261.嫌がらせ
カールと一緒に校舎に戻ると、入口でアーノルドともう一人の騎士が待っていたので合流して教室に向かった。
既に一時間目の授業は始まっているので遅刻だが、先生方は朝の騒ぎを知っているだろうから咎められることはないだろう。
最初は遅刻にも怯えていたことを思えばステラの心臓は驚異の成長を遂げたと思う。
カールは三階の防御魔術の教室に行くのかと思ったら、何故か四階までついてきた。
「カール、もう大丈夫よ。」
「滅相もございません。教室までお送りします、王太子妃殿下。」
不気味なほど微笑んで言うカールに嫌な予感がしたが、根拠はないので怪しみながらもそのままついてきてもらった。
「王太子妃殿下のお成りです。」
カールは教室の扉をノックすると王城の侍従を真似た声で言ったので、ステラはぼぼっと赤面した。
カールはニヤッと不敵な笑みを浮かべて小声で言った。
「鳩尾の分だ。」
昨日ステラが鳩尾に一発決めたことの仕返しということだろう。
あまりに恥ずかしすぎるのでまた一発決めようと拳を握りしめていると、教室の中からアンデモール先生が出てきたので慌てて手を下ろした。
「戻られたのですね。どうぞお入り下さい。」
「恐れ入ります、アンデモール先生。」
カールを恨めしく睨み付けた後、ステラはさっと教室に入って、クラスメイトからの痛い程の視線を感じながら着席した。
◇◇◇
久しぶりの授業は、平和を取り戻したことを実感した。
授業の内容はヴァレン様の尊いノートに書かれていたから知っているのだが、同じ内容を自分がなぞると、出会った頃のヴァレン様と自分が同じ歳になったことを実感して感慨深くなった。
そしてあの美しい字で緻密に書かれたノートと自分の字で雑に書かれたノートの出来が違いすぎて、やはりヴァレン様は頭の中まで尊いのだと思った。
「ひゃっ!」
授業を終えて一息ついていると、後ろから急に抱き締められて驚いた。
振り返ると、アリスが後ろからぎゅーっとステラを抱き締めて肩を震わせていた。
「…ステラ。」
突然呟かれて目を瞠った。
アリスも含めて、学院では誰もステラの名前を呼んでくれなくなっていたからだ。
「アリス?どうしたの?」
「あなたが無事で本当によかったわ。」
アリスの言葉に驚いたが、ステラが戦場に行ったことはもはや皆知っているのだろう。
ステラは振り返ってアリスを抱き締めた。
「っ、ステラ…!」
「アリス、ありがとう。それに、名前を呼んでくれて嬉しいわ。」
顔を上げたアリスはステラと目が合うと大粒の涙を溢した。
授業中ずっと我慢していたのだろう。
アリスの優しさが嬉しくて、ステラはその背中をとんとんと撫でた。
「皆心配していたんだ。無事でよかった。」
「君って会うたびにどんどん偉大になっていくね。」
今度は前からドラードとクリスフォードがやってきた。
「偉大じゃないわ。ただの任務よ。」
「王国魔術師様の任務って恐ろしいことだらけだな。」
ステラがアリスを撫でながらクリスフォードの言葉を笑い飛ばしたら、ドラードが引き気味の顔で言ったのでまた笑ってしまった。
「王太子殿下とのお話、聞いたわ。お二人の気持ちを思うと、私、涙が止まらなくて…っ。」
「アリス、あなたって本当に優しいのね。」
アリスがまだ涙で顔を濡らしているので、ステラはハンカチで拭いながらも笑ってしまう。
「また後で話しましょう。クリンプトン先生…っ、に怒られるわ。」
「そうね。泣いてる場合じゃないわ。」
先生と呼ぶのが面白くて吹き出しそうになったが、不審に思われないようになんとか耐えた。
そのまま三人と連れ立って、魔法戦の授業が行われる屋外の練習場へと向かった。
◇◇◇
練習場に到着すると、待ち受けていたカールに恭しく頭を下げられた。
「遥々お成りいただき、恐れ入ります。王太子妃殿下。」
先程の嫌がらせの続きだろう。
今度こそ一発決めようと助走をつけて鳩尾をめがけて渾身の一撃を繰り出したが、カールの手でパシッと受け止められた。
「…いつか絶対決めるわ。」
「野蛮な真似はなりません、王太子妃殿下。」
「カール、その言い方はやめて。」
「では私のことは先生とお呼びください。」
「承知しました、クリンプトン先生…っ、いっっ」
「殿下に感謝しないとな。」
別人のように恭しいカールのことをやっぱり先生とは思えなくて吹き出すと、また腰をバンと叩かれたので崩れ落ちて爆笑された。
クラスメイトが集まりだしたのでカールを睨み付けてからアリス達のところに戻ると、三人とも目を丸くしていた。
「君、クリンプトン先生とそんなに仲が良かったかな?」
「先生も戦闘部隊に戻ってきたから、夏の間一緒に戦っていたのよ。」
「そうなのか?!」
クリスフォードの質問に答えると、ドラードが驚愕の表情を浮かべた。
ドラードの兄のメーデンも一緒に戦場にいたので、ドラードが知らなかったのは意外だった。
「メーデンから聞いていなかったのね。」
「兄上が帰ってくる日に寮に戻ったから何も聞いていないんだ。」
「そうだったのね。メーデンには本当に助けられたわ。」
「君の側に兄上がいられたのは光栄だよ。」
ドラードがにこっとメーデンそっくりの笑顔で笑ったのでステラも嬉しくて微笑んだとき、ちょうど鐘が鳴った。
「それでは授業を始める。私が今年も魔法戦を担当する。王国魔術師団の入団試験の試験科目でもあるから、気を引き締めて臨め。」
「「「はい、クリンプトン先生。」」」
ステラは返事をしながらも、真面目に話すカールが面白くて吹き出さないように必死で耐えていた。
「今日は王国魔術師も来て下さっているから、実践形式で学ぼう。」
(………え?)
顔を上げると、カールがステラを見てにっこりと微笑んでいた。
クラスメイトの目も一斉にステラに向けられた。
(王国魔術師ってあなたもじゃない!なんで私?!)
無駄な注目を浴びさせられて心の中では怒っていたが、授業中にカールを殴るわけにはいかない。
「王太子妃殿下、こちらへお越しください。」
恭しく言うカールを睨み付けて、心の中で呪いながら前に出た。
「殿下の防御魔術は君たちが束になっても打ち破れないだろう。思う存分攻撃してくれ。」
(嫌がらせだわ…!やり方が姑息よ!)
ステラは心の中では再びカールを呪いながらも、王国魔術師として皆の前に立っているので顔には穏やかな微笑みを張り付けておいた。
それからステラはクラスメイトの攻撃魔法を浴びせられた。
最初は皆遠慮していたようだが、皆が束になってもステラの防御結界を打ち破る気配はなかったので、最後には本気になってくれるのがわかった。
だが、父や部隊長の強力な魔法や帝国の邪悪な魔法に慣れていたステラには、皆がどれだけ魔力を込めても羽で撫でられているような感覚しかなかった。
皆の雷も竜巻も地割れも発動する前にステラによって鎮められてしまうし、魔方陣からの攻撃も防御結界に当たって霧散していく。
皆が息を切らしていたのでそろそろおしまいかなと思っていると、突然上空から特大の雷が降ってきた。
「《訪れし災厄を打ち払え》」
無詠唱の結界では防ぎきれそうになかったので詠唱して防ぐ。
こんな強力な攻撃を繰り出せる者はこの場には一人しかいない。
ステラは渾身の恨みを込めて、少し離れたところに立っていたカールに特大の雷と竜巻と地割れをお見舞いした。
突然の猛攻に皆が戦いてカールを見つめるが、土埃が収まると傷一つないカールが微笑みながら立っていたので皆が歓声を上げた。
ステラは何百発もの攻撃に耐えたのに、たった数発を防いだだけで歓声を浴びて微笑んでいるカールを見ていると猛烈に腹が立った。
ステラが攻撃を続けると、カールもやり返してきたので魔法戦が始まった。
終鈴が鳴るまでやり合ったが、生徒達を巻き込むわけにはいかないのでお互い本気にはなれなかった。
「君の実力はそんなものか。」
「あなたも本気じゃないでしょう?いつか絶対に叩き潰すわ、カール。」
「それは楽しみにしております、王太子妃殿下。」
恭しく頭を下げて見送るカールをまた恨みがましく睨み付けながら練習場を去ると、ステラは皆に囲まれた。
「さっきの結界、どうなっていたんだ?!」
「クリンプトン先生とやり合うなんてすごいわ!」
「あんなに熱い魔法戦は初めて見たよ!」
皆がわいわいと褒めてくれるのでステラは嬉しくて笑みが溢れた。
「戦闘部隊では普通よ。あの規模だと魔法戦というよりちょっとした喧嘩だわ。」
「あれが喧嘩なんて最高だな。俺も早く戦いたいな。」
ドラードがステラを見て熱い目で言うのでステラは微笑んだ。
「私も一緒に訓練できる日を楽しみにしているわ。」
久しぶりの学院はやっぱりステラが等身大の自分に戻れる大切な場所だった。
なんとしても《転移》で登校できるようにヴァレン様に認めてもらって、残り少ない学院生活を少しでも楽しみたいと思った。




