263.新たな脅威
「今日の議題は先の戦争の報告と、諜報部隊からの最新の活動報告、そして建国祭の警備の確認だ。」
会議が始まり、ステラは気を引き締めた。
まず、戦闘部隊長が戦争について報告した。
簡潔にまとめて話す部隊長からは何の感情も感じないが、ステラは自分は一体何人の命を奪ったのだろうと改めて考えて気持ちが沈んだ。
だが、この気持ちは一生付き合っていかねばならないものだろうと、どうにか心を強く保った。
「お前達はよくやった。」
戦闘部隊長が報告を終えると父が短く言った。
その言葉に父としての優しさを確かに感じて、少しだけ気持ちが救われた。
「帝国の近衛魔術師を含む戦力が一日で壊滅したことを他国が嗅ぎ付けた。それに、他国は帝国が宣戦布告からたった二月で降伏したことも怪しんでいる。
王太子妃殿下の魔術と魔力が大陸に知れ渡るのも時間の問題だろう。
王太子妃殿下を巡って他国が動き出す。」
ステラは今度ばかりは自分にそのような価値はないとは言いきれなかったので顔を伏せた。
一人の魔術師が敵を殲滅状態に追い込んだと知られれば、その者を殺すか陣営に取り込むかしないと自国が危険に晒されるからだ。
「…くれぐれも口外はしないでもらいたいが、王太子殿下は何があっても王太子妃殿下以外の妃を娶る気はないとおっしゃっている。」
父の言葉に驚いて顔を上げた。
父はいつも国王陛下の側にいるからそれを知っているのは不思議ではないが、近衛だけが知る機密情報を幹部達に公言したことに驚いたのだ。
国王陛下が許可されたから発言しているのだろうが、逆に言えば国王陛下もそれだけ危機に感じていらっしゃるということだ。
幹部の視線が自分に集まるのがわかって、どうすればいいのかわからなくてただ黙って父を見つめた。
「王位継承者が王太子殿下しかいらっしゃらない今、王太子妃殿下の身の安全を確保せねば王国存続の危機に繋がる。」
ステラは自分の命の重みを改めて実感して、また顔を伏せた。
同時に、本当に自分がお世継ぎを産めるのだろうかと、未来のことなのに急に不安になってきた。
「諜報部隊長、他国の状況を報告せよ。」
「承知しました、師団長。」
諜報部隊長の報告では、やはり大陸の各国が王国や帝国に探りを入れてきているらしいことがわかった。
また自分のせいで新たな戦争が起こるかもしれないと思うと、生まれたことを後悔するような、底知れぬ悲しい気持ちが込み上げてきた。
「諜報部隊は引き続き各国の情報収集に注力せよ。その他の部隊も状況を認識し、気を抜くことなく訓練や任務に励め。」
「「「承知しました、師団長。」」」
幹部の気の引き締まった声でステラも気を引き締めたが、顔を上げることはできなかった。
その後は建国祭の警備の確認をして幹部会議は終了した。
考えることが多すぎたのと満腹でぼーっとしていたが、そういえばカールに大事なことを伝えていなかったので慌てて呼び止めた。
「カール、待って!」
「姫様、ティータイムは終わりましたよ。」
あんな話を聞いた後でもやっぱりいつも通りのカールになんだか気が抜けた。
「違うわ、もっと大事なことよ。」
「なんだ?」
「殿下から、転移魔術を使っていいとご許可をいただいたの。…本当に《転移》で行ってもいいのかしら?」
これでダメだと言われたら、今まで以上の大行列で通学することになるだろう。
「勿論だ。私が提案したことだからな。」
ステラは土下座でもしようかと覚悟しながら聞いたが、カールはいつも通りの軽いノリで答えたのでまた気が抜けた。
「突然降ってこられても困るから事前に知らせてくれ。そのイヤーカフはもうほとんどの者が外しているはずだから、とりあえずそれを使おう。」
カールはステラの耳に嵌めている国王陛下から賜ったイヤーカフを指して言った。
「わかったわ。ありがとう。学院に通えそうで安心したわ。」
「あの騒ぎも中々の見ものだけどな。」
そう言ってニヤッと笑うのでステラは恥ずかしくなって腹筋に一発食らわせたが、やっぱりステラの拳が痛むだけでカールはあっけらかんと笑っていた。
◇◇◇
王国魔術師団の本部を出ると、今日の会議で話されたことが自分の胸にずんと重くのしかかってきた。
とぼとぼと歩いていると、後ろから声をかけられた。
「ステラ。」
振り返ると父が足早に歩いてくるところだった。父も国王陛下の元に戻るところなのだろう。
先ほどの話の後なので何を話していいのかわからなくてステラは俯いた。
「菓子は美味しかったか?」
「お父様…」
ぽんぽんと頭を撫でられながら聞かれたので、気が抜けて涙が出そうになってなんとか耐えた。
「ステラ、先程話しておいて私が言うのも変な話だが、起きてもいないことを考えてもしょうがない。」
父の言葉でステラは顔を上げた。
すぐに、他国のことだけじゃないとわかった。お世継ぎのことも含めて、ステラの悩みはお見通しなのだろう。
「どんな状況でも勝てるようにしろと教えてきただろう?
ステラはどんな状況でも夢を諦める必要はないし、自分にはどうにもできないことが起きても父様の娘なら乗り越えられるはずだ。」
「…はい、お父様。」
父の優しさにやっぱり涙が出そうになって唇を噛み締めていると、またポンポンと頭を撫でてくれた。
「それに、心配せずとも大丈夫だ。殿下にもお前の気持ちを話してみろ。」
「……はい。」
お世継ぎが生まれなくて大丈夫なことはないので返事が遅れたが、たしかに一度ヴァレン様と話してもいいかもしれないとは思った。
ステラがヴァレン様と子のことを話したのはたった一度、子が出来ないように魔法をかけてもらったときだけで、それ以来その話題を避けていたのだ。
恥ずかしいし恐れ多くて話せなかったのだが、そんなことを言っている場合ではない。
「…え?!」
ちゃんと話そうと決意して抱えていたバスケットをぎゅっと抱き締めると、バキバキと音を立てて壊れた。
「お、お前は本当に何をやっているんだ…っ。」
父は無惨な残骸となったバスケットを抱えるステラを見てお腹を抱えて笑った。
爆笑する父を見て、なんだか父のことを久しぶりに身近に感じて元気が出てきた。
「お父様、私、ヴァレン様と話してみます。」
「ああ、そうしろ……っ。」
「はい。それでは、失礼します。」
まだ笑い悶えている父に別れを告げ、ステラはヴァレン様の待つ執務室へと急いだ。




