266.狙われた隙
近衛はついているものの《転移》で気軽に学院に通えるようになったステラは日々慌ただしく、でも平和に過ごしていた。
戦闘部隊や騎士団の訓練に行ったり、ヴァレン様の護衛をしたり、学院に通ったりとあちこちに顔を出しているとあっという間に一ヶ月が経って、建国祭の日を迎えた。
去年は他国の賓客が来ていたので厳戒態勢だったが、今年は民衆に囲まれるだけなのでステラは平常心でいられた。
「ステラ、今日は赤くならないんだね。」
「恐れ多いですが、赤面していては心臓が持ちません。」
今年も王国魔術師の代表として「安寧の魔法」を執り行うステラが、王国魔術師の正装のローブに袖を通して久しぶりの儀仗を眺めているとヴァレン様がクスクスと笑った。
去年は正装の白い軍服姿のヴァレン様の横に白いローブ姿の自分が民衆の前で並ぶことに赤面してしまったが、一年経って恐れ多くも慣れてきたのだ。
「ずっと私の隣にいて。」
「…はい、ヴァレン様。」
支度を終えたヴァレン様がステラの方に歩いてきてぎゅっと抱き寄せたので、優秀な侍女達はすぐに飛び退いてさっと姿を消した。
そのままヴァレン様から致死量の色気が放たれて、ステラは抗いようもなくその色気に溺れた。
でもいろんなことがあって成長したステラは、首筋だけは吸われないように必死で死守した。
◇◇◇
どうにか時間を守って再びローブを纏って王族専用の馬車寄せに到着すると、国王陛下と第一王妃陛下もちょうど到着されたところだった。
「ご機嫌麗しゅうございます、父上、母上。」
頭を下げるヴァレン様に合わせてステラも頭を下げた。
国王陛下とも第一王妃陛下とも、叙勲のときに顔を合わせて以来久しぶりだったので少し緊張しながら顔を上げると、優しく微笑む第一王妃陛下と目が合った。
「ステラさん、お久しぶりね。」
「お母様、お久しゅうございます。…私、お母様のお気遣いにたくさん救われました。本当にありがとうございました。」
第一王妃陛下が戦場に荷物を送っておいてくれたことをヴァレン様は知らないだろう。
ヴァレン様の手前、それ以上は言えないが、ステラは第一王妃陛下に土下座したいくらい感謝していた。
「いいのよ。あなたの力になれたのなら嬉しいわ。学院が落ち着いたらお茶をしましょうね。」
「はい、お母様!」
ステラが嬉しくなって破顔すると第一王妃陛下もにこっと笑って、国王陛下の後に続いて八頭立てのおとぎ話のような馬車に乗り込まれた。
ステラもヴァレン様と一緒にいつもの四頭立ての馬車に乗り込もうと思って振り返ると、物凄く嫌そうな顔をして機嫌の悪さを隠さないヴァレン様が国王陛下の馬車を睨み付けていた。
「ヴァ、ヴァレン様、参りましょう。」
「…後で教えてね。」
「え?!」
何かを察されている気がするが、こんなヴァレン様を民衆に見せるわけにはいかないので、ステラは出発までの間はせっせとご機嫌取りに徹した。
王城を出ると馬車が揺れるほどの歓声を浴びて、ステラは思わず苦笑いした。
すると、ヴァレン様がステラの肩を抱いて耳元に口を寄せた。
「…ステラ。母上に何か頼んだの?」
「な、何もお願いなどしておりません!」
ステラが頼んだわけではなく、レオナルドと第一王妃陛下のお気遣いで用意してくださったのだ。
…正確には弓や双眼鏡を頼んだのはステラだが、そんなことは言うまいと思った。
「私に隠し事をするの?」
「隠し事など滅相も…んっ………」
「「「きゃーーーーー!!」」」
「「「うおおおおおお!!」」」
「っ、ヴァレン様!」
「ステラが私に隠し事をするからお仕置き。皆喜んでいるよ。」
そうやってニヤッと笑うヴァレン様はなぜかすっかりご機嫌が直っていたが、ステラは馬車を包む歓声にぼぼぼっと赤面した。
そのまま地響きのような歓声に包まれ続けて、馬車が王都の中心にある広場に到着した。
国王陛下と第一王妃が馬車を降りられたのが民衆の歓声でわかった。
続いてヴァレン様も馬車を降りると、開かれた扉から雷のような歓声が響いてステラは耳を塞ぎたくなった。
歓声を気にすることもなく微笑みながら手を差し出すヴァレン様にエスコートしてもらってステラも外に出ると、耳をつんざくような歓声が響き渡った。
予想以上の歓声に、呑気に構えていたステラは思考が停止した。
前を歩いていた国王陛下と第一王妃陛下が立ち止まってステラの方を振り返り、二人でクスクスと笑い合われているのが見えた。
その後ろでステラの父も驚いたような顔でステラを見つめていた。
きっとステラは顔面蒼白で酷い顔になっていたのだろう。
ヴァレン様も笑いを耐えているのか肩を震わせていたが、ヴァレン様を見上げる余裕はなく、ただひたすら腰が抜けないように足を進めることで精一杯だった。
◇◇◇
祭壇に到着すると厳かに儀式が始まって、ステラの心もどうにか平静を取り戻した。
国王陛下と第一王妃陛下、そしてヴァレン様に続いて初代レクス王と初代王妃の像に祈ると去年と同じように金色に輝かせてしまったが、一度見ていたので素知らぬ顔で乗り越えることが出来た。
そして、ヴァレン様と「安寧の魔法」を行う時が来た。
ステラは儀仗を握りしめて、ヴァレン様と一緒に前に進んだ。
中央で跪いたとき、暫く聞こえていなかった耳の無線から声が聞こえた。
『警備部隊長から師団長へ。我が国の軍服を着た不審な魔法使いを一名捕らえました。残党がどの程度いるのか不明です。警戒を願います。』
『師団長、承知した。戦闘部隊、至急祭壇周辺に集まり、戦闘に備えよ。』
『戦闘部隊長、承知しました。』
戦闘部隊は今日は広場の警備の応援に駆り出されていて、あちこちに散らばっている。
以前のようにステラと父で抑え込めればいいが、敵が多いと厄介だと警戒を強めた。
ステラは衆目の中で口をパクパクさせるわけにはいかないので祭壇の外の魔力の気配に警戒しながら祭壇の真ん中に跪いた。
(《敵を現せし力を覆い隠せ》)
ステラは自分の魔力に《敵を現す》魔術を隠密にかけると、思いっきり魔力を解放した。
同時に、父がヴァレン様とステラを覆うように強力な防御結界を張ってくれた。
「《汝が力を我に捧げよ。国の安寧のために我、祈らん》」
瞳を深紅に染めたヴァレン様は防御結界に気付いているだろうが、特に動揺はしていない様子で淡々と詠唱した。
ヴァレン様とステラの足元に金色の魔方陣が光り、ステラはそこにとん、と儀仗を立てた。
金色だった魔方陣が赤く染まった。
前回建国祭で襲撃が起きたのはこのときだ。
警戒しながらも魔方陣に自分の魔力を集めて、魔方陣に一気に流し込んだ。
…敵襲はない。
魔方陣に魔力が収まると、金色の柱が天まで打ち上がり、ヴァレン様の魔力と自分の魔力が合わさったうねりがステラを包んだ。
体が歓喜に震え、目が燃えるように熱くなった時、僅かに《敵を現す》魔術が反応した。
(魔法使いじゃないわ。先ほどの魔法使いの仲間なのか、単独で動いているのか…)
微弱な反応は、いつかイグニスを捕らえたときに感じたような感覚だ。
騎士かもしれない、と警戒を強めたとき、急に殺気を感じた。
狙いは二人、自分とヴァレン様だ。
ステラはさっと立ち上がった。
ステラがヴァレン様を庇うように立ちはだかろうとした時、ヴァレン様がステラの腰に提げていた剣を奪って、強い力でステラの体を抱え込んだ。
直後、キィンという音が二回して、背後で二発の矢が弾かれたのがわかった。
まさか父の結界を矢が通過するとは思わなかったので油断していたのだ。
「魔法に集中して。」
さっと耳元で言われて、ステラははっとした。
視界の端では既に近衛騎士が祭壇に上がってきていて、父が《王族の敵を捕らえる》魔術を展開している。
「《訪れし災厄を打ち払い、主君を護れ》」
ステラは父の結界の上から自分の結界を張ると、ヴァレン様と背中合わせに立った。
「王太子殿下、ご無事ですか。」
近衛騎士のメーデンがヴァレン様を庇うように立ちはだかりながら聞いた。
「ああ、そなたの手合わせのおかげだな。」
「ご無事で何よりでございます。お守りできず申し訳ございません。王太子殿下。王太子妃殿下。」
剣を構えながら言う背中がなんだかたくましく思えたが、戦闘中なので気を引き締めた。
「ステラ、君が狙われている。ここから出ないでくれ。」
ヴァレン様が穏やかに命じるが、祭壇の外では魔法戦が起きていた。
ステラはヴァレン様には返事を返さず、声を消しながら耳の魔道具に話しかけた。
「戦闘副部隊長から戦闘部隊長へ。応援は必要ですか?」
『君は祭壇から下りないでほしいが、敵の人数と位置を特定できるか?』
「今攻撃を加えている魔法使いは五名です。広場を囲む建物の屋上から攻撃してきています。」
そのとき、再び父が《王族の敵を捕らえる》魔術を展開したのがわかった。
『師団長だ。今攻撃を加えている者は私がもう一度抑え込んだから、戦闘部隊は次の攻撃を警戒せよ。
警備部隊長、敵はまだ杖を持っている可能性がある。《敵を現す》魔術で探し出し、速やかに確保せよ。』
『戦闘部隊長、承知しました。』
『警備部隊長、承知しました。』
ステラは父の話を聞いて、やっぱり自分が行った方が早そうだと思ってヴァレン様に声をかけた。
「ヴァレン様、師団長のところに行きたいです。」
「…わかった。」
ステラはヴァレン様の手を引いて、近衛に囲まれたまま父の方へと向かった。




