257.仲間と共に
腰が重い。また腰が抜けたんだろうか。
戦場で腰を抜かすなど腑抜けだ。
なんとしても腰を立たせないと部下に見せる顔がない。
でも、懐かしい温かさに包まれているともう少し寝ていたくなってしまう。
その温かい何かにぎゅっとしがみつくと、胸がぎゅーっとなる甘い香りがした。
なんだかベッドもふかふかだし、城に帰ってきたみたいだ。
城に帰る…城は帰る場所じゃない。主君がいらっしゃる場所だ。
ステラの主君……
「おはよう、ステラ。」
麗しい声がした。
「可愛いけど、王国魔術師が遅刻はありえないんでしょう?」
クスクスと麗しく笑うその声はステラの主君のものだ。
そこで寝惚けていた意識が急激に覚醒した。
重たい目をこじ開けると、美しすぎるお顔が至近距離で致死量の色気を放っていた。
「ヴァ、ヴァレン様っ!ひゃっ!」
その美貌と色気は戦場に染められた目には毒でしかない。
しかも、記憶が正しければ昨日の自分は凄まじく恥ずかしいことを口走っていた。
ぼぼぼっと沸騰して飛び退くとベッドから転げ落ちかけて、がっしりと腕を掴まれて抱え込まれた。
「っ、ステラ、危ないよ。」
「も、も、申し訳ございません…。」
ヴァレン様はまた麗しく笑っているが、朝から刺激が強すぎて、恥ずかしすぎてヴァレン様の目が見られなくて、その胸に顔を埋めた。
「本当に可愛い。私の腕に戻ってきてくれてよかった。」
「…っん……ヴァレン、様……。」
そう言いながらステラの背中をつーっと優しく撫でられて、昨日の余韻が残っている体が勝手に火照り始めてステラは身を捩った。
「また夜ね。さすがに父上を待たせるわけにはいかないから。」
「…あっ!!」
その言葉で、ついにステラは正気に返った。
今日は帰還を報告するために戦闘部隊の魔術師達と共に国王陛下に謁見するのだ。
大慌てで飛び起きて、目の前の光景に驚いてひっくり返ってまたヴァレン様に受け止められた。
「ひゃああ!」
「落ち着いて。」
目の前に、ヴァレン様付きの侍女達がずらっと並んでいたのだ。
はっとして自分を見るとなぜかシュミューズを纏っていたので安心したが、これをヴァレン様に着せてもらったのだと気付いてまた沸騰した。
「やっぱりステラは面白いね。」
ヴァレン様はステラを見てお腹を抱えて笑っているが、ステラは恥ずかしくて消え去りたい気分だった。
心なしか顔が赤い侍女達を見られなくて、顔を伏せたまま支度を整えてもらった。
見ると、戦場から着てきたローブではなく、真新しいパリッとした正装のローブが用意されていてステラは気を引き締めた。
緩んでいた頬を引き締めて背筋を伸ばしていると、横で支度していたヴァレン様にまた笑われた。
「その日焼け、ローブの形だったんだね。」
「…お目汚しを失礼しました。」
「っ、面白いからいいよ。」
ステラの肌はローブの形にくっきりと日焼けしている。
昨日は寝る前はドレスだったし、全てを見られているからさぞ恥ずかしいことになっていただろう。
侍女の手前、顔を赤くしないように必死に感情を押し殺していたけど、ヴァレン様はステラの顔を見てお腹を抱えて笑っていた。
◇◇◇
ヴァレン様を執務室まで送り届けてから、ステラは王国魔術師団の本部へと急いだ。
後ろに近衛騎士や侍女がついてきている上、城ですれ違う人々が皆頭を下げてくれるのでステラは久しぶりに自分の立場を実感して恐れ多くなっていた。
だが、それも団の本部に到着するまでの話だ。
本部に到着して騎士や侍女から解放されると、ステラは訓練場に向かって駆け出した。
第一訓練場には、大好きな戦闘部隊の仲間が既に集まっていてわいわいと騒いでいた。
「副部隊長に敬礼!」
ディーンの声で皆が敬礼してステラを迎えてくれたので、ステラは部隊長とその隣でわざとらしく敬礼するカールの元に駆け寄った。
「ご機嫌麗しゅうございます、王太子妃殿下。」
「やめて、カール。昨日のことは忘れてほしいわ。」
ステラが隣に立つと、カールが今度は恭しく臣下の礼をとって頭を下げたのでその手をパシッと叩いた。
「姫様は寝不足でご機嫌が麗しくないようで。」
また恭しく言われたのでステラはぼぼぼっと沸騰した。
視線を感じて振り返ると、カールだけでなく部隊の全員がステラをニヤニヤと見つめていた。
「王都は君と殿下のことで大騒ぎになっているよ。」
「恥ずかしいので本当に忘れてください。」
部隊長までもがニヤッと笑いながら言うので、ステラは部隊長の腰をペシッと軽く叩いた。
部隊長は叩かれても怒ることなく、豪快に笑い飛ばしてくれた。
「じゃあ揃ったから行くか。城に入る前に清浄魔法をかけておけ。間違っても土埃を持ち込むなよ。」
「「「承知しました、部隊長。」」」
部隊長の言葉に皆笑いながらも敬礼して返事をして、部隊長を先頭に王城に向かって二列で歩きだした。
皆新しいローブを支給されていたので、皆が並ぶと夏の日差しに照らされた白が眩しかった。
「カールはもう学院に戻るの?」
学院の新学期は明日から始まる。
カールも教師として学院に戻るのだろうかと思ってその顔を見上げた。
「ああ。間に合ったから代わりの者に行ってもらう必要もないしな。」
「そう…。なんだか先生に戻るのが変な感じがするわ。」
すっかり友人のようになってしまったので、今さらクリンプトン先生と生徒の関係に戻って授業を受けるとなると笑ってしまう気がした。
授業を想像したら笑いを耐えきれる自信がなくて下を向いて肩を震わせていると、カールがステラをバシッと叩いて言った。
「授業態度が悪かったら一万点にするぞ。」
「あなたが理事長に怒られるわ。」
「理事長も私をクビにするわけにはいかないから問題ない。」
「…本当にやめて。幹部会議で火を噴くかと思ったのよ。」
今度はステラがカールの胸をバシバシ叩いたが、その屈強な胸筋には効果がないようで笑われた。
「じゃあ俺らが一緒に笑いに行くよ。」
「本当にやめろ。呪うぞ。」
後ろからディーンがステラの肩をバンと叩いて言うと、カールがディーンを容赦なく羽交い締めにしたのでステラは思わず吹き出した。
「そういえば、今年の魔法戦はどうする?君は忙しいだろうし私が生徒の相手をしてもいい。」
「今年も私がやるわ。今年の相手を楽しみにしているの。」
ディーンを羽交い締めにしたままカールがステラに聞いたので笑いながら答えた。
魔法戦の大会で優勝した学生と戦う話だ。
たしかにカールも部隊に戻ったのだからカールが相手をすればいいのだが、ステラは今年こそドラードが優勝するのではないかと思っていた。
「例の君が目にかけている者か。」
「そうです。私の同級生ですが、去年の決勝では学院代表になった四年生相手に善戦していたんです。」
前を歩いていた部隊長が振り返ってステラに言ったので頷いた。
「去年の優勝者は諜報部隊で活躍していると聞いた。一学年下でその者相手に善戦するとはなかなかやるな。」
「はい。部隊長も楽しみにしておいてください。部隊で鍛え直せば良い戦力になります。」
「そうするよ。」
カールも誰のことを言っているのか気づいたようで、ステラに不敵に微笑みながら言った。
「君が彼を再起不能にしないように守らないとな。」
「頼んだわ。」
「そんなことより俺を離してくれ。」
まだカールの腕で羽交い締めにされていたディーンがヨレヨレの声で言ったので、腹筋が痙攣するほど笑い転げた。
わいわいと騒ぎながら王城の廊下を歩いていると、突然部隊長が立ち止まって頭を下げたのでぶつかりそうになって慌てて止まった。
見ると、廊下の先にいた白い軍服を着た麗しい御方と目が合ったのでステラも再び慌てながら頭を下げた。




