える》指輪を嵌めて王国魔術師団の本部へ向かって駆け出した。
◇◇◇
王国魔術師団の本部は、五十人のうちの半数を占める魔法使い達の収容で大混乱だった。
これだけの数の敵が襲ってきたことなど今までになかったからだ。
ステラは戦場帰りだから動揺していないが、戦場に行く前だったらどう対処すればいいのかわからなくてパニックだっただろう。
鍛練どころか応援に行った方がいいと思い、耳の魔道具に話しかけた。
「戦闘副部隊長から戦闘部隊長へ。手が空いたので本部に来ています。応援が必要なら向かいますが、どうしましょうか。」
『戦闘部隊長から副部隊長へ。助かるよ。本部の入口で待っていてくれ。』
「戦闘副部隊長、承知しました。」
バタバタと動き回る魔術師達を見ながらぼーっと立っていると、聞き馴染みのある声がした。
「姫様!待たせたな。」
「ディーン!すごいことになってるから驚いたわ。」
「俺は姫様の火に燃やされるんじゃないかと思って戦いたよ。」
やはり戦場帰りだから動揺が少ないのだろうか。
バタバタと動き回る他の部隊の魔術師達と違っていつも通りのディーンを見て少し安心した。
「あれは国王陛下を守るためだから。あなた達を燃やすつもりじゃなかったのよ。」
「そんなすごい任務をしていたのか。俺達は姫様に燃やされかけるわ、師団長の《雷》に打たれるわで散々だったよ。」
「あの《雷》、正確なわけじゃなかったのね。」
「民衆には当たらないようにしていたけど、不意打ちを喰らわせたかったのか俺達は巻き込まれた。《鋼の糸》は正確だったけどな。」
「ふふ、お父様らしいわ。王国魔術師なら《雷》くらい自分で防げってことね。」
「警備部隊の魔術師の中にはやられた奴もいて、それで人手不足なんだよ。」
「本当に散々ね。」
父の《雷》は五十発どころか二百発はあったからやたら多いなとは思ったが、あんな状況でも父は王国魔術師達を不意打ちで鍛えたのだと知って笑ってしまった。




