254.帰還
里帰りから三日経ち、いよいよ今日は王都に帰還する日だ。
王都に近づくに連れて沿道に集まってくれる民衆が増えて、隊列に地響きのような歓声を送ってくれた。
そして王都ではステラが王国魔術師であることは知られているので、隊列にいる女性魔術師は王太子妃だという噂がいつの間にか広がっているようだった。
ステラは日焼けで真っ黒になっている上に髪は雑に一つに束ねただけなので皆に王族だと思われるのが恥ずかしかった。
正装のローブを着ているし、今日もヴァレン様にいただいたたくさんの宝石と第一王妃陛下にいただいた紅はつけていたので、どうにか高貴な見た目に見えていますようにと心の中で願った。
「王太子妃殿下ー!国のためにありがとうございます!」
「麗しき王太子妃殿下ー!」
「国を救うために王家に神が与えたんだ!奇跡だ!」
耳を防ぎたくなるような恐れ多すぎる歓声を久しぶりに浴びて最初は苦笑いしていたが、同じくらい王国魔術師や王国騎士にも歓声が送られていたので、ステラはどうにか笑顔を取り戻した。
部隊長とカールと共に隊列の先頭にいたステラの目に王都の東門がはっきりと映ると、様々な感情が同時に込み上がってきた。
無事に王都に帰ってきたのだという安堵と部隊の皆との生活が終わる寂しさ、そして愛しい主君に会える喜びと裏切ってしまった罪悪感だ。
ステラは皇太子殿下と口付けを交わして以来、ヴァレン様のことは極力考えないようにしていた。考えてしまうと罪悪感で胸が張り裂けそうになるからだ。
耳の魔道具からは帰還の進捗の連絡以外聞こえないけど、情報の早いヴァレン様のことだからきっともう全てをご存知だろうと思っていた。
今日これからヴァレン様に会えるのに、素直に喜べない自分が悲しくなった。
東門が近づくと、なぜか門の中からも地響きのような歓声が聞こえてきた。
まだ隊列に歓声を送るのは早いのではないかと思いながら開かれた門の先を見て、ステラは固まった。
あるはずのない、王家の紋章が見えた気がした。
よく訓練された騎士団の馬は馬上で固まるステラに動じることなく隊列のペースで進んでくれるが、近づくにつれてやはり見間違いではないとわかった。
「行って差し上げろ。」
「見なかったことにするから気にするな。」
戦闘部隊長が横からステラの肩をとんとんと叩いて、カールが背中をバンと叩いてステラを押し出してくれる。
その後ろからディーンが無言で清浄魔法をかけてくれたのがわかった。
部隊長の合図で隊列の前進が止まって、ステラだけが東門に進んだ。
門の中には、四頭立ての、王家の紋章の描かれた黒い馬車が止まっていた。
騎士によって馬車の扉が開かれると、中から真っ白な軍服を着た、少し長めの白銀の髪の麗しい御方が降り立った。
その姿を見て無意識に足に力が入ってしまったようで、従順な馬がステラを乗せたまま門に向かって駆け出した。
顔を上げた麗しい御方の濃い金色の瞳がステラを捉えると、ステラはその瞳から目が離せなくなった。
あっという間に門の前に到着して、ステラは馬がちゃんと止まるのも待たずに飛び降りた。
近衛騎士が心得たように手綱を受け取ってくれたので、ステラは馬を託して自分の足で駆け出した。
ステラの愛おしい主君が、この国の王太子殿下が、麗しく微笑んでステラに向かって手を広げてくれていた。
その笑顔を見て、先程までの複雑な気持ちが嘘のように、ただその腕に飛び込みたい気持ちでいっぱいになった。
「ヴァレン様……っ!」
思わずその名を叫ぶと、濃い金色の瞳が嬉しそうに細められた。
「ステラ。」
麗しい声が耳に入るのと、ステラがその腕に飛び込むのは同時だった。
そのまま強く抱き締められると、ステラの大好きな、胸がぎゅーっとなる甘い香りに包まれた。
いろんな感情が一気に込み上げてきたけど、ステラの涙腺を壊したのは喜びだった。
「ヴァレン様…っ、お会いしたかったです……っ」
「私も、君に会いたかったよ。ステラ。」
泣きながらその麗しいお顔をそっと見上げると、ヴァレン様の瞳も涙で潤んでいるのがわかった。
胸がいっぱいで言葉が出てこないけど、一番伝えなければいけない言葉をどうにか口に出した。
「ヴァレン様、申し訳ございませ……っ…んっ……」
命令を無視して監視を振り切って戦場に行ったこと、人をたくさん殺してその隣に相応しい人間ではなくなってしまったこと、皇太子殿下と口付けを交わしたこと、謝りたいことはたくさんあったのに、ステラが言い終わる前にその柔らかい唇でステラの唇を塞がれた。
「……はぁっ……ぅ………ヴァレン、様……」
激情に駆られたような激しい口付けで、やはりヴァレン様は全てご存知なのだと悟った。
「……っ………ごめ、ん…な…さいっ……」
息継ぎの合間にもう一度なんとか言うと、唇を離されて今度は苦しいくらいにぎゅーっと抱き締められた。
「ステラ、よく頑張った。君は何も悪くない。」
怒られると思っていたのに、思いもしなかった言葉を言われてステラは腕の中で再び固まった。
「ステラは忘れるんだ。私のことだけ考えればいい。私のことしか考えられなくなるくらい、君を埋めつくすから。」
耳元で囁かれた言葉で、ステラの涙腺は再び決壊した。
やはりヴァレン様の優しさはステラが思うよりずっと尊いのだ。
尊い御方の腕の中に自分が抱かれている幸せが信じられなくて、同時にそんな資格もないような気がして、感情がぐちゃぐちゃになってその胸を借りて声を出して泣いた。
ヴァレン様は抱き締めたままとんとんと背中を撫でてくれてステラを落ち着かせてくれた。
どうにか涙を止めて、ヴァレン様を見上げてはっと気がついた。
不思議と何も聞こえていなかったが、ヴァレン様とステラは民衆に囲まれて、大歓声の中で抱き合っていたのだ。
地響きのような歓声が急に耳に入ってきて体を震わせると、ステラは瞬時にぼぼぼっと赤面した。
「落ち着いた?」
ヴァレン様がいたずらっぽく微笑んでステラを見るが、ステラは恥ずかしすぎて首をブンブン振って頷くことしかできない。
いつの間にか隊列も門の中に入ってきていて、皆が馬から降りて臣下の礼をとって頭を下げていたので、ステラは羞恥のあまり崩れ落ちそうになってヴァレン様に支えてもらった。
「っ、馬車に乗ろうか。」
「は、はい、ヴァレン様…。」
ステラはクスクスと笑うヴァレン様に腰を支えてもらって、久しぶりの王家の馬車に乗り込んだ。




