251.終戦
第四章最終話です。
司令部に戻ってすぐに、皇太子殿下の近衛魔術師から降伏文書が届けられた。
「降伏の証としてこの地域一帯を割譲することと、友好の証として皇帝陛下の治世の間は王国の平和は保たれると書かれている。
皇帝陛下からの委任状もあるから、お前が応じるとわかっていて予め用意していたんだろうな。」
王国騎士が受け取った文書をステラは恐ろしくて触りたくなかったので、代わりに父が受け取って教えてくれた。
帝国の紋章が透かしてある紙に皇太子殿下自らが書かれたであろう文書の最後には、皇太子殿下のサインがされていて印章が捺してあった。
予めあんな条件を想定されていたのは腹立たしいし、そんなことで戦争を終わらせられるのならば戦争を始める前に言ってほしかったと心底思った。
そして、そんなことで戦争を終わらせるような愚かな統治者が次期君主になるのだから、皇太子殿下の治世にはまた戦争が起きるのだろうなと覚悟した。
「…これで本当に戦争は終結するのでしょうか?」
「国王陛下が承認のサインをすれば終戦だ。」
政治に疎いステラには、あれほどの犠牲を出した戦争がこんなに呆気なく終わってしまうことが信じられなかったが、父は頷いた。
「お前の犠牲があったからだ。自分を誇れ。」
そう言いながらステラの頭をポンポンと優しく撫でるので、思わず涙が込み上げてしまう。
一度涙が溢れると気が抜けて、押し殺していた嫌悪感とヴァレン様への罪悪感が込み上げてきて涙が止まらなくなった。
「殿下もきっとわかって下さる。そんなことでお前を疎んじるような御方ではない。そうだろう?」
「…っ、はい。」
ステラの心を見透かしたかのような言葉に、ステラはしゃくり上げながらも頷いた。
父の言う通り、ヴァレン様はお怒りになられるだろうが、皇太子殿下と口付けをしたからと言ってステラのことを嫌いになるような方ではない。
ただ、それがわかっているがゆえに申し訳なさが込み上げてきて罪悪感で崩れ落ちそうになった。
「大丈夫だ。お前は何も悪くない。」
地面に膝をつく前に父が抱き止めて、優しく背中を擦ってくれた。
ステラはそのまま父の胸に寄りかかって、涙が枯れるまで声を上げて泣いた。
◇◇◇
翌朝には父は降伏文書を持って王城に帰ることになった。
大事な文書を持っている以上、突然消えるわけにはいかないのか、今回は戦闘部隊の見送りを受けてくれた。
「お前達の武勲は国王陛下にお伝えする。皆、自分を誇れ。お前達一人一人がこの国を守った英雄だ。」
父の言葉に戦闘部隊の魔術師達は顔を見合わせた。
父は父としては甘いが、師団長としては魔術師を褒めることなど滅多にないのだ。
皆が驚いた顔を父に向けると、父は笑顔で言った。
「私は一足先に戻るが、お前達も撤収が終わり次第、速やかに王城に戻れ。」
「「承知しました、師団長。」」
父の言葉に戦闘部隊全員でピシッと敬礼をして答えた。
戦いが終わって王城に戻ることのできる安堵で、皆の顔にも笑顔が浮かんだ。
父は最後にもう一度微笑むと、瞬きの間に姿を消した。
「…師団長に褒められるなんて戦闘部隊長になったとき以来だから、十二年振りだな。」
「そ、そうなんですか…。」
戦闘部隊長が呆然とした顔をして呟いたので、ステラは部隊長に同情してしまった。
十年以上も褒めてもらえなかったらステラならとっくに心が折れているから、部隊長の心は鋼鉄よりも丈夫なのだろう。
「嵐でも来るかもしれない。とっとと撤収しよう。」
クリンプトン先生も真面目な顔で言うので、今度は笑ってしまった。
「師団長はそんなに厳しいんですね。」
「目が合えば腑抜けと言われ、口を利けば鍛練が足りないと言われる。」
「たしかに。」
確かにステラもよく言われているが、幼い頃から言われ過ぎて何も感じなくなっていた。
皆も同じことを言われているのだと思うと何だか面白くてまた笑ってしまった。
その後は皆で片付けをしながら、父の厳しさを懇々と聞かされた。
父の厳しさをわかってくれる人がこんなにもたくさんいるのが嬉しくて、ステラも幼い頃父から受けた無茶振りの数々を話すと、なぜか皆が押し黙った。
「四歳で古代語を覚えて七歳で熊を狩る子供など王国千年の歴史でもいないだろうな。」
「わ、私は田舎育ちなので、他にすることがなかったんです。」
クリンプトン先生が愕然とした表情を浮かべて言うので慌てて取り繕ったが、より引かれたのか先生は一歩後ずさった。
「師団長は子育てをなんだと思っているんだろうな。」
「も、もしかして普通ではないのでしょうか…?」
「君の子供は恐ろしい教育を施されそうだな。臣下としては心強いよ。」
「え?!お、お、お、恐れ多いです…。」
三人の子を持つ部隊長が苦笑いを浮かべて言うので、ステラは自分の子供を思い浮かべて、ということはヴァレン様のお子様だということに思い至って、一人で勝手に動揺してしまった。
◇◇◇
魔法を使って片付けたので、撤収作業はあっという間に終わった。
明日にはテントを片付けて戦場を去ることになった。
「戦場でなくとも、またこうして皆さんと一緒に食事をしたいです。」
帰り道は各々自由に町に繰り出す予定なので、皆で食事をとるのも最後だと思うとステラは寂しかった。
王城でヴァレン様と食べる食事は勿論至極の美味しさではあったが、領地育ちのステラには皆でわいわいと食べる方が性に合うのだ。
「それならたまには寮で一緒に食べるか?」
「いいんですか?」
ステラの呟きを聞いてディーンがバンバンと肩を叩いて言ってくれたので、ステラは驚いて顔を上げた。
「王太子殿下が許してくださればな。男しかいないから。」
「絶対にお許しをいただきます。」
「姫様が来るならとんでもなく豪華なメニューになりそうだな。…甘い。」
「いっっ……」
ステラが食い気味に答えると、横からクリンプトン先生が茶化したので思いっきりお腹を叩いたら、恐ろしく硬い腹筋に阻まれてステラがダメージを負った。
悶絶するステラを見てクリンプトン先生とディーンが身を捩るほど爆笑したので、痛む手を押さえながら二人まとめて睨み付けておいた。
その後も皆でわいわいと話しながら食べて、戦場での最後の晩餐は楽しく終わった。
◇◇◇
食事を終えると、魔法で作り出した炎を前に、戦闘部隊と騎士団と徴兵された騎士達全員が集まって解団式を行った。
戦闘部隊と騎士団は一緒に王城に帰るが、徴兵された騎士達とはここでお別れしてそれぞれの領地に帰っていくからだ。
ステラは幹部として前に立って徴兵された騎士達を見渡した。
ステラの領地の騎士達はステラに向かってブンブンと手を振ってくれて、一緒に猟に行ったことのあるリュクス公爵家の領地の騎士達も目が合うと頭を下げてくれた。
その他の騎士達もどこの出身かはわからないけど、遠い領地から来て王国のために戦ってくれたのだ。
ステラはこの国の王族として、ここにいる全ての者に心から感謝したいと思った。
解団式の終盤に、ステラは戦闘部隊長に声をかけた。
「王族として一言話してもよろしいでしょうか。」
部隊長は一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑んでくれた。
「勿論でございます、王太子妃殿下。皆喜びます。」
「ありがとうございます、…リーズ公爵。」
戦場での鋭い目付きが嘘のような穏やかな微笑みは、部隊長の本来の姿であるリーズ公爵のものだった。
ステラがどぎまぎしながら頭を下げると、部隊長は声は出さずに、でも豪快に笑った。
ステラは、《髪色を変える》指輪を外して一歩前に出た。
「皆の者、此度は国のためによく戦ってくれました。皆の尊い忠誠心を私は決して忘れません。
この国の王族として、深く感謝いたします。」
ステラの言葉に、魔術師達も騎士達もはっとしたように跪いて顔を伏せた。
「私は、皆や皆の大切な者達が幸せに暮らせるよう、王国の安寧のために身を捧げる覚悟です。
どうかこれからも一緒にこの国に尽くして下さい。
皆が無事に帰れることを心から祈っています。」
ステラが言い終わると、皆が臣下の礼をとって頭を下げてくれた。
本当は恐れ多くて今すぐ顔を上げてほしかったが、同じくらい皆の気持ちが嬉しかったので笑顔で受け止めた。
解団式の最後に、王国騎士団の副団長が静かに剣を抜き、その剣を地面に置いた。
「この戦で喪われし全ての命に、黙祷。」
副団長の声が戦場に響き、全ての者が頭を下げた。
ステラも自分が殺してしまった無数の命を想って、深く頭を下げた。
「黙祷終わり。これにて、解団式を終える。」
副団長はそう言うと、再び剣を手に取った。
そのまま静かに剣を振りかざすと、魔法で作った炎に斬りかかった。
副団長の魔法剣が炎の魔法を切り裂くと、ふっと炎が消えて、戦場を暗闇が包み込んだ。
隣に立つ部隊長とクリンプトン先生の顔すら見えない深い暗闇に、亡くなった者たちの無念を感じてしまって胸がはち切れそうに切なくなった。
ステラが罪悪感で俯いたとき、クリンプトン先生がとんとんとステラの肩を叩いて夜空を指差した。
見上げると、新月の夜空に天の川が浮かんでいた。
無数に瞬く星がステラが奪った命の輝きに重なって、目が離せなくなった。
ステラが殺してしまった者達が、天からステラを見ているような気がした。
命を奪ってしまったことに対してステラにできる償いは、奪ってしまった命よりも多くの命を幸せにすることだ。
幸い、ステラはそれができる地位にいる。
ステラはこの国の王族として一人でも多くの民を幸せにしようと、どこまでも広がる美しい夜空に誓った。
長らく応援いただきありがとうございます。
いよいよ次回から最終章です。




