265.あなたの名前※
※R15注意
週が明けて、ステラは早速転移魔術で学院に向かうつもりだった。
朝目を覚ますと、横でまだ眠っているヴァレン様を起こさないように隠密魔法で声を消しながら耳の魔道具に話しかけた。
「カール、おはよう。聞こえる?」
『ご機嫌麗しゅうございます、姫様。』
すぐに返ってきた声に、戦場で過ごした日々を思い出してなんだか嬉しくなった。
「今日、学院に行こうと思うんだけどあなたの元に《転移》してもいいかしら?」
『ああ。朝から来るのか?』
「ええ。授業が始まる前には向かうつもりよ。」
『承知した。また直前に教えてくれ。』
「わかったわ。ありがとう。」
本当にあの馬車から解放されて自分の足で学院に行けるのだと思うと嬉しくて、話しながら笑みが漏れた。
すると、横から凍りついた声がして飛び上がった。
「クリンプトン先生と随分仲が良いんだな。」
「え?!」
声を消したのになぜヴァレン様が会話の内容を知っているのかと動揺しながら振り返ると、ヴァレン様の耳にもステラがつけている物と同じ魔道具のイヤーカフが嵌められていることにやっと気がついた。
ヴァレン様は指だけではなく耳にもたくさん魔道具を纏っているので、まだイヤーカフを外していなかったことに気付かなかったのだ。
「名前を呼ぶほど親しかったのか。敬語じゃなくなっているし。」
「せ、戦場で一緒に過ごしたので!戦闘部隊の魔術師は皆、友人のようになったんです。」
ステラは慌てて取り繕うが、ヴァレン様は目を細めて不機嫌極まりない表情を浮かべていた。
「私には敬語なのに、二ヶ月過ごしただけでそこまで打ち解けるんだな。」
「ヴァ、ヴァレン様は尊いので…。」
それを言ったらカールだって公爵令息だし、何よりも王立魔法学院の教師なのだから、ヴァレン様ほどではなくても尊いことに代わりはない。
ヴァレン様も当然それに思い至ったようで、更にご機嫌が悪化したのがわかった。
「ステラは私よりもあの者が好きなのか?」
「滅相もございません。私が想うのはヴァレン様だけです。」
「じゃあ、私にも敬語を使わないで。名前も呼び捨てにしてほしい。」
「そ、そんな…無理です……ひゃ…」
そんなことを出来るわけがないのでステラが頭も手も横にブンブンと振ると、ヴァレン様はステラの手を取ってベッドに押さえつけて覆い被さった。
「私の言うことを聞くって言ったよね?私に嘘をついたの?」
「嘘など滅相もございません…!でも…っ……んっ……」
確かにあのときは執務室で事に及ぶのは避けたくて頷いたが、王太子殿下の名を呼び捨てにするなど不敬すぎて許されないだろう。
反論しようとした口は、ヴァレン様の性急な口付けで塞がれた。
「ステラ、名前を呼んで。」
「ヴァレン様…っ、あっ……」
「違うでしょう?」
「む、無理…んっ……ああっ……」
いつの間にかドレスを脱がされていて、ステラの弱いところを直接触られたので身を捩った。
ヴァレン様はステラの体を使って言うことを聞かせることに決めたようで、今までにないくらいステラの体を執拗に攻めた。
「私の命令に逆らうのか。」
「も、うしわけ……んっ…ございませ、んんっ……いやぁ……もうっ……」
散々その手に溶かされて何度も頭が真っ白になりかけたのにその直前で止められて、息も絶え絶えになっていた。
胸に響く大好きな声で言われると体がまた疼いて、ステラは早くこの昂りをどうにかしてほしかった。
「ヴァレン……っ、お願い、もう…っ」
「よくできたね、ステラ。」
「あああっ」
根負けしたステラがその名を口にすると、求めていた刺激が与えられて頭が真っ白になった。
その後も何度も名前を呼んだ気がするが、蕩けた頭では自分が何をしているのかよくわかっていなかった。
散々溶かされて気を遣って、はっと気が付くと授業が始まるまで後三十分もなくなっていた。
幸い一時間目は防御魔術なので《転移》したらそのまま授業を受ければいいのだが、とはいえギリギリだ。
「ど、どうしよう…急がないと…」
「《転移》で行くのなら間に合うよ。」
ステラはヨレヨレになっていたが、すっかりご機嫌を取り戻したヴァレン様は麗しい笑顔を浮かべて言った。
いつも完璧なヴァレン様なので、ステラがこの時間に目を覚ますだろうことも、一時間目が防御魔術の授業なのも織り込み済みだったのだろう。
「ヴァレン様のせいです。」
「ステラが言うことを聞かないから。また戻っているし。」
「先程はおかしくなっていました。ふけ」
「不敬じゃないよ。私がいいと言ったんだから。また呼んでね。」
「…恐れ多いです。」
もう呼べる気はしないし、また遅刻しそうになっているので睨み付けると、ヴァレン様はクスクスと笑いながら侍女を呼んでくれた。
どうにか侍女に身支度を整えてもらった頃には、授業が始まるまで後五分しかなかった。
こんなにギリギリになってしまって申し訳なくなりながらも、耳の魔道具に話しかけた。
「カール、遅くなってごめんなさい。今から《転移》しても大丈夫かしら。」
『ああ。待ってるよ。』
「ありがとう。一分後に《転移》するわ。」
『承知した。』
カールが受け入れてくれたことにほっと息をつきながら、ステラはヴァレン様に向き合って頭を下げた。
「それでは、行って参ります。」
「気をつけてね。」
「ありがとうございます。」
もう一度頭を下げると、少し離れたところにある自分の魔力の痕跡に意識を集中した。
「《印せし場所に我を移せ、転移せよ》」
ステラが詠唱すると、次の瞬間、
「ひゃああっ」
いつかのように、あるはずの床がなくなっていてステラはひっくり返った。
「おはようございます、王太子妃殿下。」
そしていつかのようにカールに抱き止められたのだろう。至近距離で目が合って、ステラはぼぼっと赤面した。
「お、おはよう、カール。遅くなってしまってごめんなさい。」
「滅相もございません、王太子妃殿下。お腰の具合は大丈夫ですか?」
不気味なほど恭しく微笑みながら聞くカールの顔を見て、なぜギリギリになったのか見抜かれていることを知ってステラはぼぼぼっと沸騰した。
「だ、大丈夫よ!その呼び方はやめてちょうだい。」
「っ、姫様がご無事で何よりだ。」
カールが笑いながら下ろしてくれたので、ステラはほっと息をついた。
「っ、お、おはよう……。」
そして、自分がどこに転移したのかやっと気がついて、瞬時に耳まで沸騰した。
授業が始まる直前なので当然なのだが、防御魔術の教室にはクラスメイトの四年生が勢揃いしていた。
今の会話を皆に聞かれたことが恥ずかしすぎて火を噴きそうだったが、ギリギリに来た自分が悪いのだ。
ステラがとぼとぼと席に向かうと、後ろからカールが笑いを耐える声が聞こえてきたので、心の中で一発決めておいた。
授業が終わるとアリスやドラードにからかわれてまた火を噴きそうになったが、皆そのことよりもステラが王城から《転移》してきたことの方に興味を持ってくれたので救われた。
そして帰る時間になって、ステラは私室に魔力を込めるのを忘れていたことにやっと気がついた。
王城内でステラの魔力が残っているのは第一王妃陛下のサロンの机か、ヴァレン様に差し上げた指輪だけだ。
第一王妃陛下を巻き込むわけにはいかないので、ステラは恥を忍んで耳の魔道具に話しかけた。
「王太子殿下、聞こえますか?」
『ステラ、どうしたの?』
すぐに声が返ってきたのでほっとしつつも、申し訳なさ過ぎて誰も見ていないけど頭を下げて言った。
「申し訳ございません。私室に魔力を込めておくのを忘れました。
誠に恐れながら、殿下の元に《転移》してもよろしいでしょうか?」
『っ、わかったよ。おいで。』
「恐れ入ります。今から向かいます。」
耳元で聞こえるヴァレン様は笑いを耐えるときの声をしていたし、多分、これを聞いているカールは笑い転げていることだろう。
恥ずかしくて《転移》ではなくそのまま消えたくなったが、王城に感じる二つの自分の魔力のうち、「巫女の魔法」の魔力の方に意識を集中して詠唱した。
「《印せし場所に我を移せ、転移せよ》」
「ひゃっ!」
やっぱり床がなかったのでどさっと音がして尻餅をついたかと思ったが、しっかりと抱き止められた。
「っ、ステラ、おかえり。」
「ヴァ、ヴァレン様、申し訳ございません!」
その麗しいお顔と至近距離で目が合ってぼぼぼっと沸騰した後、その白い軍服が目に入って王太子殿下に抱き止めてもらったことに気付いて即座に青ざめた。
「ス、ステラ、落ち着いて。」
聞き慣れた声がしてはっと顔を上げると、レオナルドが笑いすぎてお腹を抱えて悶えていた。
ヴァレン様もクスクスと麗しく笑って、ステラの額に口付けを落とした。
「可愛いステラが降ってきて幸せだったよ。」
「も、も、申し訳ございませんでした…。」
優しく下ろしてもらったステラは深く頭を下げながら、今度父に会ったら床がないときの転移方法を聞こうと固く決意した。




