252.無礼講
最終章も応援よろしくお願いします。
翌朝、ステラは第一王妃陛下が荷物に入れて下さっていた正装のローブを纏った。
ステラは知らなかったが、王国騎士と王国魔術師が戦地から帰還するときは民衆が盛大に出迎えるので正装をするらしい。
普段用のローブは山道で擦り切れてボロボロだったので、久しぶりにまともなローブを着られてほっとした。
《髪色を変える》指輪をしているし、王族が戦場にいるとは誰も思っていないだろうが、とはいえ民の前でヨレヨレのローブでいるのは気が引けたのだ。
魔法で手早くテントを片付けて荷物と一緒に荷馬車に詰め込むと、ステラは司令部があった高台へと向かった。
高台は昨日のうちに片付けたので司令部は跡形もなくなっている。
目の前に広がる焼け野原を見て、ステラはその場に跪いた。
そして《髪色を変える》指輪を抜いて手を組んで、魔力を込めて祈った。
(この地で奪われた全ての命が安らかに眠れますように。
どうかこの地に安寧と豊穣が訪れますように。)
心の中で祈ると足元に金色の魔方陣が輝いて、魔力の柱が天高く打ち上がった。
ステラが安寧と豊穣を祈ったからか、ステラの中にあるヴァレン様の魔力が反応して、体中の血管がざわめいて瞳が熱くなった。
そっと顔を上げると、魔力の柱が光の波となって野原に打ち寄せた。
本当にこの地に安寧と豊穣が訪れればいい。
ステラは指輪を嵌め直して立ち上がるとどこまでも続く焼け野原をもう一度見て目に焼き付けた。
そして、皆が待つ野営地に向かって再び山を登った。
◇◇◇
行きは転移魔術で来たので、ステラは皆と一緒に馬で歩くのが新鮮で楽しかった。
聞いていた通り、沿道には王国騎士と王国魔術師の帰還を聞きつけた民が集まっていて、歓声を送ってくれた。
「魔術師様!国をお守りいただきありがとうございます!」
「きゃー!かっこいいわ!なんて素敵なのかしら!」
「国を救ってくださった英雄様よ!」
王族として歓声を浴びるとどうしても恐れ多くなってしまうが、王国魔術師として歓声を浴びるのは素直に嬉しかった。
それに、大好きな皆敬われている姿を見るのが誇らしかった。
「女性もいるのね!あんな華奢な方が戦われたなんて。」
「可憐で素敵だわ。」
「あの美貌で戦闘部隊とはしびれるな。」
この隊列で女性はステラだけなので目立ってしまって赤面していると横からクリンプトン先生がニヤニヤと見つめてきたので思いっきり肘で突いておいた。
王都までは馬で五日かかるので、夜は宿場町で宿をとっていた。
今日はステラが育った領地の隣のリュクス公爵家の領地の町に泊まるので、ステラも何度か来たことがあって懐かしい光景が広がっていた。
「私達は町に出るけど、姫様も一緒に行くか?」
「いいんですか?」
どこに行こうかとわくわくしていると、クリンプトン先生に声をかけられた。
ディーンとエメリックも横でわいわいと騒いでいる。
ちなみにエメリックはクリンプトン先生とディーンの二歳下らしいので三十一歳だ。
歳よりも若く見えるので驚いたが、戦闘部隊にいるということは経験豊富なのだということを改めて実感した。
「私は一応君の護衛だからな。」
「お、恐れ入ります。」
「冗談だ。君はこの辺りに詳しいだろう?店を教えてくれ。」
「はい、クリンプトン先生!」
護衛としてついて来てもらうのは申し訳なさすぎたので、そうではないことにほっとして笑顔で返事をした。
「町中で先生はやめてくれ。夜に生徒を連れ回す不届き者だと思われる。」
「事実だろ。お前は不届き者だ。」
「お前よりはよっぽどましだ。」
クリンプトン先生とディーンが言い合っているのが面白くて笑いながら聞いていると、横からエメリックが言った。
「一度カールが教師をしているところを見たが、最高だったな。
一日中笑いを堪えるのに必死で任務を忘れていたよ。」
「エメリック、あの時は笑いを堪えていたんですか?」
「皆そうだよ。気付かなかったか?」
ヴァレン様が幽閉された直後の学年末試験のときの話だ。あのときは第一王子殿下の指示で戦闘部隊がステラを監視するために学院に来ていた。
皆やる気の無さそうな態度だったし、エメリックは感情を失った声でステラに杖を突きつけていたので、ステラは自分に付き合わせて申し訳ないと思っていたのだ。
あれは笑いを堪えていたのかと思うとおかしくなって、ステラは思いっきり吹き出した。
「っ、皆がやる気がなさそうだから、私、付き合わせてしまって申し訳ないと思っていたんです。」
「ああ、やる気もなかったけどな。せっかく学院に戻ったから、アンデモール先生に追い出された後、皆で隠密魔法をかけてカールの教室に見学に行ったんだよ。」
「あれは最悪だったな。全員まとめて呪いたかったが、生徒には見えていないから拷問だった。」
「や、やめてください…っ、お腹が痛いです。」
ステラは笑いすぎて腹筋がちぎれそうだった。
このままでは食事どころではなかったが、どうにか店まで案内した。
「ここです。」
ステラが皆を連れてきたのはたまにレオナルドと一緒に来ていた店だ。
ここなら本当は貴族である皆にも失礼ではないし、レオナルドが教えてくれた店だから味は間違いない。
店主は顔見知りなのでステラを見てぎょっとした顔をしたが、身分を隠して来ていることをわかってくれたのか、すぐに表情を戻して席に案内してくれた。
皆が慣れた様子でお酒を頼む中、ディーンがステラに聞いた。
「姫様も飲むか?」
「私は……の、飲みます!」
ステラは一年生のときにお酒をヴァレン様に禁じられたが、もう正式に成人したしいいだろう。
ちらっと店内を見ると庶民に扮したメーデンとアーノルドが近くの席に座っていたが、二人に咎められることはなさそうだった。
「よし、祝杯だ。乾杯!」
ドキドキしながらグラスを手に持って、ディーンの音頭で乾杯した。
クリンプトン先生にお酒を飲むところを見られるのはどこか背徳感があったが、そもそも先生が誘ったのだから怒られることはない。
久しぶりのお酒に最初は緊張していたが、皆の飲みっぷりを見ているとステラも大丈夫な気がしてきた。
それに、昔食べていた懐かしい味が嬉しくてぐびぐびと進んでしまう。
すっかり上機嫌になっていると、ディーンがステラに言った。
「ここは旨いな。よくこんな店を知っていたな。」
「友人に教えてもらったの。美味しいわよね。」
ステラが答えると、エメリックが横から笑いながら言った。
「酔ってるのか?敬語じゃなくなってる。」
「今日くらいは無礼講でいくわ。」
「じゃあ俺達も無礼講だ。な、ステラ。」
「う、嬉しい…!本当は名前を呼んで欲しかったの。」
久しぶりに名前を呼ばれて、ステラはなぜか涙が込み上げてきた。
「こいつ姫様を泣かせたぞ。」
「殿下に報告しておくか。」
「おい、やめろ!」
三人のやり取りが面白くて、ステラは泣きながら笑ってしまう。
「本当に今日は無礼講にしてください。」
「じゃあ、…アルカニス。」
「はい、クリンプトン先生。」
「だから先生はやめろ。」
「じゃあ名前で呼んでください。」
「……ステラ。」
「はい、カール。」
ステラが名前を呼ぶと、何故かクリンプトン先生は顔を真っ赤にした。
「おい、照れるなよ。」
「…生徒に名前を呼ばれるのはだめだ。」
「本当の不届き者がいるぞ。騎士様を呼べ。」
「やめろ。本当にそこにいるから。」
ディーンとエメリックがクリンプトン先生をからかうので、ステラはお腹を抱えて笑った。
その日は本当に無礼講で過ごした。
ステラはカールのことも名前で呼んで、三人に敬語を使うのをやめた。
三人もステラのことを名前で呼んでくれて、ステラは本当にそれが嬉しかった。
四人で飲み明かして、酔っ払ったステラは皆と肩を組んで宿に帰った。
王城では味わえない自分らしい日常を思い出して、ステラは久しぶりに心の底から笑顔になれた。




