258.溺愛
「ステラ、随分楽しそうだな。」
王室用の控え室に向かうヴァレン様と鉢合わせたのだ。
足音がコツコツと静かにこちらに向かってくるが、その声には機嫌の悪さが滲み出ていた。
後ろにいたディーンからそっと背中を押されたので、ステラは一歩前に出て部隊長と並んで頭を下げて臣下の礼をとった。
「お騒がせして申し訳ございませんでした、王太子殿下。」
「面を上げよ。」
胸に響くその声が凍りついている。ステラはご機嫌を損ねた原因がわからなくて怯えながら顔を上げた。
「名前を呼べと言っただろう。」
「ヴァレン様、尊いお心に不浄なね、んっ……?!」
いつの間にか抱え込まれて、不浄な念を抱かせてしまって申し訳ないと言おうとした口をヴァレン様の唇に塞がれた。
「で、殿下…っ……ちょっ……はぁっ……」
「名前。」
戦闘部隊の皆の前で、しかも部隊長の隣で突然激しい口付けをされて、ステラは恥ずかしくてぼぼぼっと沸騰した。
「ヴァレン様、申し訳ございませんでしたっ!」
口を離された隙に言い切るとヴァレン様はやはり不機嫌そうに目を細めたが、その表情とは裏腹に優しくステラの頭を撫でた。
「終わったら私室に参れ。」
「は、はい…承知しました、ヴァレン様…。」
凍てついた声でステラに命じると、ヴァレン様は再び「謁見の間」に向けて歩いて行った。
ヴァレン様の姿が見えなくなると、部隊長とカールが吹き出して、続いて戦闘部隊の皆もお腹を抱えて笑い出した。
不敬ではないかと思っておろおろしていたが、戦闘部隊の後ろについてきていたヴァレン様付きの近衛騎士のメーデンとアーノルドまで俯いて肩を震わせていた。
「わかってはいたけど、殿下は本当に君のことを溺愛されているんだな。」
「ぶ、部隊長…。」
部隊長がお腹を抱えて笑いながらステラに言った。
「目の前で見せつけられるのは何度目だ…。」
「私は殿下の学院時代、毎日のようにこんな話を聞かされていたよ。」
「ふ、二人ともやめて…っ!」
ディーンが呆れたように笑って、カールは笑いすぎて目の端に滲んだ涙を拭っていた。
「姫様は今日も寝不足確定だな。精力剤を献上しておくよ。」
「エメリック…っ!ふ、不敬よ!」
ディーンの横にいたエメリックが言ったのでステラは恥ずかしすぎてその胸をぽこぽこと力任せに叩いたが、エメリックの言葉で皆がまたお腹を抱えて笑った。
皆にからかわれて真っ赤になりながら、ステラはヴァレン様の後を追うように「謁見の間」に向かった。
◇◇◇
久しぶりの「謁見の間」の前で、ステラは必死に呼吸を整えてどうにか顔色を落ち着かせた。
「王国魔術師団の戦闘部隊が参りました。」
「入れ。」
部隊長が言うと、中から父の声が返ってきて気を引き締める。
扉が開かれて中に入ると、玉座にはまだ国王陛下のお姿はなかった。
一人で立つ玉座の御前は緊張するが、今日は皆と一緒なのでそれほど緊張はなかった。
父が部隊長の横に並んで跪いたので、ステラも皆と一緒に跪いた。
しばらくすると静かに奥の扉が開かれたので臣下の礼をとって頭を下げた。
国王陛下に続いてヴァレン様と第一王妃陛下が入室されて、玉座の奥の祭壇に並んだ。
国王陛下が玉座に腰かけられると、重厚な威圧感が「謁見の間」を包んだ。
「面を上げよ。」
久しぶりに聞く国王陛下の声で、ステラはそっと顔を上げた。
今日は臣下として来ていることを忘れていて何も考えずに顔を上げたので、国王陛下の金色の瞳と一瞬目が合ってしまった。
優しく微笑まれた気がして驚いたが、ステラは慌ててまた目を伏せた。
「此度の戦では、戦闘部隊が騎士団を守り、武勲を上げたと聞いた。そなたらの武勲を称え、褒章を授ける。」
「有り難き光栄、恐悦至極に存じます、国王陛下。戦闘部隊長は国王陛下の御前に進め。」
「有り難き光栄、恐悦至極に存じます、国王陛下。失礼いたします。」
国王陛下の言葉に父が答えると、部隊長がさっと立ち上がって国王陛下の御前に進み、頭を下げた。
その美しい姿勢はリーズ公爵を思い出させて、ステラはその高貴な身分を思い出して勝手に胸をドキドキさせた。
国王陛下は玉座から立ち上がって横にいた侍従から箱を受け取ると、それを部隊長に手渡した。
「そなたらの忠誠心はわが国の宝だ。これからも国と王室に仕え、国を守るがよい。」
「勿体無きお言葉、恐悦至極に存じます、国王陛下。生涯をかけて王国と王室に仕え、この命を賭してお守りする覚悟にございます。」
部隊長はよく響く声で言うと再び美しく頭を下げた。
部隊長が箱を持ったままステラの前に戻ってきて再び跪き、国王陛下は再び口を開いた。
「王太子妃、ここへ参れ。」
突然の指名に思わずビクッと体を震わせた。
なぜ自分が呼ばれたのかわけがわからなくて、王国魔術師のローブ姿で王太子妃として名乗り出ていいのだろうかとわけのわからないことを考えて混乱の境地に陥っていると、前にいた父がステラを振り返って肘で小突いた。
「は、はい、国王陛下。ひゃ……っ、失礼しました、師団長。」
我に返ったステラが慌てて返事をして立ち上がって御前に進もうとしたが、慌てすぎて盛大に躓いてしまって、父が片手で素早く支えてくれた。
戦闘部隊の魔術師が笑いを堪えて俯いて肩を震わせているのがわかって、ステラは火を噴きそうなほど赤面した。
チラッと視界に入ったヴァレン様も顔を伏せて体を震わせている。
穴を掘って消えたいほど恥ずかしいが、どうにか御前にたどり着いて、ステラは深く頭を下げた。
「…面を上げよ。」
心なしか国王陛下も笑いを耐えていらっしゃる気がして、いたたまれなくなりながら顔を上げた。
目が合った国王陛下はヴァレン様が皆の前で笑いを耐えるときと同じ表情を浮かべていた。
(国王陛下がお優しくて救われたわ…帝国の皇帝陛下だったら不敬で打首だったはずよ……)
ステラが恥ずかしさのあまり現実逃避していると、再び威圧感が「謁見の間」を満たした。
はっとして気持ちを落ち着かせて、得意の感情を押し殺した表情を作った。
横から侍従が国王陛下に小さな箱を手渡した。
「王太子妃、そなたは卓越した勇気で王国の危機を救った。そなたの勇気を称えて褒章を授ける。受け取るがよい。」
国王陛下の朗々とした声が響いて、ステラは一歩足を踏み出して、手が震えないように渾身の力を入れて国王陛下から箱を受け取った。
「身に余る光栄、恐悦至極に存じます、国王陛下。」
どうにか声に出すと深く頭を下げて、そろそろと後ろに下がった。
御前から下がったステラはもう一度頭を下げると、なるべく音を立てないように気をつけて父と部隊長の後ろに戻って跪いた。
横で跪いているカールはまだ肩を震わせていたので、思いっきり蹴りを入れたい気持ちをどうにか抑えた。
ステラが元の場所に戻ると国王陛下が静かに玉座を立たれて退出されて、それに続いてヴァレン様と第一王妃陛下も部屋を出られた。




