260.異例の通学
ベッドに腰掛けながら侍女に支度を整えてもらうステラを、ヴァレン様は自分も支度をしながら時々横目に見ては笑いを耐えて肩を震わせていた。
「ステラ、それで歩けるの?」
「…歩きます。」
ステラはヴァレン様を睨みながら言った。
今日から学院が始まるので、ステラも行けるうちに行こうと思ったのだ。
それに、このヨレヨレの体もカールが授業をするところを見たら元気になる気がした。
「っ、気をつけて。」
「…ヴァレン様のせいです。」
支度が終わる頃には足の震えが収まっていたのでどうにか立ち上がると、ヴァレン様は笑いを耐えながらも手を取って支えてくれた。
執務室に着く頃には一人でも歩けるようになっていたので、ヴァレン様を恨みがましく睨み付けてから馬車へと向かった。
執務室の扉を閉めると中からヴァレン様が吹き出す声が聞こえた気がして、最後に扉を睨んでおいた。
◇◇◇
久しぶりに王家の馬車に一人で乗って学院に向かう。
部隊長の言う通り、ヴァレン様とステラが再会したことは民衆の間で噂になっているようだ。
ステラは今日は学院のローブを着て栗色の髪をしているが、王都の民にはステラの素性も知られている。
王城を出ると瞬く間に馬車を囲まれて、地響きのような歓声を受けたので恐れ戦いた。
うねるような歓声で何を言っているのかはわからないが、皆が祝福してくれているのは伝わってきた。
ステラは車窓から微笑んだり手を振りながら、王族を敬い、一緒に喜んでくれる民衆に感謝の気持ちを伝えたが、通学の度にこうなってしまうのかと思うと気が遠くなった。
王立魔法学院の前には、噂を聞き付けて先回りした民衆でごった返していた。
近衛騎士が抜刀して先導してくれるが、本当に剣に当たって怪我人が出るのではないかと思うほど人が集まっている。
これでは学院にも迷惑がかかりそうなので、ステラは窓から近衛騎士に合図を送った。
馬を寄せてくれた近衛騎士に馬車の扉を少し開けて話した。
鎧を着ているので一見するとわからなかったが、目が合うとアーノルドだったので話が早そうでほっとした。
「アーノルド、私は学院の敷地内に《転移》するから、あなたは後から来て。」
「承知しました、王太子妃殿下。お手数をお掛けして申し訳ありません。」
「気にしないで。では行くわ。」
「後から参ります。お気をつけて。」
ステラはアーノルドに頷いて奥に見える学院の門の中に結界を張ると、小声で詠唱した。
「《転移せよ》」
瞬きの間に、ステラは学院の門をくぐって敷地の中に張った結界の上に立っていた。
「あれは王太子妃殿下じゃないか!?」
すぐに民衆に気付かれて、また地鳴りのような歓声を送られた。
これからは気軽に学院に来るのは難しそうだと思って苦笑いをしていると、前から聞き覚えのある声がした。
「ご機嫌麗しゅうございます、王太子妃殿下。」
「カール!」
歓声を聞きつけて校舎から出てきたのであろう教師の中に私服姿のカールがいて、ステラはほっとして駆け寄ろうとして足にうまく力が入らなくて崩れ落ちた。
「何をしているんだ。」
「ご、ごめんなさい。」
察したカールが駆け寄って受け止めてくれたが、民衆がどよめいたのでぼぼっと赤面した。
これもヴァレン様のせいだ。
「…もしかして殿下か?」
おかしな転び方をしたステラを見て、察しの良すぎるカールは察してしまったのだろう。
ニヤリと笑われて聞かれたので、ステラは耳まで真っ赤にしてその胸筋を思いっきりバンと叩いた。
「おはようございます、王太子妃殿下。」
聞き覚えがある声がして顔を向けると王立魔法学院の理事長が立っていて、慌てて姿勢を正した。
「理事長、おはようございます。お騒がせしてしまい申し訳ございません。」
「滅相もございません。こちらこそ警備が間に合わず申し訳ございません。」
「と、とんでもございません。顔を上げてください。」
頭を下げる理事長を見てステラは慌てふためいた。
どう対応すればいいのかわからなくて困っていると、横からカールが理事長に声をかけた。
「理事長、王太子妃殿下の通学方法について相談したいことがございます。この後お時間をいただいてもよろしいでしょうか。」
「ああ。王太子妃殿下もこのままよろしいでしょうか?」
「はい。大丈夫です。」
「では、ご案内いたします。」
何がなんだかわからないが、まだ民衆は騒いでいるからとにかくこの場を去った方が良さそうだ。
ステラがブンブンと首を振ると理事長とカールが歩きだしたのでステラも後ろからついていった。
理事長が案内してくれたのは鐘楼棟の貴賓室だった。
ステラ一人にこんな大層な部屋を使ってもらうのは申し訳なかったが、拒否して騒ぐのも違う気がしたので黙って入室した。
「どうぞお掛けください。」
「恐れ入ります、理事長。」
理事長に敬われるのを居心地が悪く思いながらも勧められたので応接用の椅子に腰かけた。
理事長も向かい側に腰掛けてカールはステラの横に立った。
その手にステラの魔力を込めた指輪がまだ嵌められているのを見て、ステラはカールが話したい内容に気付いた。
「カール、王太子妃殿下の通学方法について相談とはなんだ?」
「民衆の中で王太子妃殿下の人気は日に日に高まっていると聞きます。今後も今朝のような騒ぎが予想されるので、王太子妃殿下には学院に直接《転移》していただくのはいかがでしょうか。」
カールの提案に理事長は目を瞠った。
「王城から学院まで転移魔術でお越しいただくというのか?」
「さようでございます。王太子妃殿下には造作ないことであられます。」
理事長が驚くのも無理はない。
転移魔術は使える者が少ないのだ。
日常的に移動手段として使うのは恐らく父くらいだ。
でもステラはカールの提案に大賛成だった。
カールが指輪をしてくれていれば安全にカールの元に転移できるから、それならば護衛もいらないかもしれない。
「理事長、私もお許しいただけるのであればそうさせていただきたいです。王太子殿下には私からお話しさせていただきます。」
「しかし、どのように《転移》されるのでしょうか。殿下の魔力を悪用されることなく安全に《転移》できる場所となると…」
困惑する理事長にカールが言った。
「その点はご安心ください。私は王太子妃殿下の魔力が込められた魔道具の指輪を賜っています。私の元に《転移》していただければ安全です。」
ステラはカールの言葉にブンブンと頷いた。
本当にその通りだ。むしろなぜもっと早くこの方法に思い至らなかったのかと後悔すらしている。
「それは…もちろん殿下がよろしければ私共は受け入れますが、お体にご負担をかけてしまいませんか?」
「王都内を往復する程度でしたら問題ございません。お気遣いいただきありがとうございます。」
ステラは理事長にもカールにも跪きたい勢いで感謝した。
理事長の許可を得て、カールと一緒に貴賓室を出た。
「カール、本当にありがとう。助かったわ。」
「滅相もございません、王太子妃殿下。」
「その呼び方はやめて。」
「では私のことは先生と呼べ。」
「はい、クリンプトン先生。…っ」
「笑うな。」
「いっっ…」
「お熱い夜をお過ごしのようで何よりでございます。」
あれだけお酒を飲み交わしたのに今さら先生と呼ぶのがなんだか面白くて笑ってしまうと、カールがステラの腰を思いっきりバンと叩いた。
朝のダメージが抜けていないのでその場に崩れ落ちると、カールはお腹を抱えて爆笑した。




