262.召集
また民衆に囲まれながら城に帰ると、ステラはまっすぐにヴァレン様の執務室に向かった。
「王太子妃殿下がお見えです。」
「お通しせよ。」
中からレオナルドの声が聞こえてなんだか懐かしくなりながら、ステラは固い意思を持って入室して頭を下げた。
「おかえり、ステラ。」
「ただいま戻りました、ヴァレン様。」
笑顔で出迎えてくれるヴァレン様を見て、ステラは意を決して口を開いた。
「ヴァレン様、お願いがございます。」
「ん?どうしたの?」
「学院へ通学する際、馬車を使うのではなく直接学院に《転移》したいのです。」
ヴァレン様はステラの言葉に一瞬目を丸くしたが、すぐに訝しそうな表情をして言った。
「学院のどこに《転移》するつもりなんだ。結界は届かないだろう?君が《転移》する先の安全が確保されていなければ危険だ。」
「カ…クリンプトン先生に、私の魔力を込めた指輪をつけてもらっています。それを使って戦場に《転移》したんです。
学院に《転移》するときも使って良いと許可を貰いましたので、安全に関してはご安心下さい。」
カールの名前を呼びかけて、下手なことでヴァレン様のご機嫌を損ねてはならないと思い直した。
でも、名前を呼んでも呼ばなくても結果は変わらなかったかもしれない。
ヴァレン様は急に不機嫌なオーラを全身に纏い、怒りの滲んだ声で言った。
「そなたは私の許可なくあの者に下賜したのか。」
「か、下賜というほどの物じゃ…」
「指輪を授けたのだろう?」
「は、はい…。も、申し訳ございません、王太子殿下…。」
怒られると思っていなかったところを怒られて、ステラはおろおろと狼狽えた。
「あの者は私に報告もせず何をしているのだ。」
「私が命じたんです。クリンプトン先生を罰しないで下さい。
ご不快な念を抱かせてしまい申し訳ございません、王太子殿下。」
ヴァレン様から魔力が漏れ出しているのか、部屋を威圧感が包み込んで血管がぞわぞわした。
駆け寄って背中を撫でたいが、ステラが怒らせたのにそんなことをしたら余計にお怒りを助長させるかもしれない。
頭を下げながらちらっとレオナルドを見ると、「動くな」と口話をされた。
このままヴァレン様のお怒りが静まるのを待った方がいいのだろう。
ステラは黙ったまま頭を下げ続けた。
「…ステラ。」
少し怒りが収まっていそうな声がして、ステラはそっと顔を上げた。
「は、はい、王太子殿下。」
「通学の件は検討する。今後は私の許可なく勝手に物を与えてはならぬ。」
「承知しました、王太子殿下。申し訳ございませんでした。」
ステラはまた深く頭を下げて、心の中でほっと息をついた。
ヴァレン様はその日は夜までご機嫌が麗しくなかったが、翌日には転移魔術で通学していいと許可を貰えて、城にかけられていた《転移》を防ぐ結界は解かれることになった。
但し、事前に学院に近衛騎士を派遣することが条件だった。
自由に通学していいわけではなさそうだが、あの恐れ多い隊列と民衆の歓声から解放されるのならばとステラは大喜びで受け入れた。
◇◇◇
九月の半ば、父から幹部会議の召集がかかった。
転移魔術で行っていいとは言われたものの、カールに報告せずに急に《転移》しては驚かせてしまう。
あの騒ぎはもう勘弁してほしかったので学院には通わず訓練に明け暮れていたステラは、久々にカールに会えるのを楽しみにしていた。
「ステラ、朝からなんだかご機嫌だね。」
「えっ!?そ、そうでしょうか。」
カールに会うのが楽しみなどと言ったらヴァレン様のご機嫌が最悪になるのは、察しの悪いステラでもさすがにわかった。
「…何がそんなに楽しみなの?」
「ち、父に久しぶりに会えるので!」
「この前会ったのに?」
「あ、あまり話せなかったので…!ちゃ、茶菓子でも持って行こうかしら…!」
幹部会議に茶菓子を持参するなど腑抜けだと罵られそうだが、ヴァレン様の尊いご機嫌を損ねるわけにはいかない。
ステラが本当に侍女に茶菓子を頼むと、ヴァレン様は訝しそうに目を細めながらも追求をやめてくれた。
幹部会議は昼食後の時間を指定されていた。
ヴァレン様と一緒に昼食をとってから部屋を出ると、侍女が美味しそうな茶菓子が山盛り入ったバスケットを抱えて待っていた。
内心は驚いたが、そういえば自分が頼んだのを思い出してステラは素知らぬ顔で受け取った。
本当にティータイムの時間なので一人だけ浮かれているようで恥ずかしかったが、山盛りの菓子の入ったバスケットを提げたまま王国魔術師団の本部に向かうことになった。
会議室に入ると既に戦闘部隊長とカールが席に着いていたので、ステラは今がチャンスとばかりに駆け寄った。
「お疲れ様です、部隊長。」
「ああ。…何を持っているんだ?」
ステラが敬礼すると、部隊長もカールも目を丸くしていた。
「え、えっと…色々あって…。
あの、師団長が来る前に一緒に食べてもらえませんか?師団長に見つかったら腑抜けだと罵られそうだし、食べなかったら王太子殿下に怒られるんです。」
「よくわからないが、ちょうど腹は減っている。」
「カール、恩に着るわ。」
「本当によくわからないが、私もいただくよ。」
「部隊長、ありがとうございます…!」
二人にお礼を言うとバスケットに入っていた皿に山盛りの茶菓子を取り分けて二人の前を山盛りにした。
ステラも残っている菓子をバスケットから取り出して必死に食べていると他の幹部達も続々とやってきた。
「何をされているのですか?」
ステラの前に座った諜報部隊長が淑やかに微笑んだ。
ステラは淑女の欠片もなく口にもりもりに詰め込んでいる自分が恥ずかしくなったが、口はお菓子で埋まっているので喋れない。
「これを食べないと王太子殿下に叱られるらしい。」
「まぁ、それは可愛い任務ですこと。」
戦闘部隊長が食べながら代わりに答えてくれたが、優雅な諜報部隊長を前にして居たたまれなくなって赤面した。
部隊長とカールは難なく食べてくれたが、ステラは昼食後だったのでお腹がはち切れそうになっていた。
他の幹部は全員揃っている。そろそろ父が来そうだったので無理矢理飲み込んでいると扉が開いた。
残りの茶菓子を無理矢理口に詰め込んでバスケットと皿を足元に隠すと、他の幹部と一緒に立ち上がって敬礼した。
顔を見られたら頬に詰まった菓子が見つかるので顔を伏せた。
「それでは、幹部会議を始める。……戦闘副部隊長、顔を上げろ。」
腰掛けてほっとした直後に父に話しかけられた。
ステラは思いっきりビクッとして、顔を上げる前に出来るだけ飲み込んでから顔を上げた。
「菓子を食べているな?」
「え?!」
「口についてるぞ。」
「あっ!」
横からカールが囁いたので慌ててバスケットからナプキンを取り出して拭ってまた顔を上げた。
「腑抜けるな。何をしに来たんだ。」
「大変申し訳ございませんでした、師団長。」
厳しい声で叱られたので立ち上がって頭を下げると、横で戦闘部隊長とカールが顔を伏せて肩を震わせて笑いを耐えているのがわかった。
「…まぁいい。服にもついているから始末しておけ。」
「も、申し訳ございませんでした、師団長。」
見るとローブにも欠片が落ちていたので本当に恥ずかしくてぼぼっと赤面した。
すぐに清浄魔法をかけて席に着いたが、横でまだ二人が笑いを必死に堪えていたので、両足で思いっきり踏んづけておいた。




